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第五章 アルトピアの春
55 渡月会:Re1
しおりを挟む柄にもなく緊張していた。
アルトピア王立学園の恒例行事となっている渡月会にマリベルが参加するのはこれで七度目。教師になってからは三度目なので、もう当日の人の多さや普段とは違う校舎の雰囲気には慣れたと思っていたのに。
「ごきげんよう、グレンシア先生」
「あ……ごきげんよう、」
控えめな挨拶を背中で受けて初めて、自分がぼけっと廊下の真ん中に突っ立っていたことに気付く。女子生徒たちは綺麗に着飾った姿で連れ立って広間へと入って行った。
マリベルが選んだ大きなカボチャたちは、指定した位置にどしんと積み重ねられており、カラフルなリボンを巻かれたことでより一層パーティーらしさを感じる仕様となっている。
(なんで今更緊張なんて………)
主役はあくまでも生徒で、自分たち教師は監視役に過ぎない。若い少年少女たちが煌びやかな時間を楽しむ様子を見守るために今日はここに来たのだ。
つまり、仕事。
今日という日は勤務に集中せねば。
「マリベルー」
「ひゃい!」
まったく意思の伝達が出来ていない身体は、突然頭上から降ってきた声に驚いて飛び上がった。飲み物のグラスを持っていなかっただけ、いくらかはマシだろう。
「そんなにビックリするなよ…… 学長が今年も招待してくれたのは良いけど、やっぱり退学した僕がこんな場に居るのは気が引ける」
「あ、アーバン……」
声の出どころを目に入れて心はホッとする。体型こそ違えど、コロコロ変わる表情は若い頃のままで、マリベルは少し安心を覚えた。彼のしでかした悪行は許されることではないが、しっかり反省して罪を償った人間をこれ以上責める気にはなれない。
白いプレートの上に食べ物を載せつつ、目を泳がせるアーバンを見て、マリベルは学生時代を懐かしく思った。
「にしても昨日は驚いたよなー。まさかルシアン・ド・ラ・パウルがガルーアに帰国してたなんて。噂じゃあ隣国の令嬢と結婚したんじゃなかったか?」
「………知らないわ」
「マリベルはああいう人気者に興味がないんだな。ま、そういうところは僕は歓迎だね。なんせ女ときたらみんなルシアン、ルシアンってさぁ。寝ても覚めても同じことばっかりで」
マリベルが何も返事をしないことを同意と受け取ったのか、アーバンはワインのグラスを片手にペラペラと言葉を重ねる。
「そんなに良い男だと思うかい?こう言っちゃなんだが、正直顔だけが取り柄だと思わないか?僕だってあの顔に生まれていたら、そりゃあ上手く立ち回って大いに躍進しただろうさ」
「アーバン、」
マリベルは視線を上げて、わずかに酔いの回った赤い顔を見つめた。
どういうわけか、アーバンは肉付きの良い大きな右手をマリベルの腰に回す。これから一曲踊るとでも思っているのだろうか。改心した彼とは友人として関係を築きたいだけに、今回の失言は訂正しておくべきだろう。
「あのね、小公爵は貴方の言うような方ではないわ。よく知らない相手のことをそんな風に決め付けて話すのはどうかと思う」
「はぁ?」
「不快にさせたらごめんなさい。だけど、貴方のお家のお花は好きだから、言っておきたかったの」
アーバンは唇を震わせて、何かを言おうと口をパクパクさせた。しかし、明確な音が飛び出す前に、二人の間に一本の腕が割って入った。
「なるほど、どうもありがとう。卒業してもう何年も経つけど、まだこうして僕のことを噂してくれる人間が居ることに感動しているよ」
「………?」
憤るアーバンの双眼がゆっくりと上に動く。
そして、ハッとしたように止まった。
「アーバン・スコットくん、知性ってものは頭の良さとは別らしい。君が転校先の学校を主席で卒業したと聞いた時は嬉しかったけれど、こういう低俗な話を好む点は変わらないね」
「ルシアン!」
驚いて叫んだマリベルの口を片手で塞いで、ルシアンは話し続ける。
「昔から君の軽薄なところが羨ましかった。俺も君みたいな性格だったら、六年も掛からなかっただろうから」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるアーバンに「飲み過ぎには注意して」と言い添えると、ルシアンはにこりと笑って歩き出す。その右手はしっかりとマリベルの手首を掴んでいて、招待客の間を縫って進みながら、現状を理解しようと試みた。
分からないことが多すぎる。
だけど、今のマリベルは分かりたいと思っていた。
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