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第一章 娼館セレーネ編
【番外編】雪の下で咲く花【N side】
その手紙が届いた時、アルカディア王国は寒さの絶頂期である一月の終わりで、窓の外には1メートル近い雪が積もっていた。防寒具なしで外に5分も居たら凍死するんじゃないかと思うぐらい、酷い寒さだったのを覚えている。
「カルナボーン王国の第二王子もとうとう相手を見付けたようだな」
手紙に同梱されていた写真を指で挟んでヒラヒラさせながら、父親であるオリオンは揶揄うように言った。
真冬だというのに神話の神々のごとく上半身裸で腰布というスタイルを貫き通す彼には、呆れを通り越して尊敬の念すら抱く。暖炉の前で椅子に腰掛けるオリオンを、隣に立つ母親は珍獣を見るような目で見ていた。
「こんな醜男に嫁いだ女にしては美人だ。本人にとっては悲劇かもしれないが。見ろ、表情が憂鬱そうだ」
手渡された写真に目を落とした。
しゃくれた顎はルーシャ家の遺伝の賜物なので仕方がないにして、この満ち溢れる自信は如何なものか。三十を過ぎて独身だとは聞いていたが、これでは女性に人気がないのも納得だ。
第二王子の隣で笑う女は確かに強張った顔をしている。白い顔に胸元まで伸ばした茶色い髪、怯えたようにも見える表情は自信満々の一家の中で浮いて見えた。
「どうでしょう?僕の友人のウィリアムあたりはこういう奥手な女が好きみたいですが」
ウィリアム・クロウは幼少期から共に過ごした幼馴染だ。アルカディア王国の公爵家出身の彼は、女性に対してのガードが非常に堅く、何度か娼館に誘ってみたが全くもって興味を示していないようだった。
「ノア、お前もそろそろ嫁を選んだ方がいい。どうだ?今度私が周辺の国賓を集めて晩餐会でも開こうか」
「有難いですが…王族の女はプライドが高くて疲れます」
「しかし、お前ももう国の後継者としての自覚を持つべきだろう。私がマリソンと結婚した時はまだ二十歳そこそこだったぞ」
長くなりそうな話に目を閉じた。
この温厚な両親は自分たちの息子が足繁く娼館通いをしているなど知らないのだろう。子供の自主性を尊重するだかなんだかと、立派な方針を持っているお陰で比較的王家の人間にしては自由な人生を歩むことができている。
強国の王子としての人生は余りにも退屈で、イベント的に発生する他国との戦争がないと平和ボケして死んでしまいそうだ。戦争といってもそんなに頻発するものではない。最近では王国の治安を乱す王政反対派のクーデターの取り締まりにも出向いているが、よもや自分たちの首を取りに来る人間が王族の者だとは誰も思いもしないだろう。
持て余した血は娼館で鎮めた。柔らかく温かな女たちを抱いている間は、少しだけ心が休まったし、皆が望む平和というものを自分も享受できている気がしたから。優しい言葉を吐くと、心も身体も許してくれる。そんな女たちの存在は自分にとっての精神安定剤のようなもの。
「父さん、もしも僕が結婚したいと思う女性が現れたら一番に貴方に紹介しますから」
「そうか?まあノアがそう言うなら……」
調子良く笑う国王オリオンを見て、母のマリソンは眉を顰める。
この時はまだ、自分が誰かに心の底から惚れ込むだなんて露ほども思わなかったし、写真の中で笑う彼女に娼館でお目に掛かるなど想像もつかなかった。
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