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第29章 動乱 ロードベルク王国 組曲(スウィート)

第295話

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「船長、接舷しましたぜ!」
「よォし!野郎共、鉤縄を懸けろ!奴等の船に乗り込めぇぇっ‼︎ 」

『『『『『 おおおおーーーーっ‼︎ 』』』』』

 海賊共の野太い声が響く。今や王国艦隊の船の周りは前も後ろも身動きが取れないほどの無数の海賊船によって、海面が見えないほど埋め尽くされていた。

 通常ならば、船と船の甲板はほぼ同じ高さの為、接舷すれば渡し板での乗船も可能なのだが、王国艦隊の船は巨大であり、ガ級ガレリオンの甲板よりも遥かに高い位置に船縁がある。その為、王国艦隊の艦船の船縁に向けて、次々と鉄鉤の付いたロープを投げていく海賊達。
 経験者なら知っていることだが、垂直に懸けられたロープを登るというのは意外と難しい。だが、海賊といえども海の男。帆船の操作で幾度もマストへと登り降りをしてきた海賊達には慣れたものであり、得物のカトラスを口に咥えながら、次々にスルスルとロープを登って行く。

 ーーー ガガガガガガガガガガガ…ッ‼︎ ーーー

「ぐああああ…っ‼︎」
「ダ、ダメだ!のある場所は魔道具がビッシリで登れねぇっ‼︎ 」
「前か後ろに回れぇ!デケェのは至近距離じゃ撃てねえ、前後から挟み討ちにするんだ!」

 王国艦隊の船は、「どうせ造るなら」とヒロトの趣味全開で、二十世紀の世界大戦時に活躍した艦船をモデルにしている為、艦橋両舷には対空用の魔導銃座がズラリと睨みを効かせている。
 その為、如何に周囲をヨゴルスカの海賊船が取り囲んでいても、艦橋付近両舷から登って来た海賊は即座に痛打を浴びてしまう為に近寄ることも出来ず、仕方なく銃座の射界から外れる前後部から乗り込むしかなかった。

「よっしゃあああっ!テメェ等覚悟しやが…れ?」
「どういうことだ!甲板には誰もいねえぞ⁉︎」

 ロープを登り切り、漸く【ジークランス】の甲板へと辿り着いた海賊達が、カトラス海賊刀を構えて王国艦隊の乗組員達を血祭りに上げてやるとばかりに気勢を上げるが、待ち受けているとばかり思っていた王国海兵の姿はひとりも見えない。海賊達は、ロープを登ってすぐに王国海兵達との激しい剣戟が始まると予想していただけに拍子抜けしてしまう。

 これまでのイオニディア世界の船舶は、言うまでもなく皆帆船である。その為、本来なら操船する為に甲板上には操船の為のロープを引く乗組員が多数存在するのだが、新生王国艦隊の船は全て地球の戦艦などを模したゴーレム艦である。当然ながらマストなどは存在せず、操舵は全て艦橋で行える為に甲板上に人は要らない。

 通常とは違う異様な状況に海賊達が戸惑っていると、の根元にある扉が開き、ひとりの美女が陽の光の元へと歩み出て来た。

「ようこそ、海賊の皆さん。オルガ司令からは「捕虜は要らない」と言われていますし、一応は聞いておきましよう。全員、武装解除して今すぐに降伏なさい。そうすれば命だけは助かるかもしれませんよ?どうしますか?」

 扉から現れ、優雅な立ち姿でそう切り出したのはリリルカである。だが、海賊達はそんなリリルカの言葉を聞いた途端に、どっと笑い出した。

「うはははははっ!冗談が上手いな姉ちゃん。そう言うアンタこそ、今すぐそこで。ここに居る俺たち全員の相手をするなら、命だけは助けてやるぜ?」
「いいねえ!ちょ~っと大変かもしれねえけどなぁ!」

『『『『『ギャハハハハハハハハハハハ…っ‼︎』』』』』

 既に百人近い海賊達が王国艦に乗り移り、甲板にひしめいていたが、船から船を伝ってまだまだ続々とロープを登って集まって来ていた。
 "数"とは暴力である。今のこの状況が仕組まれたものであると知らない海賊達は、その数の暴力に酔いリリルカの勧告を一蹴したばかりか、ノコノコとひとり出てきたリリルカを、愚かで哀れな獲物としか捉えておらず、ギラギラと獣欲に濁った目で睨め付けていた。

「……… 」

「どうした姉ちゃん。怖くて声も出せねえか?だったら俺が脱ぎ脱ぎするのを手伝ってやるよ 」

 出ては来たものの、あまりの数の多さにビビって動けない ーー。リリルカの勧告を鼻で笑い、下卑た返しをした海賊のひとりが、そう勝手に勘違いしてニヤニヤと厭らしく笑いながらリリルカへと無造作に近づいて行く。しかし………?

