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第一章 娼館セレーネ編

12.娼婦の品格▼

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心はずっと上の空だった。

本当はこのまま意識を手放して鉛のように重い記憶と共に暗い場所に沈んでいたい、だけれどそのためには私に触れるノアの手を止める必要がある。シグノーとの関係を知られて恐怖が支配する頭を、無理矢理にノアは目の前の現実に引き戻す。

「………っやぁ」

ぐずぐずになった割れ目をノアの舌が這う。
脚をバタつかせたところで、押さえ付ける手はビクともしない。逃げ場のない羞恥心に視界が滲む。

シグノーにはこんな場所を舐められたことはない。娼館で働き始めて分かったことだが、彼との性行為において愛撫というものは無いに等しかった。彼の性器を私が舐めることはあっても、その口でそのままキスをすることにシグノーは抵抗を示したし、精飲を要求するくせにその後は必ず口を濯ぐように指示されていた。

だから、娼館に来て学んだことはたくさんある。私の性器を舐めたがる客ももちろん居たし、娼婦として一週間経ったので少しは慣れたと思っていた。

何故、ノア相手だとこうも緊張するのだろう。

「ノア様、どうかもう止めてください…」
「まだ続けてほしそうだけど」
「……っふぁ…あ、そこやだ、」

長い指が身体の中に侵入する。ゆっくりと確実に良いところを探るような動きに、私はまただらしない声を漏らす。

ノアが他の客と違うところは、彼がいつも自分の悦びよりも私の快楽を優先する点だ。部屋に入ってからというもの、私はまだノアの身体に自分から触れていない。ただ与えられる刺激に震えているだけ。

近頃、貴族の令嬢の間で流行っている女性向けリラクゼーションスパでこういう待遇を受けることが出来ると、王宮のメイド達の会話で聞いたことがある。私の場合は謎にお金を貰ってその施術を受けているわけだけど。

ぼんやりしていると、ノアが指の腹で膣内の深いところを擦った。びっくりして腰が跳ね上がる。

「リゼッタ、ここが好きなの?」
「……あ…あ、だめ!」
「教えてよ」

耳元で囁きながら、指で強く肉壁を押すから私は身体を大きく震わせて達した。シーツの上に透明な液体が飛び散る。怖くて、情けなくて、自分の立場も忘れて私は涙を溢した。

「潮吹いたのは初めて?」

ノアの顔がまともに見れずに枕を押し付けて涙を拭う。

「………ごめんなさい…」
「どうして謝るの。リゼッタの初めてが知れて嬉しい」
「お願い、もっと普通にさせてください…」
「普通ってどんな感じ?」
「……それは」
「じゃあ、リゼッタがリードして見せて」

ノアはそう言って頭の後ろで手を組み、ベッドに横たわった。

汚れたシーツを変えるべきか考えていた私はその姿を見て息を呑む。これはついに私の娼婦としてのスキルが試される時が来たのだろうか。彼を失望させたくない。まだ経験の浅い私だけれど、まったく歯が立たないなんてことはないはず。

(がんばらなくちゃ……!)

白いズボンに手を掛けてゆっくりと引き下ろす。トランクスの上から優しく手で触れると、ドクドクと脈打つそれは既に大きさを増していた。

「……直接触って?」

ノアはあっという間に下着を脱ぎ捨てて、私の手を取った。

「え…こんな、大きい……」
「シグノー王子と比べたの?やらしいね」

愕然とする私の頬にノアが口付ける。シグノーの比にならない男のそれに私は目を見張る。こんなものを挿入されたら私は無理だ。というか、そもそも入らない。

ヴィラが言っていた“良いもの”は想像以上の衝撃を私に与えた。しかし、ここで怯んでは娼婦は務まらない。ノアの優しさに甘えてばかりではなく仕事をしなければ。

恐る恐る先端に舌を付けるとノアの身体が少し震えた。
チロチロと舌を動かしながら、根本からゆるく扱く。本当ならすべて口の中に含んで舐め回した方が良いだろうけれど、とてもじゃないが入り切らない。

「……っふ、どうですか?」
「いいね…その顔すきだよ」

肉棒に舌を這わす顔はひどく醜いはずなので、そんな顔を好む彼の性癖は少し変わっているのだと思う。そもそも、娼館に来て最後まで致さない時点でだいぶ普通じゃない。いくらお金持ちそうな人間であっても、別れの際まで身体を重ねてないと勿体無いとばかりに己の欲をぶつけてくる客がほとんどだ。

「挿れますか?口でも構いませんが…」

大きくなったそれはもう限界が近そうだ。自分が跨って挿入するべきか、一度口内で受け止めるべきか分からなくてお伺いを立てた。ノアはそんな私を見て困ったような顔をする。

「………今日はしない」
「え?」
「リゼッタのことすごく抱きたいし、実際今はそれが出来る状態だって分かっているけど…今日はこれで終わり」
「どうして……!」

彼自身早く出さないと辛いはずだ。

「じゃあ代わりに顔に掛けてもいい?」
「……顔?」
「うん。嫌ならしないよ」
「良いですけど、」
「ありがとう。恥ずかしいから目を閉じて」

大人しく目を閉じると、ノアが動く気配がして生温かい液体が顔に飛んだ。嫌な気分というよりも、この一通りの流れに対する疑問で頭は一杯になる。ノアはどうして私を抱かないのだろう。彼はいったい何のために自分を指名するの?

「ごめんね、汚れちゃった」

言いながら舐め取ろうとするから、慌てて口に手を当てて止める。ノアはきょとんとした顔で私を見上げた。

「駄目です。自分で拭きますから…!」
「どうして?」
「どうしてって…嫌じゃないのですか?」
「嫌も何も俺が汚したんだよ」

シグノーだったら有り得ない行動に私は困惑する。ノアはちょっと常識では計り知れないところがあるようだ。結局、部屋にあった備え付けのタオルで彼は私の顔を拭いてくれた。

(何が目的なんだろう…?)

洗面所の鏡を覗き込む。ヴィラが仕上げてくれた強気な女風メイクもノアの前ではまったく効果がない。お風呂の蛇口を捻って、部屋で待つノアの元へ戻った。ソファに座る彼の隣に腰掛けると犬のように抱き付いてくる。

「次で俺たちの逢瀬も三回目だね」
「そうですね」
「恋人と付き合うときもデートを三回するべきなんて言うし、今はお預けで我慢してるんだ」
「………?」
「次はリゼッタのこと抱くよ。君が俺を受け入れてくれるなんて考えただけで堪らない」

ゾクっとした。期待というよりも、それは身の危機感。自分に向けられるノアの気持ちは好意というよりは一種の執着のようで。私は甘やかされながら、その実ゆっくりと首を絞められているような感覚を覚えた。

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