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第16章 冒険者な日々〈ヒロトのいない日〉
第107話 side セイリア
しおりを挟む『御宝屋』の中から聞こえてきた大きな怒鳴り声。
続いて ーードゴンッ!ーー と、大きな音がすると、一人の男性が転がる様にして店の中から飛び出して来た。
「ヒッ!? ヒィィィィッ! き、貴様!お、王国貴族であるこの私にこの様な無礼を働いて、タダで済むと思っているのかっ!」
「喧しいっ!何でもかんでも金や宝石でゴテゴテと飾りゃあいいと思いやがって!そんな下品な仕事が出来るか馬鹿野郎!! そんな仕事はなぁ、その辺の三流にでも持ってきやがれ!」
店の中から飛び出して来たのは、三十歳前後だろうか?頭をぴっちりと真ん中で分けたチョビヒゲの、如何にも成金趣味の男。
後から出て来たのは店の主人だろうか? 筋骨隆々で立派な髭を蓄えてはいるものの、身長が私の胸の辺りまでしか無いドワーフの男性だった。
二人は店の前で更に言い合いを始めるが、どうやら仕事の受注に関してのトラブルのようだ。
「金なら言い値で払うと言っているだろう!貴様ら職人は貴族である私に言われた通りに仕事をすればいいのだっ!」
「…ンだと、この野郎、職人を馬鹿にしてんのか! ブッ飛ばすぞテメェ!」
「ヒィィィッ!? お、覚えていろ!この無礼の始末は必ずつけさせてやるからなあぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!! 」
お決まりの捨て台詞を吐きながらも、やたらと早い逃げ足で走り去って行く貴族籍らしい男。あまりに逃げ足の方が速すぎて、後半は聞き取れなかったくらいだ。
情け無い! 事情はよく分からないが、貴族ともあろう者が脅されたぐらいで尻尾を巻いて逃げるなど、男の風上にも置けない奴だ。少しはヒロト様を見習うといいのだ。
店の主人らしきドワーフの男性は、腕捲りをした丸太のような太い腕をぐるぐると回しながら、ふんっと鼻息を荒くして、今度は私達の方を睨みつけて来た。
「何だお前らは?見世物じゃねえぞ、さっさと失せな!」
「随分な言い草だなぁ、これでも客として来たんだけどな?」
「ぁあん? 客だと?」
「ああ、冒険者ギルドのセイレンの婆さんに、此処が”一番腕が良い”って紹介されて来たのさ 」
「ばっ、婆さん…だとっ!? 」
ヒロト様の言葉に、目を剥いて驚く店主だったが、次の瞬間にはさっきの怒鳴り声よりも大きな声で笑い出した。
「ぐわっはっはっはっ!! あの魔女を”婆さん”呼ばわりたぁ、恐れ入ったぜ! 若ぇの、お前何者だ? まあいいや、俺はオーナー兼職人のベゼルってんだ。茶ぐらい出してやるから中に入ぇんな!……おい、客だ!茶を頼む!」
豪快な笑い声を響かせながら、ドカドカと重い足音を立てて店の中へと戻って行くベゼルと名乗った店主。
「さ、せっかくのお誘いだ、お茶をご馳走になるとしよう 」
あまりの急展開について行けず、呆気に取られて固まっていた私とは違い、全く動じることなくヒロト様は私の背中に腕を回し、優しくエスコートして下さったのだが……、何と言うか…………、流石だ。
店の中に入ると、そんなに広くは無いが清潔感があり、外観通り小ざっぱりとした其処かしこに店主の拘りを感じさせる洒落た内装のお店だった。
キョロキョロと店内を見回していると、何故かカウンターらしき物がひび割れて壊れていた。よく見れば大きな”拳の跡”らしきヘコみがついている事から、先程店内から聞こえた「ドゴンッ!」という大きな音は、ベゼル氏が怒りに任せてこのカウンターを殴った音だったのだろう。かなり分厚い板で出来ているようなのに、さすがはドワーフ、凄まじい膂力だ。
「うわぁ……っ!? 」
店主に促されて腰掛けたテーブルは天板がガラス張りになっていて、ショーケースのような二重構造になった其処には、店主の作品なのだろうか? 指輪や首飾り、ブレスレットなど、思わず声が出てしまったほど素晴らしい宝飾品が並べられていた。
