50 / 83
第一章 女王とその奴隷
50.さようなら
しおりを挟む夕刻になり、用意された部屋に案内されてきたロカルドは、テーブルの上に並ぶ通常時より華やかな食事を見て目を丸くしました。
「これは…いったい、」
「お別れ会よ!私が今日の夜の便で王都へ帰るでしょう?使用人のみんなが別れを惜しんで、こういう会を催してくれたみたいなの。素晴らしいわよね」
同意を求めて顔を近付けるメリッサに、ロカルドは押され気味に「そうなのか」と答えて着席しました。
メリッサの要望で今日に関しては私たち使用人も席に座って共に食事をいただくことになっています。オデットはその点に関してはご機嫌なようで、私は彼女が用意した容器に時々食べ物を入れ込むのを見て少し呆れました。やはり、この老婆は只者ではありません。
カチャカチャとカトラリーが触れ合う音が響く中、シャンパンのグラスを持ったメリッサが思い出したように口を開きました。
「そうだ、使用人のことなんだけど」
「………?」
「私が本格的にこの家に嫁いで来たら、オデットとアンナはクビにしようと思うの。オデットは愛想が悪いし、アンナは私の話し相手にならないから」
つまらないわ、と言い添えて明るく笑います。
「イザベラとアドルフは合格よ。二人とも話しやすいもの。屋敷の雰囲気を悪くする使用人は雇わない方が良いでしょう?そう思わない、ロカルド?」
呆然とする私たちの視線の先で我が主人は顔を上げます。
先ほどまで肉を切り分けていたアドルフも、ただならぬ雰囲気に手を止めて成り行きを見守っていました。
「いい加減にしてくれないか……?」
声の大きさのわりに強い口調でした。
メリッサは「何が?」と首を傾げて見せます。
立ち上がったロカルドの手に、結婚相手のメリッサとお揃いの指輪はありませんでした。私は不思議に思いながら急に機嫌を損ねた主人を見つめます。こんなに不機嫌なロカルドを見たのは初めてでした。
「君はいったい何故、自分が当然のようにミュンヘンに入ることを前提に話を進めているんだ?」
「え?だって、私たちは結婚を……」
「何度も断った。グスコ侯爵にも手紙を送ったし、直接会って話もした。君だけが受け入れていないんだろう…!」
「なにを言っているの…?ねぇ、ロカルド、落ち着いてよ。私は貴方のことを理解しているわ。昔の貴方も知っている上で受け入れたいの。それに、ほら…私たちは恋人だったでしょう?」
「メリッサ、俺はもう父の名を借りて威張る馬鹿じゃない。ミュンヘンの家柄に価値などないんだ」
私はメリッサの手がブルブル震えているのを見ました。
机の上に下ろされたグラスからシャンパンが溢れます。
誰も何も喋らず、動きませんでした。食卓はまるで一枚の絵画のように静止して、ただ気まずさと重たい沈黙が載っているだけです。
「私と結婚することで再建を図れるわ…!父も貴方との結婚を望んでいる!出資すると言っているの!」
「要らないよ。誰かの手を借りて立ち上がっても、またどうせ同じヘマをする。俺は自分の力でやり直したい」
「ロカルド……!」
「買ってくれた指輪も返す。君はプレゼントだなんて言ってくれたけれど、これは受け取れない」
そう言ってロカルドは、まだリボンが解かれていない四角い白い箱を机に置きました。
オデットが凄い形相でその箱を見ているのに気付き、メリッサは焦ったように箱を奪い取ります。「どうして、どうして」とうなされたように何度も繰り返した後、メリッサはロカルドを睨み付けました。
「まさかとは思うけど……女でも居るの?この田舎町で、誰か相手を見つけたってこと…!?」
ロカルドはメリッサの怒りを孕んだ視線を受け止めて曖昧に微笑むと、その隣に座る私を一瞬だけ見ました。
「………そうだな。恋人になれればと思っている女性は居る。鈍い彼女が受け入れてくれるか分からないけど」
「嘘でしょう……!?」
そのまま耳を塞ぎたくなるような暴言をいくつか吐いて、メリッサは部屋を出て行きました。
使用人として追い掛けるべきか、どうするべきか、と困惑していると、ロカルドが手を叩いて皆の注意を引いたので、私たちは主人の方へ向き直ります。
「すまなかったな。食事を続けようか?」
オデットが頷いて「やっと落ち着いて食べられる」と言いました。イザベラとアドルフは顔を見合わせて困った顔をしています。私は、ロカルドを見ていました。
「アンナ、ここ数日の業務報告を後でまとめて聞けるか?」
「………はい。承知いたしました」
「ありがとう」
我が主人は薄く笑ってグラスを掲げました。
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる