【完結】奴隷が主人になりまして

おのまとぺ

文字の大きさ
55 / 83
第二章 男爵とそのメイド

52.デート:一日目 前編

しおりを挟む


「デート……ですか?」

 自分の声がどこか不機嫌そうに聞こえたので私は咳払いをして誤魔化します。

 ロカルドはただ頷いて「時間があれば」と付け足しました。業務後は何の予定もなく暇なので私は快く了承しましたが、気になるのは我が主人の思い詰めたような表情です。

 ロカルド・ミュンヘンがどういうわけか使用人である私に愛の言葉を囁いてから、一日が経っていました。告白を受けて私が七日間という縛りを付けたのは、一週間の間に彼の気持ちに何か変化が起こるか知りたかったのも理由ですが、私自身も彼を知る時間が必要だと思ったのです。

 正直なところ、私はロカルドの愛を疑っていました。
 彼は女王として出会った私に自分を「支配してほしい」と懇願してきた男です。彼の言う愛とはつまり、束縛のようなもので、それはプレイの延長ではないかと考えたわけです。

 加えて、私の頭の中にはやはりメリッサが吹聴していた過去のロカルドの行いがありました。

 地味な女を手元に置いて派手な女で遊ぶ。その前者に自分が選ばれたのだとしたら、とんでもない不名誉でしょう。貧乏人の私ですが、プライドぐらい持っています。浮気されると分かっていて、わざわざ告白を受け入れたくないのです。

 部屋で見た便箋の件もまだ確認していません。
 縁談を受け入れると書かれていた相手の令嬢はメリッサではなかったのでしょうか?これは今日のデートで聞くことが出来ればと思います。それに、以前シャツに付いていた口紅なんかについても。


(………なんだか、変な気持ちだわ)

 心が落ち着きません。
 私の頭は相変わらずもやが掛かったように不鮮明で、自分がロカルドのことをどう思っているのかよく分からないのです。こうしたところが、愚鈍と称される所以なのでしょう。

 とりあえず、その日の仕事を終えた私は、すでに人の捌けた更衣室で着替えを済ませて、いつもより少し女の子らしい化粧をしてみました。デートに誘ってくれている我が主人の前で、メイド服に地味メガネでは失礼かと思ったのです。

 久しぶりにメガネを取ったので気持ちも軽くなりました。
 容姿はどうにもなりませんが、性格ぐらいはいつもより少しだけ明るくしておきたいものです。べつに気合いを入れているわけではなく、その方が相手も楽しいでしょうから。



「旦那様……?」

 ノックをしても返事がなかったので扉を少し開けてみたら、ロカルドは机の上で肘を突いたまま目を閉じていました。

 最近ミュンヘンの再建のためにかなり忙しい思いをしているようで、そんな中、面倒な提案をしてしまった自分を少し恥じます。どこにでも居るメイドらしく、私は二つ返事で告白を受けるべきだったのかもしれません。

 美しい金髪の下でふるふると瞼が震えて、青い双眼が私を捉えました。心臓がひゅんと縮まるのを感じます。我が主人は本当に、無駄に顔が良いのです。

「………悪い、眠っていた」

 掠れた声でそう言うと、ロカルドは立ち上がります。
 ジャケットを手に取って私を振り返るとそのまま固まりました。

 あまりにもマジマジと顔を見てくるので、私は調子に乗って塗った薄いピンク色の口紅がはみ出しているのではないかと心配になりました。もしくは、ボタンを掛け違えているのでしょうか?

 ハッとして見下ろします。
 ボタンはきちんと正しく並んでいました。

「あの……何か、付いていますか?」

 おずおずと問い掛けるとロカルドは目を逸らしました。そっぽを向いたまま「メガネは?」と聞かれたので、鞄に仕舞ったことを伝えます。

「そうか。今日は人も多いだろうから、あまり離れないでほしい。はぐれたら見つけるのも大変だ」

「……? 分かりました」

 そうして黙って歩き出す主人の後を追い掛けます。
 三月のヴィラモンテは閑散期で、中心部でさえ人がまばらなはずです。私はこうした事実を王都から来た彼に教えてあげるべきなのか悩みました。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...