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第一章 娼館セレーネ編
07.ヴィラと目玉焼き乗せトースト
「……え、ヤってない!?」
大きな声で叫ぶように言うヴィラの肩を叩いて静かにするように伝える。
娼館で働く娼婦たちは皆列を成して、朝食を配膳してもらうのを待っていた。仕事を終えた女たちは眠そうな顔で各々のトレイを抱えている。女たちと同じスケジュールで働くメイク担当のヴィラも同様に疲れ果てた様子だ。
ノアを送り出して、部屋で待っているとナターシャが入って来た。地下の食堂で朝食を提供しているから、と言う彼女の言葉に従って降りて来たらすぐにヴィラに捕まった次第。そして現在に至る。
「どういうこと、ノアは具合でも悪かったの?」
「いえ…元気そうでしたけど」
「じゃあ、貴女もしかして両性具有だとか?」
ヴィラは目玉焼きが載った皿を受け取りながら「ノアだったらそれでも抱きそうね」とブツブツ呟く。ノアが最後まで致さなかったというのは、そんなに大事なのだろうか。
「あ、でも次は指名してくださると仰ってました」
「え!うそうそ、本当に?」
食い気味に聞き返すヴィラに小さく頷く。
「信じられないわね。今までノアを逆指名して待ち焦がれる女は阿呆ほど見て来たけれど、彼が誰かを気に入るなんて……」
神妙な面持ちで考え込むヴィラの前の席に腰を下ろす。食堂には大きな長机がたくさん並んでいて、女たちは好きな場所に座って朝食を取っていた。
ヴィラは皿に載った目玉焼きをトーストの上に移して齧り付く。美味しそうだったので真似していいか聞くと快く承諾してくれた。なるほど、半熟の卵の黄身がパンの香ばしさによく合って美味しい。
「でも、ノアみたいな良客ばかりじゃないのよ。ハゲデブチビなんて当たり前のこと、フランクフルトみたいな巨チンを遠慮なく突っ込んでくる男もいる」
その反対も死ぬほど居るけど、とヴィラは顔をひん曲げて嫌そうに言った。
シグノー以外の男の性器を見たことがない私は、フランクフルトという表現を聞いて咽せた。牛乳が変なところに入ったのか、鼻の奥がツンとする。
「フランクフルト…?そんなの有り得ないわ!」
「それが有り得るのよ」
ニヤついた顔でヴィラは笑う。
私の知っている男性器はせいぜい半分に折ったキュウリほどの大きさだ。フランクフルト大のものが来たら白旗を上げてしまうかもしれない。
「ノアも良いもの持ってるって。前に女の子が言ってた」
想像して思わずボフンッと湯気が上がりそうになるのを堪えた。彼はああ言ってくれたけれど、また会えると確約されたわけではない。それに私は娼婦になるんだから、男の裸を想像して顔を赤くするなんて馬鹿げてる。
「……そうなんですね。ところで今から夜まで何をしたら良いのでしょう?」
興味がない振りをしながら気になったことを聞く。雇用契約など結んでいないし、給料形態もよく分かっていない。出来れば今後の生活の保証がほしかった。
ヴィラは牛乳を飲み干して口元を拭う。
「ナターシャから説明があると思う。通常は夜まで自分の部屋で休憩を取って、仕事に備えたりするわね」
「自分の部屋があるのですか?」
「ええ。それがこの娼館の強み、集団生活ってただでさえストレスが溜まるから部屋でぐらい一人で居たいわ」
ヴィラはそう言うと「煙草を吸ってくる」と言って、トレーを持って席を立った。私も残ったパンの端切れを口に押し込んで、ナターシャを探しに行くために立ち上がった。
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