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第四章 蛇と狼と鼠

41.ダルトンの知ること

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 少しの間、ルシウスの碧色の瞳が私を捉えた。しかし、すぐに視線は外されて、ルシウスは厳しい顔付きでロカルドに向き直る。彼の機嫌はとてもじゃないけれど良いとは言えなさそうだった。

 私は咄嗟に床を蹴って、覆い被さるロカルドの下から這い出る。まだ痺れはあるものの、時間が経つにつれて身体の自由も徐々に戻ってきていた。

 ロカルドはルシウスの方を気にする素振りを見せながら口を開く。

「毒の効果が弱かったか。何をしに来た?」
「ロカルド、これがお前のやり方か」
「俺の婚約者をどうしようが関係ないだろう」
「シーアはミュンヘンとの婚約を破棄したはずだ。君は不貞の事実を父親に言っていなかったみたいだな」
「……お前、」

 ロカルドは狼狽えたように立ち上がった。

「こっちには証拠がある。マリアンヌだけじゃない、お前と浮名を流した令嬢は腐るほど居ただろう?」
「脅しのつもりか?」
「事実だ。お前の父親は理解を示してくれたが、」

 
 ルシウスが振り返った先に、幽霊のように立っていたダルトン・ミュンヘンは何も言わずに部屋の中に入って来て、立ち尽くすロカルドを殴り付けた。床に膝を突いたロカルドが、驚いたように顔を上げる。

 ダルトンは相変わらず表情の読めない顔で私を見た。

「息子の不貞を知らずに、君に暴言を吐いてしまったね…シーア」
「………ミュンヘン公爵」
「ロカルドが辱めを受けたと聞いて、カッとなったんだ。婚約破棄に、まさかそんな理由があっただなんて」

 舞台俳優のような演技じみた話し方には違和感を覚えた。しかし、この場から解放されるのならばもう何も望まない。ダルトンの後ろで、父親からの暴力をまだ受け入れられないように呆けているロカルドをなるべく見ないようにした。

 知らなかったなんて、本気で言っているのだろうか。私が何の理由もなく婚約破棄を申し出たと思っていたなら、私はこの三年間でダルトンとの間に信頼関係など微塵も築けていなかったことになる。


「もう一度送ってくれたら、書類はすぐに送り返すよ。今回は息子のせいで悪かった」
「……いえ、受け入れてくれるならば助かります」
「それと、ルシウス君」

 私に薄いジャケットを被せようとしていたルシウスは、自分の名前を呼ばれて動きを止めた。

「ミュンヘンとエバートンはどうやら、一人の女性を取り合う因果な運命にあるらしい。ウェルテルに宜しく伝えてくれ」

 その一言は、部屋の空気を一瞬にして変えた。

 私は推し黙るルシウスに背中を押されながら、部屋を出る。振り返った先で微笑むダルトン・ミュンヘンは、やはりその目だけは笑っていなかった。

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