「これは……っ!? 素晴らしいな、正直予想以上だ……」
ヒロト様も、思わず、といった様子で感嘆の声を漏らしている。
「ほお……? なかなか見る目があるじゃねえか、さっきの馬鹿貴族は『もっと豪華な物は無いのか!』とか、いきなり吠ざきやがったぜ?」
「どこがだよ……、この繊細な細工、ともすれば細工と宝石はそれぞれ一方的に主張しすぎちまうもんだが、こいつはお互いを引き立て合って、輝きを増している様じゃないか!」
「おおっ!? 分かるのかお前ぇ! そうだ、宝石と彫金細工、この二つが調和し合ってこそ、本当の美しさってぇのが生まれるんだよ! なのに、どいつもこいつもゴテゴテと高い宝石で飾り立てればそれで良いと思ってやがる!そんなチンケな仕事じゃあ、このベゼル様の名が泣くってんだ!! 」
肩を怒らせて憤慨するベゼル氏。だが、確かに貴族というものは、とにかく見栄や外聞に捕らわれた考え方をする者が多いのもまた事実。
さっきの男の様に、仕立ての良さやセンスなどというものよりも、如何に金額が高いか、豪華であるかに重点を置く者も少なくない。
「なるほどな、そんな成金趣味な奴ばかりじゃあ、イヤになるってもんだよなぁ…… 」
「だろう? で、そいつぁいいんだが、まだ俺ぁお前さん達の名前も聞いてないんだがよ? そろそろ教えちゃくれねえか? 」
「そういやそうだな?悪かった。俺はヒロト・クガ、彼女はセイリア・キサラギだ 」
ヒロト様の紹介に、ペコリと頭を下げて会釈をするが、顔を上げてみると、ベゼルさんは驚いたような、でも納得した様な顔をしてこちらを見ていた。
「キサラギ!? …まさかアンタは婆様の……っ!? 」
「あ、はい。孫です 」
「ぐわっはっはっはっ! そうかい! そういう事なら仕事を受けねぇ訳にはいかねぇな!」
ベゼル氏は、さっきまでよりももっと親しみを込めた笑顔で楽しそうに笑う。
「もしかして、御祖母様とお知り合いなんですか?」
「まあな、ちょっとした縁で、ガキの頃から知ってるよ 」
と、そこへひとりの少女がお茶を運んで来たのだが、今度はその少女が私を見て驚きの声を上げる。ん?彼女は確か……?
「セ、セイリア副会長? どうしてここに!? 」
「君は確か……、魔術学院の……?」
「あ、はい!錬金術科二回生の”メイガネーノ・ドージッコ”です!」
お茶を持って店の奥から現れたのは、大きな丸眼鏡にエプロン姿ではあったが、私の通う王立高等魔術学院のある意味有名人の女子生徒だった。
「私か?私はその…、まあ客としてだが、君は? アルバイトかい?」
「あ、いえ、その…… 」
王立高等魔術学院は、王国各地にある学校から才能ある若者達を招集し、王国の未来の人材とするべく更なる教育を施す教育機関である。
その為、学費は全て免除、衣食住に関しても王国政府が全て保証してくれている。
しかし、王国政府が保証してくれるのはあくまで学費等に関した事だけであり、それ以外に発生する遊興費などに関しては自前で用意しなければならない。だが、学院に籍を置く生徒の全てが裕福な家庭であるはずもない。その為、学院に於いては学業に支障が出ない限り、特にアルバイト等は禁止にはしていないのだ。
てっきり彼女もその類かと思っていたのだが? ーーーー
「ああ、メイはな、ウチに修行に来てんのさ 」
「修行……ですか?」
「おお、コイツん家は代々魔道具屋で、親父や兄貴達も腕の良い職人なんだがな?何でかコイツだけはどうにも出来が悪くてなぁ……。親父とも知り合いだし、魔道具の装飾として以外にも彫金細工の細かい作業は魔術回路を正確に刻み込む練習になるってんで、放課後や休みの日は俺の仕事を手伝いに来てんのさ 」
ベゼル氏の言葉に顔を赤くして俯くメイガネーノ。
「その……、私は不器用ですから…… 」
「ありがとうよ、メイ。用事があったらまた呼ぶから、仕事に戻ってな 」
「あ、ハイ、親方。じゃあ、セイリア副会長、失礼します 」