 ーーー シャラン…ッ!ーーー

「あえ……?」

 鈴の音のような涼やかな音が響いたかと思った直後、喉元をパックリと斬り裂かれた海賊が崩折れて倒れて行く。

「……ふう、私なりに慈悲をかけたつもりだったのですが…。やっぱり馬鹿には話が通じないようですね?」

 やれやれ、と、そう呟いたリリルカの手には優美な曲線を描くシミター三日月刀が握られていた。

「服を脱げ?股を開け?この私が、オルガ以外に肌を許すはずがないでしょう?」

 軽やかなステップで海賊達の中に切り込みながら、不機嫌そうに僅かに形の良い眉を顰めて呟きを漏らすリリルカ。

「まったく、なぜお姉様はこの気持ちに気付いて下さらないのでしょう。…こんなにも愛していますのに……!」

「ぎゃ…っ‼︎ 」
「くは…っ⁉︎ 」
「がああぁぁっ‼︎ 」

 驚きのカミングアウトを誰に聞かせるでもなく口にしながらも、リリルカの動きは止まらない。海賊達の打ち込みを躱し、逸らし、流して、まるで予め殺陣の決められた剣の舞を舞うようにステップを刻み、クルクルと回りながら周囲に鮮血の華を咲かせて行く。
 そんな彼女の格好は、特に戦闘用のものではなく、オルガと同じ黒の超極薄のアンダースーツを一番内側に着込んだだけの秘書官の制服のままであるが、その理由は単に「お姉様とお揃い♥︎」程度のものである。まあ、あえて付け加えるならば、海賊達を脅威に感じていない、というのもあるにはあるが。

「お、思い出した!こ、この女【ブラッディ血染めのクレッセント三日月】だ!」
「何ぃ!あの"首狩りの魔女"かっ⁉︎」

 ひとりの海賊が、舞い踊るリリルカを見てそう叫ぶ。それは【ルナ・ソード月の女神の刃】の二つ名とは別に、海賊達が舞うように首を刎ねていくリリルカを恐れ、名付けた別名で保存った。

「ですが、ああ見えてお姉様はいたってノーマル。最近はあの教官殿にご執心のようですし…。………はっ⁉︎ もしかして、私もそうだという事にして、お姉様と二人いっぺんに教官殿にお相手して頂ければ、お姉様とも愛し合えるのではっ⁉︎ うふ、うふふふふふ…!我ながらいい考えです。うふ、うふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ………‼︎ 」

 リリルカに恐れ戦く海賊達のことなどまったく意にも介さず、ひとりとんでもない野望を垂れ流しながら、盛り上がるテンションと共に海賊討伐のギアを上げて行くリリルカ。

「うふふふふふふふふふふふふふふ…‼︎‼︎ 」

「わ、笑ってやがる…っ⁉︎ 」
「ひいいいっ!た、助けてくれええええええっ⁉︎」

 手柄を上げようと、わざわざ旗艦である【ジークランス】に乗り込んだ海賊達には、ご愁傷様である。
 いつもの涼やかな微笑みではなく、二ヘラァっとヨダレを垂らさんばかりのだらしない笑顔でシミターを振り回すリリルカから、海賊達は悲鳴を上げて逃げ回るしかない。

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふ………っ‼︎ 」

 「リリルカ・ルサールカ」 一見"クール系のデキる女"に見えてその実態は、"S"で"M"でレズビ…いや、先程"バイ"になる決意をしたようだ。…ギャップというには余りにも落差のあり過ぎる変態残念美女であった……………。






 ーーー ザバァッ! ザパッ!ザザンッ!ーーー

 一方、そんな王国艦隊の前方の海上に、海中より次々と浮上して来た物体があった。

 それは、長さが二メートルから四メートルほどと大きさは色々だが、共通して言えるのはそれ等が全てに似た形をした板状のものであることと、その一枚一枚につき、ひとりの人間が腹這いの状態で掴まっていたということだろう。

「ふむ。上手く行ったようだな。各隊状況を確認し報告せよ。すぐに動くぞ、急げ!」

 海中から現れた一団の正体、それは艦隊司令であるオルガ率いる海上騎士団"特殊強襲部隊"であり、声を発した者こそ、そのオルガであった。
 彼女の格好はあの超極薄の変態的なアンダースーツ姿ではなく、所々がプロテクターのようなモノで防護された、黒のライダースーツのような戦闘用の服装へと変わっている。
 
 オルガ達は周囲の状況と、人員に欠けや異常が無いことをざっと確認すると、ザバッと水から出て笹の葉に似た板の上に立ち上がり、魔力を流し込む。すると、それは波を蹴立てて勢いよく走り始めた。

 その形状から、「リーフボード」と名付けられたこの板状の物も、《魔導流体操作システム》の技術を応用した推進ボードである。しかし、このリーフボードにはサイズの問題から、王国艦隊の艦船や【踏波亀兵】のようにその動力となる魔力を供給する〈魔導ジェネレーター〉は搭載されておらず、使用者が自身の魔力を直接流し込む事で作動する仕組みとなっていのだが、それでもアシモフの開発した《増幅紋》を刻まれた魔晶石と制御技術によって、通常より遥かに少ない魔力消費で稼働出来る優れ物である。

