29 / 83
第二章 アルカディア王国編
27.宮殿の中のアリス【side N】
リゼッタを無事に客室まで送り届けて、久しぶりに戻った自分の部屋を見渡した。本当なら客室ではなく同室で過ごして欲しかったが、先程の彼女の態度を見る限り難しいだろう。
早まっただろうか。
しかし、自分の中でリゼッタを両親に紹介することはアルカディアに到着する前から決めていたことであり、恋人と言ったところで何も問題はないと考えていた。彼女も好意のようなものを抱いてくれていると思っていたし、正直なところ、シグノーと婚約出来るなら自分も何ら対象として不足はないと自惚れていたことは認める。
ソファにもたれ掛かり、小さく溜め息を吐くとノックの音がした。一瞬リゼッタかと思ったのですぐに返答する。
扉を開けて入って来たのは小柄な女だった。
「………アリス、来てたのか」
「貴方が帰ってきたと聞いて飛んできたのよ」
ピンク色の巻き毛をふわふわと踊らせて頭の上に大きなリボンを乗せたアリス・イーゼンハイムは、机を挟んで向かい合うようにソファに座った。
年の近いこの従妹が頻繁に宮殿に顔を出すようになったのは、いつからだろうか。厄介なことに以前、アリスの友人がノアの友人伝いに娼館通いを知ったことで、彼女もまたその事実を知っていた。
「ねえ、明日は時間ある?行きたいお店があるの」
「悪いが今回は構っている暇がない」
「どうしてそんな事言うのよぉ!」
分かりやすく頬を膨らませて怒った顔を作るアリスに疲れを感じた。いくら従妹と言えど、妙齢の彼女を自分の娘のように宮殿に出入りさせる両親もどうなのか。
「客人が居るんだ、丁重にもてなしたい」
「客人?私は紹介されていないわ」
「お前に紹介する義理はないだろう」
「妹のようなものでしょう、私にも会わせてよ」
どんなドレスで会おうかしら、と気合いを入れて姿見を覗き込むアリスにリゼッタのことを話すか迷ったが、事が拗れると面倒なので黙っておいた。夕食までには彼女も家に帰るはずだし、もしも蜂合わすような機会があれば、その時に伝えれば良いだろう。
しかし、社交界で高嶺の花として扱われているからか、少し見ない間に随分と自信に満ち溢れた顔をするようになったと思う。昔は自分の後ろをくっついて回っていたアリスがこんなに大きく成長したことに時の流れを感じた。
リゼッタは、いったいどんな幼少期を過ごしたのだろうか。
「……そろそろ家に帰ったらどうだ?」
まだ鏡の前に立ち、リボンの角度を直すアリスに声を掛けると鬼の形相で振り返った。
「どうしてそうやってすぐ追い出そうとするの?昔は一緒のベッドで眠ったりしたじゃない!」
「それは子供の頃の話だろう」
「ノアが娼館に通ってるって話を伯父様にバラすわよ?」
「お前なぁ、」
いつもこの流れだ。聞き入れてくれないと分かった途端に決まり文句のように、そのネタで脅す。べつに国王夫妻に伝わったところで叱られる程度で済むだろうが、本音を言えば出来ればそうならないことを望む。
どうするのよ、と尚も言い寄るアリスの頭をポンポンと叩いた。
「今度、ウィリアムも誘って買い物に行こう。それで埋め合わせということにしてくれ」
「えー私はノアと二人で行きたい。ウィリアムは怖いもの」
「あいつも女に慣れる必要があるからな」
でもでもと言い続けるアリスを入り口まで追いやって部屋の扉を閉めた。ドンドン叩いて来ないあたり、大人しく去ってくれたのだろうか。
踵を返してソファに戻ろうとしたら、またもやノックの音がした。さすがに苛立ちを感じて乱暴に扉を引く。
「おい、しつこいぞ!良い加減に…」
「……っあ…ごめんなさい」
扉の向こうでは泣きそうな顔をしたリゼッタが立っていた。
「…ごめん、人違いで強く言ってしまった」
「いえ。タイミング悪くすみません……」
出直しますね、と去ろうとするリゼッタの腕を咄嗟に掴む。驚いたように振り返った彼女と目が合った。
訪れたチャンスを見逃すわけにはいかない。彼女の心が自分の方を向いていないなら、見てくれる距離まで近付けば良いだけの話。もう少し時間を掛ける必要がある。
「せっかく来てくれたんだ、話を聞かせてよ」
「大したことではないのですが…」
申し訳なさそうに話し出したリゼッタは、薬を飲みたいけれどグラスの場所が分からないと言った。戸棚の中にあるはずだが念のため確認すると伝えて連れ立って歩く。
どんな理由であれ、リゼッタが自分に会いに来てくれたことに気分が上がった。
あなたにおすすめの小説
異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない
木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。
生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。
ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。
その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜
井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、
嘆くことも、復讐に走ることもなかった。
彼女が選んだのは、沈黙と誇り。
だがその姿は、
密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。
「私は、国よりも君を選ぶ」
婚約破棄、王位継承、外交圧力――
すべてを越えて選び取る、正統な幸福。
これは、
強く、静かな恋の物語。
2026/02/23 完結