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第二章 男爵とそのメイド
52.デート:一日目 前編
しおりを挟む「デート……ですか?」
自分の声がどこか不機嫌そうに聞こえたので私は咳払いをして誤魔化します。
ロカルドはただ頷いて「時間があれば」と付け足しました。業務後は何の予定もなく暇なので私は快く了承しましたが、気になるのは我が主人の思い詰めたような表情です。
ロカルド・ミュンヘンがどういうわけか使用人である私に愛の言葉を囁いてから、一日が経っていました。告白を受けて私が七日間という縛りを付けたのは、一週間の間に彼の気持ちに何か変化が起こるか知りたかったのも理由ですが、私自身も彼を知る時間が必要だと思ったのです。
正直なところ、私はロカルドの愛を疑っていました。
彼は女王として出会った私に自分を「支配してほしい」と懇願してきた男です。彼の言う愛とはつまり、束縛のようなもので、それはプレイの延長ではないかと考えたわけです。
加えて、私の頭の中にはやはりメリッサが吹聴していた過去のロカルドの行いがありました。
地味な女を手元に置いて派手な女で遊ぶ。その前者に自分が選ばれたのだとしたら、とんでもない不名誉でしょう。貧乏人の私ですが、プライドぐらい持っています。浮気されると分かっていて、わざわざ告白を受け入れたくないのです。
部屋で見た便箋の件もまだ確認していません。
縁談を受け入れると書かれていた相手の令嬢はメリッサではなかったのでしょうか?これは今日のデートで聞くことが出来ればと思います。それに、以前シャツに付いていた口紅なんかについても。
(………なんだか、変な気持ちだわ)
心が落ち着きません。
私の頭は相変わらず靄が掛かったように不鮮明で、自分がロカルドのことをどう思っているのかよく分からないのです。こうしたところが、愚鈍と称される所以なのでしょう。
とりあえず、その日の仕事を終えた私は、すでに人の捌けた更衣室で着替えを済ませて、いつもより少し女の子らしい化粧をしてみました。デートに誘ってくれている我が主人の前で、メイド服に地味メガネでは失礼かと思ったのです。
久しぶりにメガネを取ったので気持ちも軽くなりました。
容姿はどうにもなりませんが、性格ぐらいはいつもより少しだけ明るくしておきたいものです。べつに気合いを入れているわけではなく、その方が相手も楽しいでしょうから。
「旦那様……?」
ノックをしても返事がなかったので扉を少し開けてみたら、ロカルドは机の上で肘を突いたまま目を閉じていました。
最近ミュンヘンの再建のためにかなり忙しい思いをしているようで、そんな中、面倒な提案をしてしまった自分を少し恥じます。どこにでも居るメイドらしく、私は二つ返事で告白を受けるべきだったのかもしれません。
美しい金髪の下でふるふると瞼が震えて、青い双眼が私を捉えました。心臓がひゅんと縮まるのを感じます。我が主人は本当に、無駄に顔が良いのです。
「………悪い、眠っていた」
掠れた声でそう言うと、ロカルドは立ち上がります。
ジャケットを手に取って私を振り返るとそのまま固まりました。
あまりにもマジマジと顔を見てくるので、私は調子に乗って塗った薄いピンク色の口紅がはみ出しているのではないかと心配になりました。もしくは、ボタンを掛け違えているのでしょうか?
ハッとして見下ろします。
ボタンはきちんと正しく並んでいました。
「あの……何か、付いていますか?」
おずおずと問い掛けるとロカルドは目を逸らしました。そっぽを向いたまま「メガネは?」と聞かれたので、鞄に仕舞ったことを伝えます。
「そうか。今日は人も多いだろうから、あまり離れないでほしい。逸れたら見つけるのも大変だ」
「……? 分かりました」
そうして黙って歩き出す主人の後を追い掛けます。
三月のヴィラモンテは閑散期で、中心部でさえ人がまばらなはずです。私はこうした事実を王都から来た彼に教えてあげるべきなのか悩みました。
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