ペコリと頭を下げて、そそくさと店の奥へと引っ込んで行くメイガネーノを見送ると、ベゼル氏は改めて私達の方へと向き直る。
「良し、じゃあ注文を聞こうか? ただし!例え婆様の縁者でも、ふざけた注文なら断らせてもらう。…まあ、俺の仕事を分かってくれてるみたいだから大丈夫だとは思うけどな?」
ニカッっと太い笑いで私達に笑いかけるベゼル氏。対してヒロト様もニヤッっと不敵に笑い返す。
「どうだろうな?だが、俺も大丈夫だとは思ってるよ。頼みたいのは、彼女に贈るアクセサリーだ 」
「ほお…? で、何を造るんだ?」
「ああ、婆さんの孫ってことで、彼女が貴族だってのは分かってるだろ?いずれは社交界にも出る事になるだろうから、その時の為の装飾品一式と、普段から着けていられるピアス、あとは余った材料でネックレスを六点ほど…、あっ!すまん、ネックレスの内一点は材質を変えて細工に手の込んだ物を頼む 」
「はっ!? 待て待て待てっ!いっぺんに言ってんじゃねぇよ!」
ヒロト様の注文に慌てるベゼル氏。だが、何故か急に眦を怖くして、ズイッと身を乗り出して、ギロリとヒロト様を睨むように見る。
「それからお前ぇ、ひとつ聞き捨てならねぇ事も言いやがったな?エルフ族の女に”耳飾りを贈る”って事がどう云う意味か分かって言ってんだろうな?」
「ああ、セイリアから聞いた。これでも俺達は一応婚約者でな、彼女がそれを望むなら、喜んで贈らせてもらうさ」
ヒロト様の口から出た”婚約者”との言葉に、つい頬が熱を持ってしまう。
ベゼル氏はまたニカッっと笑顔を浮かべて座り直すと、紙束とペンを取り出した。
「そうか、覚悟の上ならいいやな。で、デザインとか何か注文はあるのか?」
「そうだな………… 」
その後は、ヒロト様とベゼル氏で注文の内容を決めて行くが、ベゼル氏の作品を見てすっかり気に入った私達は、ほぼ氏に”お任せ”でお願いすることにしたのだが、ピアスのみ私の要望でヒロト様の物と同じ形状、ただし、表面にはヒロト様のお父様の紋章(ヒロト様は”家紋”と呼んでいらした)で、「三つ巴」と呼ばれる物を彫り込んでもらう事になった。
「こんなところか?で、宝石や材質はどうするんだ?貴金属なら在庫はある程度あるが、宝石の方は取り寄せだと望みの物が手に入るのに、何ヶ月も時間がかかる場合があるぞ?」
「ああ、宝石にはコレを使ってくれ。あとは……そうだな、こんなのもあるが、どうだ?」
そう言ってヒロト様が取り出したのは、黒曜石の如く艶光る物と、掌より大きく、葉の様な形をしたエメラルドグリーンの物体だった。
いや、エメラルドの様に透き通ってはいるが、違う。深みのある美しさの中に、光の具合によって複雑な輝きを放つ不思議な素材。ただし、その両方から、物凄い残留魔力を感じる。
私の予想通りなら、黒い方は”大襲来”の時のヤツの甲殻だろう。だが、このエメラルドグリーンの素材はいったい……?
「てっ!手前ぇっ!? な、なんちゅうモンを出しやがるっ!? 」
「ほお…?アンタコレが何だか分かるのか?」
「ああ……、”何の”ぐらいしかわからねぇが、一応〈物品鑑定〉のスキルを持ってるからな。お前ぇ…こりゃあ……!? 」
余りの驚きに目を瞠り、恐る恐るヒロト様が取り出した素材を手に取るベゼル氏。
「信じられねぇ……、こりゃあ【黒殻龍蟲】の甲殻と、【上位竜】の碧麟じゃねぇかっ!? こんな伝説級の素材をいったいどうやって……っ!? 」
「【黒殻龍蟲】は倒した。【上位竜】は友誼を結んだ証だな 」
事もなげに語るヒロト様の言葉に、パクパクと口を動かすばかりで、声も出ないベゼル氏だったが…、
「ふざけんなっ!! コレはなぁ、そんなにアッサリと手に入るモンじゃねぇんだ!」
顔を真っ赤にさせて憤慨し、大声で怒鳴り始めるベゼル氏。
……まあ、 ベゼル氏の気持ちは分からないでもない。目の前で見ていた【黒殻龍蟲】ならばともかく、【上位竜】(ソニア達は”ヴォトカ”と言っていたか?)については、何とヒロト様は実戦中にソニア達に”魔法戦闘”をレクチャーする練習台としていたという。よりにもよって上位竜を、だ!?