 オルガは直接白兵戦に出てきた海賊達の裏をかいて、この推進ボードの推力を使い、海中を進んで海賊船の包囲を突破して来たのだ。

 ちなみに、海中を進んで来たと言っても、オルガ達は酸素ボンベのような物は一切使用してはいない。本来なら人は呼吸を止めていられるのは一般人で一分くらい、長い人でも二分が精々だろうが、オルガを含む強襲部隊の誰もが、誰一人としてそんなものは装備していない。いや、そもそものだ。
 その理由としては、この世界にはレベルがあり、それによって身体能力が劇的に向上する。つまり、オルガ達は普通でも十分程度なら呼吸を止めていることが可能なのだが、今回はそれにも増して《身体強化》で心肺機能を強化して、海中を突き進んで来たという訳だった。

「いいか!予定通り、第二分隊は三番艦【ゴースティ】、第三分隊は四番艦【ベルザール】に向かえ。第一分隊は私が直接指揮を取り、旗艦【バルデッシュ】に乗り込むぞ!」

『『『『『 アイアイ、マァーームっ‼︎ 』』』』』

 海上を疾走しながら、大きな声で強襲部隊の騎士達に向かい指示の確認をするオルガ。

 実は彼女を始めとして、強襲隊員達の耳にはインカムが装着されていて、別段大きな声を出す必要はないのだが、そこはそれ"場の雰囲気"というものだろう。

「戦闘に関して制限はかけない。思う存分に連中を懲らしめてやれ。ただし!あくまで第一目標は虜囚となっている民間人の救出だ!それに失敗した分隊は、男失格として私がをこのトマホークでからそう思えっ‼︎ 」

『『『『『ア…、アイアイ、マアアァァァァアム…ッ‼︎‼︎ 』』』』』

 いつもは陽気であるだけに、逆にその言葉に凄みとを感じ取り、ひゅ…と、思わず股間を縮こまらせた男達は、これまで発したことが無いほど気合いの入った応答を返す。

「よぉーーし、行くぞ、我に続けえええぇっ‼︎ 」

 その騎士達の声に、ニンマリとした笑みを満足そうに浮かべたオルガは、快哉を叫んで自身の操るリーフボードの速度を上げるのだった。



「報告!未確認の敵小型艇らしきモノが多数接近中‼︎ 」

「何いっ⁉︎ どこだ…っ‼︎」

 見張りの兵士の声が【バルディッシュ】の甲板に響く。その声にフーリムンを含む乗組員達が海上の方を見た時には、もう、小型艇、と呼ぶにはあまりにも小さなは白波を蹴立ててもうすぐそこまで迫って来ていた。

 前方の、敵の鉄の船に群がる味方のガ級ガレリオンギ級ギャリックの様子に目を奪われていた見張りが、たまたまふと視線を移した事で発見したのだ。

「何だありゃあ…っ? チッ、訳が分からねぇが、こっちに向かって来てる以上は敵で間違い無えだろう。何をグズグズしてやがる!迎撃しろ!さっさと沈めねえかっ‼︎ 」

 【バルディッシュ】を含む大型艦の周囲は、さすがにヨゴルスカ所属の元海軍の船が囲んでいる為、フーリムンの命令の下、即座に魔法や弓矢での迎撃行動が始まった。

「撃て!撃て撃て撃てぇ!何をしておるかっ!あれしきの小型艇など、さっさと沈めるのだ!閣下の船に近寄らせるなぁっ‼︎ 」

 この突然の敵襲に、最も肝を潰したのは、【バルディッシュ】の周囲に展開していた護衛艦の船長や上位士官達だった。
 彼等は元々高い身分であったり、フーリムンに対するの上手かった者達ばかりで、武功を挙げて高い地位に着いた者達ではない。今までもフーリムンの威を借り、後方で踏ん反り返りながら、威張り散らしていた者ばかりだ。
 今回も国内の高位ゴーレム術者の殆んどを有するボージャック公爵側であれば、楽に勝てると踏み、尚且つフーリムンの側に居れば自分達が危険な前線に出る事も無い、と、安心しきっていたのだ。

 それが、予想に反して突然の敵の急襲である。しかも、前方に居る沿岸警備隊の巨大船ならばともかく、あのような小型艇の接近を許せば、後々フーリムンからどんな叱責を受けるか分からない。護衛艦の船長達は、必死になって兵士や魔法使い達に檄を飛ばすのだった。


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いつもお読み下さりありがとうございます!

 ここ最近更新遅く申し訳ありません。

 何だかんだと忙しくて、更新もそうですが、せっかく注文したス○ープド○グが届いたのに作る暇も無い…(泣)

 
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