【完結】婚約破棄された娼婦を隣国の王子が溺愛するなんて聞いたことがありません!

おのまとぺ

文字の大きさ
7 / 83
第一章 娼館セレーネ編

06.キャパオーバー▼


ノアのキスに腰砕けになった私は暫く床を見つめて荒い息を繰り返していた。

しっかりしなければ。これからもっと凄いことが始まるのだから、この程度でペースを乱されていたら私は娼館で働くなんて無理だ。ヴィラ曰く、ノアは甘い言葉を連発するらしいし。私にだけ言っているわけではない。

自分を見失わないで、心を渡してはだめ。
私は男に夢を見せる娼婦になるんだから。

「……ごめんなさい、少し眩暈がして」
「眩暈がするほど良かった?」

ソファに座ったノアはおかしそうに笑って私を見上げる。

「どうしようか。抱きたくなっちゃうけど、君のこと食べるの勿体ない気がしてきたよ」
「……え?」
「もっと時間をかけて仲良くなりたいな」
「でも…ここは娼館なので、」

ノアの意図するところが分からずに首を傾げる。

勿体ないも何も今この時間は、大金が投入された上で実現している時間なのだ。娼館という場所の特質上、やることをやらないと無駄金になってしまうのではないか。私としては別にトランプでもしりとりでも、はたまたただ惰眠を貪るだけでも大歓迎なのだが。

「リゼッタ、ベッドに横になって」
「はい……」
「今日は僕が君を気持ち良くしてあげよう」

シーツの上に身を預けながら、その言葉に身体が緊張した。
婚約している間、シグノーとの行為は私にとって苦痛でしかなく、毎夜彼から誘いが来ることを考えると憂鬱になっていた。10歳年上のシグノーは年齢のためか、単に面倒だったのか分からないが、私の身体をどうこうということよりも如何にして自分が気持ち良くなるかを常に優先した。

私に月のものが来ていてもそれは変わらず、涙を流しながら彼を受け入れたことも少なくない。こうした経緯から、私にとって性行為は楽しい事ではなく、ただ女として生まれた以上こなさなければいけない義務的な行為だった。

「力を抜いて」

ノアの手が私の左手を持ち上げる。
手の甲に温かいノアの舌が触れた。そのままペロペロと舐められて、私は思わずくすぐったくて身を捩る。指の先まで猫のように舐め回すから舌の動きに思わず腰が跳ねた。

「綺麗な服だね。ナターシャのセンスかな?」
「……どうでしょう?」

ベビードールの裾を持ち上げて、そんなことを聞くからナターシャが下着屋で衣装を選ぶ様子を想像して少しだけ笑ってしまう。肩を震わせる私を見下ろしてノアは目を丸くした。

「そうやって笑う方がずっといい」
「……?」
「愛想笑いよりも、俺は好きだな」

ハッとした。ノアは私が都合の悪い話を避けるために笑っていることに気付いていたのだ。バツが悪くて、目を泳がせる。私は娼婦で、こうした時間の間は常にアドバンテージを取っていなければいけないのに、ノアと一緒に居るとまるで心理カウンセラーを前にしているような気持ちになってしまう。

細かな会話を通して一枚一枚のヴェールが剥がされて、やがてその手が私の心に触れるのではないかと思うと気分は重くなった。

そんなことを考えている間にも、ノアの唇は私の肌の上を滑って、今や胸の下まで達していた。

「これ、脱いでもらってもいい?」

ノアの指示でベビードールを脱ぐ。
天女の羽衣のような薄さのそれでも、脱いでしまえば私は上半身が丸裸になってしまうので非常に心許ない。

「………っあ、」

ノアの手が胸の膨らみを覆う。
その手の平から彼の体温が伝わってきた。

ふよふよと手の中で形を変えながら、ノアは時折愛おしそうに肌に口付けを落とす。どんな顔をして良いか分からず、どこを見て良いかも分からなかったので、恥ずかしくて壁を見つめながら漏れ出す声を片手で押さえた。すると、それに気付いたノアが私の手首を掴む。

「声を聞かせてよ」
「でも、恥ずかしくて…」

娼婦が聞いて飽きれるだろう。
ノアの前で私は赤子同然だ。どうすることもできない羞恥心に泣き出しそうな私を見て、ノアは優しく微笑んだ。

「今日はこのあたりで止めようかな」
「あ…ごめんなさい、そういうわけじゃなくて…!」
「君は高級なデザートだ。ゆっくり愉しまないと」

さて残りの時間で何をしようかな、と部屋を見回したノアは「お風呂でも入る?」と聞いてくる。ベッドの上で呆然としていた私は慌てて飛び起きて、浴室へ向かった。

本当にもう終わりなのだろうか?
ここで終わった場合、ノアはナターシャに文句を言ったりしないの?私は落第評価を押されたような不安を抱えながら、猫足のバスタブに向かって蛇口を捻る。

さすがにショーツだけだと寒くて、バスタオルの横に掛けてあった白いローブを羽織ってノアの元へ戻った。ノアはベッドに腰掛けて窓の外を見ている。

「もうすぐ準備が出来ますので…」
「うん。ありがとう」

手招きされて隣に座ると、私の首元に顔を沈めてスンスンと匂いを嗅いだ。

「リゼッタはもうお風呂に入ってるんだね」
「……はい、雨に濡れていたので」
「外に出てたの?」
「私、実は今日この娼館に来たんです」

訳ありだと察したのか、ノアは「そうなんだ」と頷いたきり何もそれ以上は聞いてこなかった。

それから、お湯が溜まったことを伝えると彼は一人で入ると言ったので、私は部屋で膝を抱えてその帰りを待った。掴みどころのないノア。彼を手に入れるためにその人生を賭けて娼館を出て行った女たちは、いったいどうなったのだろう。

結局、朝まで買われた私の時間はほとんどをポーカーとチェスの対戦で消費され、ノアと二人で寝不足の目を擦りながら日の出を迎えた。

「そろそろ出ようかな」

壁に掛かった時計を確認して名残惜しそうにノアが言う。
部屋のドアへと向かう後ろ姿を追った。

「ごめん、机の上の面を取って」
「あ…はい!」

サイドテーブルに置かれた半面を手渡す。

「客はみんなこれで顔を隠して屋敷の中を移動するんだ。こういう場所の性質上、知り合いに会ったら困るから」

なるほど。確かにノアはその服装や佇まいからして平民でないことは明らかだし、明確な金額は知らないがこのような大きな娼館に出入りしているということは、それに値する身分があることは明らかだった。

入り口に立って今日の御礼を伝えると、ふいにノアが私を抱き寄せた。耳に柔らかな唇が触れる。

「また来るよ、リゼッタ。次は君を指名する」
「……ありがとうございます」
「俺のことを忘れないで」

それだけ言うと身体を離して行ってしまった。
風を切って遠ざかる銀髪を見ながら、騒ぎ立てる心臓に手を添える。いっそ、忘れられたらどんなに幸せだろう。
感想 13

あなたにおすすめの小説

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、 嘆くことも、復讐に走ることもなかった。 彼女が選んだのは、沈黙と誇り。 だがその姿は、 密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。 「私は、国よりも君を選ぶ」 婚約破棄、王位継承、外交圧力―― すべてを越えて選び取る、正統な幸福。 これは、 強く、静かな恋の物語。 2026/02/23 完結