【完結】婚約破棄された娼婦を隣国の王子が溺愛するなんて聞いたことがありません!

おのまとぺ

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第一章 娼館セレーネ編

02.アストロープ子爵との断絶


運の悪いことに外は雨が降っていた。
王宮の外に停まった数台の馬車に掛け合ってみるも、皆揃って「予約済みである」と答えて乗車を拒否された。

仕方なく、雨でぬかるむ道を歩いて進む。

大通りまで出たら馬車が拾えるだろうか。水を吸ったドレスは身体に張り付いて重くなっている。大したものも入っていないのに革張りの大きなトランクを引き摺る私はさぞ滑稽なことだろう。

時折激しく咳き込みながら、なんとか人通りがある通りまで出た。止まっていたボロ馬車に交渉して家まで送ってもらえそうか確認する。中年の御者は面倒臭そうに私の顔を見て、渋々といった様子で頷いた。

久しぶりの家はどうなっているのだろう。ルーシャ家の婚約者として王宮に入ったのは今から一年ほど前のこと。最初こそ手紙のやり取りをしていたが、最近では出した便りに返事が返って来ることも減っていた。私を見て、二人はどんな反応をするだろう。



◇◇◇



「………この、恩知らずが!」

ただでさえ、びしょ濡れになった服の上から水が撒かれた。それはあまりにも想定外の反応で、私は砕けそうな心が地面に落ちて行かないように胸に手を押し当てた。

「……ごめんなさい、お義父さん…お義母さん」

怒りに震えるアストロープ子爵の後ろで、妻のケイトは持ってきた壺から塩をばら撒いた。あんなに結婚を喜んでくれた姿が今はもう思い出せない。

涙すら出なくて、ただ、寒さに耐えながら家へ入る許しが出ることを待っていた。きっといつか二人は分かってくれるはず。昔だってそうだった。私がテストで悪い点を取ったり、絵のコンクールに落ちたりした時は物置に閉じ込められたものだ。だけれど、それは永遠ではなかったし、どんなに辛い時でも終わりは必ず訪れた。

もう、顔を上げても良いだろうか。
仕方ないなと笑ってくれる?

「リゼッタ、お前が王家に嫁いだあかつきには祝い金として5000万モンドが入ってくるはずだった。5000万モンドなんて私とケイトが一生楽に暮らせる金額だ。それが今……無くなったんだぞ!?」

その剣幕に、思わず私は後ろに退がる。
いつか許してくれるという期待が如何に浅はかなものだったかを思い知った。激昂するダグナス・アストロープの隣でケイトは涙を流し始めた。

(そんなの、私だって泣きたい……)

徐々に強くなる雨に打たれながら、この世界には神様なんて居ないのだと改めて思った。もしもそんな超常的な存在が居るのだとしたら、せめて雨ぐらいは止ませてくれるだろう。それとも、雨に紛れて涙を流せば良いという気遣いなのだろうか。

「リゼッタ…もうこの家の門を二度とまたぐな」
「………お義父さん!」
「王家に婚約破棄された娘なんて居ない方がマシだ。私たちにとってお前はもう娘ではない」
「どうして…お願いです、中に入れて!」

手が届く直前に扉は閉められる。
最後に見た怒りと憐れみが混じった二人の表情は、私を絶望の底に落とすには十分だった。

突っ立っていても扉が再び開く気配はないので、仕方なく敷地を出ると、先ほど送り届けてくれた馬車がどういうわけかまだその場で待っていた。

「行く当てがないのかい?」

ニヤニヤと笑いながら問い掛ける男に黙って頷く。
頭から爪先まで水に濡れた私を遠慮なく眺める。

「乗りな、今日の宿代ぐらいは稼げるだろう」
「………?」

このまま雨の中で彷徨っていたら、寝込んだ末に私は本当に命の危機に陥るだろう。もはや誰からも必要とされていない命ではあるものの、いざ捨てるとなると惜しい。

「どちらに行くのですか……?」

馬車に乗り込みながら、手綱を引く御者に問い掛ける。
御者は雨で湿気った煙草を口から吐き捨てた。

「男の楽園、女の墓場だ」

その言葉の意味すら理解できなかった私は、首を捻って、込み上げる咳に身体を震わせながら窓の外を見ていた。




◆5000万モンド…円に換算して3億。

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