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閑話
男爵家当主の手記2◆ロカルド視点
しおりを挟むアンナの名前はその時は知らなかった。
ただ、女王と名乗るだけのその女は俺を奴隷と呼んだ。
最悪だ。入る店を間違えた、と思った記憶がある。
当たり前のことだ。俺は女を跪かせて自分の悦びのために使うのは好きだが、自分が跪くなんて御免だ。
しかし、女王の強気な態度はそんな抵抗を許さず、情けなく四つん這いになって生まれて初めての屈辱を味わった。否、屈辱は友人に一枚嚙まされたときにも受けたが、そんなものとは比べ物にならないものだった。
この俺が、たかが風俗嬢ごときに。
そんな怒りを察したかのように、女王は俺をベッドへ誘って自分の膝を枕にして俺を寝かせた。情けなくて仕方がないのに、胸の内から安堵の気持ちが込み上げた。記憶が間違いでなければ、おそらく泣いていたと思う。
その女王は趣味の悪い化粧をしているくせに、やたらと優しい手付きで俺を撫でた。だから、そんな風に甘やかすから、まるで赦されたような気持ちになってしまったのだ。
もう少し生きてみたいと。
今度は間違えたくないと。
風俗店の女王に救われたなんて情けなくて誰にも言えないけれど、その後一年あまりはどうにかミュンヘンを立て直すことが出来ないかと奔走した。慣れない本を読み、学のある知識人たちに教えを請うた。
そして、とうとう屋敷を手放すことが決まった日。
心の中にはヴィラモンテの町が浮かんでいた。自分を救ってくれた女王が住むからというよりも、彷徨っていたところを受け入れてもらえた場所だったから。
少ない荷物をトラックに預けて、自分も夜行バスに飛び乗った。その後常連となって通い続けたヴィラモンテの風俗店では、引っ越すという話はしていない。
女王は驚いてくれるだろうか?
前を向いたと伝えたら、褒めてくれるのか?
死にたいと思っていた男が誰かに認められたくて頑張るというのはおかしな話だと思う。我ながら馬鹿みたいだし、数年前の自分なら間違いなく鼻で笑い飛ばす。
走り続けるバスの中で目を閉じた。
先ずは使用人を雇わなければいけない。
一人は熟練の慣れたメイドが良いだろう。もう一人は、よく働いて真面目であればそれ以上は望まない。
すでに仲介を頼んだ人材派遣会社によると、長い勤務経験があるメイドは見つかって採用済みらしい。あと一人は一週間後に面接を設けたと聞いている。
多くは望まない。
そう思っていたのに。
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