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第三章 二人の冷戦編
46.王子は気付かされる【N side】
しおりを挟むクロウ家のメイドたちはここ最近頻繁に出入りする自分に対して、今までのように遠くから見守るスタイルを貫き通すことを止めたらしい。寡黙なウィリアムに仕える彼女たちが、ここまでお喋りなのも不思議なことだが。
「ノア様、今日はどういった御用ですか?」
「ウィリアムと話を…」
「新しい紅茶の茶葉が隣国より届いたのです。良かったら如何でしょう?」
「いや、すぐに帰るから遠慮しておくよ」
「では少し軽食は……」
まだまだ追い縋るメイドたちに頭を下げて、ウィリアムの待つ部屋へ戻った。
大きな本棚に取り囲まれた彼の部屋は、地震でも起きたら本の海に押し潰されてしまうだろう。もっとも、彼にとってはそれこそ至福の最期かもしれないけれど。分厚い書類の山に目を通している友人の背中に声を掛けた。
「見つかりそう?」
「短時間で掘り起こせるようなものじゃない。エレンが軍隊に所属していたのは卒業してから僅か数年だろう?」
「らしいね。投獄されたのは五年前だと聞いたけど」
ウィリアムは唸りながら眉間を押さえる。
カーラとエレンには念のため監視を付けているが、ここ数日は目立った動きはないようだった。西部へ移動するとしたら近いうちに動くはずだ。
「お前の女と揉めたって話か。心当たりは?」
「それが無くて困ってるんだよ。確かに南部でもいくつか気に入ってる店はあったけど、俺は固定で指名はしないし、本当に身に覚えがない」
数の差やリゼッタへの危害も考慮して、あの場では混乱を収めるためにエレンが望んだように謝罪したものの、彼の主張には疑問が残っていた。だからこうして裏を取っているわけで。
学校を卒業した後、軍隊に入った彼が不名誉な除隊を受けるまでの数年間。その素行や振る舞い、そして彼曰く“冤罪”だという事件について知りたいと思った。南部へ直接足を運ぶには時間が掛かり過ぎるし、ロベスピエール兄妹をこのまま王都から逃してしまうことは出来れば避けたい。
「適当に遊び回ってるからそうなるんだ。リゼッタが愛想を尽かすのも当然だな、むしろ遅いぐらいだ」
「……痛いところを突いてくれるね」
「だいたい、考えてもみろ。真面目に粛々と生きてきた彼女と、自分の好き勝手な人生を歩んできたお前じゃ価値観が違う」
価値観という言葉を頭の中で転がしつつ、ここ最近での自分の行いを思い返した。とてもじゃないが褒められたものではない。
宮殿に置いていたカーラへの対応を面倒だからと後回しにした上、酷い対応をした手前、新しい出会いを求めて動き出そうとしていたリゼッタを止めることも躊躇した。そしてその結果、最悪なことに彼女の身をまた危険に晒してしまった。
「後悔してるよ。どう考えても俺は疫病神だ」
ウィリアムは開いていた分厚い帳簿を閉じて、こちらに向き直った。射抜くような黒い瞳を見つめる。
「リゼッタを襲った男たちは野放しにするのか?」
「言いたいことは分かってる」
「じゃあ何で、」
「あの場で俺が手を出すことは出来なかった。俺が100人殺してもリゼッタが死んだら終わりだ。数では勝てない」
「……まさか、何も考えずに頭だけ下げて帰って来たわけじゃないだろうな?」
凄むような声音を久しぶりに聞いた気がした。
「一応策はある。俺だってリゼッタを酷い目に遭わせた奴らとニコニコ笑って握手出来るほど聖人じゃない」
「お前、無意識のうちに甘えてるんだよ」
「?」
「彼女なら何でも許してくれると思ってないか?」
「そんなこと、」
「渇望していたリゼッタを手に入れたことで、満足して気が緩んだんだろうな。釣った魚も腐った水の中では死ぬぞ」
「……!」
それはおそらく正論。今なら分かる。
優しいリゼッタ。かつて「相手を尊重できる」と人前で褒めてくれたが、彼女こそがその性質を持ち合わせているのであって、自分はまったくもってただの紛い物だ。
気に入られたくて、小さな宝石のように綺麗な心に触れたくて、取り繕うのに必死だった。彼女の隣に居ると、まるで自分まで真の善人になったように錯覚した。汚れ切った自分が、そんなものに成れるはずないのに。
婚約は当たり前に破棄されたままだ。
リゼッタは依然として、まだ口を利いてくれない。
「ノア、いつまでも奔放な王子では居られない」
「…………」
「誠実な態度を見せろ。このままで良いのか?」
「よくないに決まってる、」
「リゼッタだって鬼ではないさ。今までの行いを反省して彼女が求めるものだけを考えるんだ。見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい盲目だっただろう、しっかりしろ」
真っ直ぐに見つめるウィリアムの真剣な顔を見返した。
彼自身、随分と変わったことに気付いているだろうか。今まで恋だの愛だのとバカにしていたウィリアム・クロウが、友人とは言え自分の恋路にこうも説教してくれている。ヴィラの熱烈なアプローチも、一定の効果を生んでいるようだと頭の隅で考えた。
「好きだよ、このままでは終われない」
先ずは謝罪と説明の機会を得る必要がある。
そして、過去の清算は自分の手で。
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