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第二章 思い悩む男爵令嬢
13 重大な病
しおりを挟む「ねぇ、リリス。質問しても良い?」
グレンシア男爵家に五人しかいないメイドのうち、最も年の若いリリスを呼び止めてマリベルは咳払いをする。今日は水曜日。早めに学校から帰って夕食が出来るまでの間、マリベルは屋敷の中の小さな書庫で時間を潰していた。
「何なりとどうぞ、お嬢様」
リリスは掃除する手を止めて笑顔を見せる。
マリベルは慎重に言葉を選んで、口を開いた。
「例えばね…… これは仮の話なんだけど、貴女がすっごく苦手な人が居たとして、その人は毎日のように嫌がらせをしてくるような相手なんだけど……」
「はい。嫌なお方なのですね」
「ええ、本当に嫌なヤツよ。その男が急に弱音を吐いたり、貴女の幸せを願ったりするってどういう意味だと思う?」
リリスは「うーん」と唸りながら頭を抱えて、両の目を強く閉じた。カチカチという時計の秒針の音だけが部屋に響く中、マリベルは息を呑んで発せられる言葉を待つ。
若いメイドはしばらくの間唸り続け、少し心配になったので声を掛けようかとマリベルが思い始めた頃、パッと双眼を見開いた。
「それは………つまり、」
「つまり……?」
「相手は何か大病を患っている可能性があります」
「えぇっ、大病!?」
マリベルは驚いて叫ぶ。
リリスは人差し指を口元に当てて、内緒話をするみたいに声をひそめた。
「おそらく、不治の病に罹った結果として、今までの行いを反省しているのでしょう。嫌がらせをしていた相手に優しくしてその幸せを願うことで、神に病状の改善を求めているのです」
「あ、病気だから弱音を……?」
リリスは神妙な面持ちでこくりと頷く。
マリベルは額に手を当てて暫し自分の内側に意識を向けた。メイドの主張は腑に落ちる。雷に打たれてもケロッとしていそうなルシアンが急に留学の期間のことを振り返って「楽しくなかった」と辛そうな顔をした挙句、マリベルの恋を祝福したのだ。
いったいどんな病に罹っているのだろう。
それもまた留学先で貰って帰ったのだろうか?
だとしたら、彼の滞在がまったく何も楽しい経験ではなかったというのも納得がいく。友人とはいえ王太子の付き添いで向かった隣国で不治の病に見舞われるなんて、さすがのマリベルでも同情する。
「ありがとう、リリス!自分では思いもよらなかったわ!貴女に相談して良かった……!」
パァッと顔を輝かせたマリベルを前に、若いメイドは穏やかに微笑んで返す。
「メイドとしてはまだまだ経験が浅いですが、お嬢様よりは長く生きていますから。いつでも何でも相談してくださいませ!」
「本当にありがとうね。そうさせていただくわ」
「そういえば、お嬢様。学園のパーティーが今月開催されると仰っていましたが、ドレスの試着はいつなさいますか?」
リリスの言葉にマリベルはハッとする。そうだった。渡月会と呼ばれる十月の夜会に向けてそろそろ準備を始めないといけない。去年はミーシャと出掛けたけれど、今年はきっとアーバンが迎えに来てくれるはずだ。
「また私から声を掛けるわ!少し部屋にこもるから、何かあったら教えてくれる?」
「かしこまりました」
マリベルは読んでいた本を棚に戻して、部屋に帰ることにした。夕飯までもう少し時間が掛かりそうだし、それまでにしたいことがある。
ルシアンが病気だと分かった今、このモヤモヤとした罪悪感を晴らすためにマリベルがするべきことは一つ。アーバンとの素晴らしい未来のためにも、気になることは片付けておいた方が良い。
勢い良く部屋の扉を押し開けて、机の前まで突進すると、マリベルは真ん中の引き出しから今はほとんど使わなくなったレターセットを取り出した。ペンを片手に椅子に座り込む。そして、気合を入れて文字をしたためはじめた。
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