私だって、ヒロト様を直接知らなければ、騙そうとしているか、タチの悪い冗談と一笑に伏すだろう。
「お待ち下さい、ヒロト様は嘘など言っておられません。【黒殻龍蟲】は、ヒロト様が討伐する場面を、私だけでなくお祖父様や秀真武士団全員が目撃しておりますし、【上位竜】についてもお疑いでしたら『ヨウロウ村』に問い合わせれば事実だと証明出来ます!」
そう私が言うと、腕を組んだベゼル氏は”うぅむ!?”と唸って黙り込んだ。
「”武神”の爺様までもか…!? て、事ぁ本当なんだろうが、俄かには信じられねぇなぁ……。しかし、『ヨウロウ村』?そこの連中が、何を証明出来るってんだ?」
「ああ、ベゼルさん、『ゲンノの昔噺し』を知ってるか?」
「まあな、アレだろ?孝行息子が、【上位竜】に勇気を認められて、酒と鱗を貰ったってぇ…………、おい、まさか!? 」
「その”まさか”だよ。ちょっと前に依頼でな、【上位竜】と戦って、俺達も勇気を認められて友誼を結んだんだ。で、ヨウロウ村はその【上位竜】と行き違いのトラブルがあってな、そのお詫びに【龍泉酒】を毎年一定量貰える事になったのさ。それがコレだ 」
ヒロト様は一本の酒瓶を取り出して栓を抜くと、得も言われぬ芳香が室内に漂う。そして、ベゼル氏の空になっていたティーカップに少しだけ注ぐと、ベゼル氏に飲むように促す。
恐る恐る口を付けたベゼル氏だったが、口に含んだ瞬間、カッと目を見開き一気に飲み干した。
「なっ何だこの酒はっ!? 甘く、芳醇で……、いや、言葉でなんて言い表せねぇ!? これが……っ?」
「ああ、これこそが『ゲンノの昔噺し』に登場する”幻の酒”【龍泉酒】だ。良い仕事をしてくれたら、この酒も報酬に付けさせてもらうぞ?」
『本当かっっ!!!! 』
今日一番の大声と共に、テーブルの上に身を乗り出すベゼル氏。さっきまでの訝しむ様子が嘘のように真剣な表情だ。
その様子を見たヒロト様が、ニヤリとした笑みを浮かべてベゼル氏に問いかける。
「ああ、本当だ。……で、どうする?」
「やらせてもらう! いや、やらせてくれ!! この先二度とお目にかかれない様な”伝説級の素材”に”幻の酒”。これで引き受けなきゃドワーフじゃねぇ!頼む、是非俺にやらせてくれっ!! 」
……何と言うか……、”伝説級の素材”よりも、【龍泉酒】に対する食いつきの方がスゴかったような……?そこはやっぱりベゼル氏も、酒豪で知られるドワーフ族ということか?
しかし、さすがはヒロト様。依頼する方と受ける側の力関係が、見事に逆転してしまっている。
「そうか、そこまで言うならアンタに頼むとするよ 」
「任せとけ!この『ベゼル・ブリッジ』、一世一代の最高傑作にしてみせるぜ!! 」
ドンッ!っと分厚い胸を叩いて見栄を切るベゼル氏。きっと素晴らしい作品が出来上がるのだろう。ケースの中のベゼル氏の作品は、どれも素晴らしい物ばかり。
今までアクセサリーの類いにあまり興味は無かったが、今回ばかりは今から物凄く楽しみになって来た。
「頼むよ。期限とかは特に決めていないから任せるよ。その代わり、最高の物を頼む 」
「あっ!?あのっ!」
ヒロト様の言葉に、つい言葉を重ねてしまった……。だって……っ!?
「どうしたんだ、セイリア?」
「そ、その……、ピっ…ピアスだけは出来るだけ早くお願い出来ないでしょうかっ!? 」
我が儘を言っているのは分かっている。けれど、やっぱりヒロト様から頂ける”証”が早く欲しいのだ。
「おいおい嬢ちゃん、無理言うなよ。俺だって誇りある職人だ。他に受けてる仕事を曲げてまでは…… 」
「もう一本付けよう。それもピアスと引き換えにだ 」
「任せとけ!! 夜までには最高の物を仕上げてやる!暗くなるぐらいにまた来てくれ!! 」
アッサリと掌を返して、大至急仕事に取り掛かる事を約束してくれたベゼル氏……。
”職人の誇り”はどこへ行ったのだろう。ドワーフって……っ!?
こうしてピアスだけは今日中の納期が決まったのだった ーーーー。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大変更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
リアルの仕事が忙し過ぎて……っ!?
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