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最終章 王都サングリフォンの龍
57 二週間
しおりを挟む「あら、ローズ。やっぱりここに居た!」
クリーム色のカーテンを押し開けて、クレアが少し目を丸くする。私はリンゴの皮を剥く手を止めて小さく頷いた。
クレアは重たそうな荷物を床に下ろしながら、今日の訓練であったアレコレを話して聞かせてくれた。私が休みをいただいている間も第三班は通常通り活気溢れる日々を送っているようだ。
フランが眠り続けて二週間が経とうとしていた。
ルチルの湖で、自分がどうやって救助隊を呼んだのか覚えていない。気付いた時には簡素なパイプ椅子に座って、たくさんのチューブに繋がれたフランを見ていた。
容態がだいぶ落ち着いていること、北部よりも王都の方が医療体制が整っていることから、三日前にフランはラメールが入院していた王立病院に転院した。
フィリップやゴアの優しさに甘えて、私はこの二週間休みをもらっている。朝はプラムを子供園に送り届けて、時間が許す限りはこうして彼のそばに居た。
「こうして見ると……今にも起きて来そうなのにね」
悲しげにそう言うクレアの視線を辿る。
瞼を降ろして口を閉じたフランは、本当にただ眠っているだけのように見える。綺麗な横顔には夕陽が差して光の痕を残していた。
ラメールが言うには、フランは彼の中に残っていた龍の力を使ったことで、その意識が遠いところから戻って来れなくなっているらしい。今までそんな先例が無いから誰も本当のことは分からないけど、私は彼女の説を信じたい。
プラムもまた、フランが戻ってくると待っている。
あの家は私たち二人には広すぎるから。
「あの男、死んだらしいわよ」
「え?」
「フランと一緒に湖で見つかった男よ」
「………ああ」
私は俯いて、手に持っていたナイフを机の上に置いた。剥き掛けのリンゴを皿の上に戻す。
ルチルの湖からは、赤龍の死体は上がらなかった。
代わりに見つかったのはフランと同じように水を大量に飲んだ魔術師の男。ゴア隊長含む有識者の想像では、フランが赤龍を浄化しようと誘導しようとしたのではないか、ということだった。
魔術師の男はその後、隣国で指名手配されていた訳ありの人であることが判明し、騎士団の監視のもと隔離されていたのだ。詳しい話を国王から引き出すための証人として。
「死人に口無しになるわね。国王陛下は?」
「あの夜以降ずっと体調が悪いと言って雲隠れよ」
クレアはそう言って溜め息を吐いた。
あの後、ほどなくして騎士団の本部をハレド王子が訪ねて来た。フランと話をするために訪問したという彼は、当の本人が昏睡状態であると知ってショックを受けた様子だった。
王子曰く、国王はすべての罪を受け入れて政権を息子に譲ると言っているそうだ。贖罪がどの程度行われるのか知らされなかったが、せいぜい隠居して終わりだろうとラメールは言っていた。
西部における被害を受けて、即位四十周年を祝うパレードは中止になり、国民たちは国王の安否を心配しているらしい。
「………何もかも収まるところに収まったのね!あとはフランが目覚めるだけだわ」
言い聞かせるように明るい声で言おうとして、失敗した。
ポタッと小さな雫が白いシーツの上に落ちる。私は後ろに立つクレアに見えないように急いでそのシミを手で隠した。きっと彼女は気付いているだろうけど。
「来月ね、プラムが四歳になるの」
「そう…… もうすっかりお姉さんじゃない!」
「お祝いをしたいんだけど一緒にしてくれる?病院の先生にお願いして、少しの間だけここで祝いたいの」
「もちろんよ。プレゼントは何が良いかしら?」
「うーん、分からない。最近よくパンケーキを作ろうって誘ってくるんだけど、料理に興味があるのかも」
「小さいコック帽もありねぇ」
クレアはそう言って顎に手を当てる。
私は、プラムとフランが二人で台所に立つ姿を思い出してまた胸がぎゅっと締まった。
今ではダースやフィリップ、メナードなんかも家に遊びに来てくれて、代わる代わるにプラムと遊んでくれている。第三班の皆はきっと気遣ってくれているのだ。彼女が寂しい思いをしないようにと。
思考に沈んでいた背中を、クレアが軽く叩いた。
「………大丈夫よ、ローズ。もうじきに目を覚まして、腹が減ったなんて言って騒ぎ出すから」
「うん……そうね」
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