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第二章 思い悩む男爵令嬢
14 初恋泥棒からの手紙◆ルシアン視点
しおりを挟むデミカゼル宮殿───
初代国王マドレイ・デミカゼルが設計から関わったとされるこの建物は国の重要文化財にも指定されており、建設から数百年が経っているとは思えないほどの優美な見た目は見る者の目を奪う。
そんな場所に日常的に住まうこの男がまったくもって王太子の器ではないことにルシアンは幼い頃から気付いていたが、本人とて自覚はあるようなので指摘はせずに今まで友人を続けてきた。
「ルシアン~~!」
「どうした?」
「またクラスの女子に挨拶されて無視されちゃったよ~~なんで女子ってああも群れで行動するの?あと、廊下歩く時に横に広がりすぎじゃない?あのフォーメーションを崩したら死ぬのか?」
メソメソと涙を浮かべて訴えるアレスターを一瞥して、ルシアンはまた目を手元の本に戻す。彼のこうした小さな相談事は日常茶飯事で、そのどれもが常人にとっては取るに足らないこと。
「君の声が小さくて聞こえなかったんだろう。次は俺が隣に居るときに話し掛ければ良い」
「それじゃあ意味がないんだよ!父上だって早くルシアン離れをしろと毎日うるさくて……」
「そう言いながら今日だってこうして俺を呼び出してる」
「それとこれは別だよ~~」
ズビッと大きな音で鼻まで啜るものだから、仕方なくルシアンはティッシュを数枚引き抜いて友人へと手渡した。アレスターは王族の品位たるや何たるかを捨て去って、目の前で派手に鼻をかむ。
そう、昔から彼はこんな感じだった。
駆けっこをすれば毎回どべ。勉強はからきし不向きで、他人とコミュニケーションを取るのが酷く苦手。特に発表会などになると、見ているこっちが泣きたくなるほどに緊張してしまう。
しかし、アレスターには良いところもあった。繊細過ぎる故か他人の感情の変化によく気付く。ルシアンが見過ごすような道端の花を見つけて「とても綺麗だ」と嬉しそうに笑う。その笑顔は、自分が長年想い続けてきた彼女の姿に重なった。
「君の方の近況はどうなのさ?」
ようやくティッシュの束から顔を離したアレスターが恨めしそうな顔で尋ねる。はて、と惚けようとしたが、ジトッとした目は何処までも追求してきそうなので大人しく白状することにした。
「どうもないよ。留学から帰ったら幼馴染みに恋人が出来ていた」
「えっ……!?」
「おかしなことじゃない。俺たちは若いからね。特にここは学園という閉鎖的な空間だ。青春なんていう甘酸っぱい話を繰り広げるには丁度良い」
「そんな達観したこと言ってる場合か!君がずっと好きだった相手だろう!?早く国に帰りたいってあれほど言ってたのに……!」
ルシアンの気持ちを慮ってか地団駄を踏むアレスターを見て笑う。いや、笑ってみようとした。実際には頬が少し引き攣ったように動いただけ。
一年ぶりに再会したマリベルには恋人が出来ていた。それは自然なことで、むしろその可能性をまったく考えなかった自分が馬鹿なのだろう。周りが婚約やら結婚を約束し合う中で、彼女の時間だけが止まっているはずがない。
「初恋泥棒を諦めるのか?ルシアン、君って奴はそんなにヘタレな男だったのかい!?」
「君にそう呼ばれると不思議な気持ちだな。パートナーが居る女性に言い寄るほど醜いことはないだろうよ。潔く身を引くべきだ」
「ちょっと待ってくれ。この際だから言いたいんだけど、そもそも君は自分の気持ちを向こうに言ったのか?」
「気持ち………?」
きょとんとした顔で首を傾げるルシアンの前で、アレスターは拳を握りしめて仁王立ちになる。
「告白だよ!愛の告白!幼い頃から好きだったって伝えたのかって聞いてるんだ」
あまりに大真面目な顔でそんなことを言い出すから、ルシアンは思わず吹き出した。
「言うわけないだろう。もう充分に俺は行動で示したよ。口でも将来のことは伝えたし、彼女も同じ気持ちだとばかり……」
「ルシアン……!」
「いちいち声を張り上げるには止してくれ。この距離なら囁き声でも聞こえるから」
アレスターはハッとしたように口元に手を当てると慌てて「ごめん」と言い添えて、再び口を開いた。
「あれのどこが愛だよ!?確かに何度も呼び出してはいたが、雑用を頼んでただけじゃないか。僕は三年に上がるまで彼女は君の下女だとずっと思ってた。それぐらい、君は……」
「今更だよ。悪いがもう帰る」
追い掛けてくる声に聞こえないフリを決め込んで、ルシアンは部屋の外へと踏み出す。
頭の中では今朝方届いたマリベルからの手紙を思い返していた。どういうわけか、ルシアンが病に罹っていると信じ込んでいる様子のマリベルは、キャンプでのことの再度の謝罪と病状の回復を願う言葉を記していた。
「そうだな……大層な病気だ」
自嘲気味に笑った声が長い廊下に吸い込まれる。
アレスターの指摘はもっともで、それはルシアン自身が長年葛藤していた問題でもあった。
彼らが持ち合わせる素直さが、自分にわずかでもあったなら。
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