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第一章 娼館セレーネ編

15.ペチュニアと亡者

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ノアからまた花束が届いた。

薄いピンク色や紫色の花はペチュニアだ。管理人であるナターシャから受け取った可愛らしい花束を、今は飾る気になれずに部屋の机の上に置いた。前回受け取った白い薔薇たちは、風通しの良い窓際に逆さに吊るして既にドライフラワーになろうとしている。

舌の上で転がしていた錠剤を水で流し込んだ。
そろそろ薬のストックが切れる頃だから、外出の許可を貰うか、誰かにお願いして買って来てもらう必要がある。幸い、ハードな仕事ではあるものの、心理的なストレスが掛かっていないからか最近の体調は悪くない。

(ノアはいつ来るのかしら……)

いつだって考えるのは、赤い瞳をした彼のこと。自分でもどうしてこんなに思考が寄ってしまうのか分からないけれど、暇さえあれば私はノアのことを考えてしまっていた。きっと彼が植え付けた甘い言葉たちのせいだ。その言葉が今、私の心に根を張って芽吹こうとしている。

ヴィラが紹介してくれたシェリーという娼婦はノアと性行為をしたことがあると言っていた。ノアは私のことを高級なデザートなんて言うけれど、どんなに綺麗に飾り付けられたデザートであっても生モノであれば腐ってしまう。このよく分からない気持ちを勘違いしてしまう前に、私は早く娼婦と客という関係に落とし込みたかった。つまり、ヴィラの言葉を借りるならヤることをヤって金で繋がった関係にしたかったのだ。

近々訪れるであろう三回目のノアとの夜を思って、私は期待とも不安とも取れる気持ちを溜め息で吐いた。



◇◇◇



珍しく、客足の少ない夜だった。

お馴染みのショーツとベビードールに着替えて部屋の中で客を待つ。足の爪先にはヴィラにショッキングピンクのペディキュアを塗ってもらった。「男はあまりそういうのを気にしないけれど自分が見て気分が上がるでしょう」という彼女の言葉通り、目に入るとたしかに少し気分は明るくなる。

今日は今から朝までの客が一人。ナターシャはよほど忙しかったのか、客の特徴など何も伝えないまま部屋番号と時間だけ言い渡してどこかへ行ってしまった。ノア以外の客とそんな長時間を過ごしたことがないので、私は緊張している。うまく振る舞えるだろうか?

ドキドキしていると、部屋の扉がノックされた。
急ぎ足でドアまで近付いてドアノブを回す。


「………久しぶりだな、リゼッタ」


驚きと恐怖で言葉は出なかった。
凍り付いたように身体は動かない。

そこには、シグノー・ド・ルーシャが立っていた。





◆ペチュニア…薄いピンクのペチュニアの花言葉は「自然な心」、紫色は「追憶」。

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