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第二章 アルカディア王国編
38.クロウ家のメイドたち
ウィリアム・クロウの住む屋敷は宮殿から車で五分ほどの場所にあった。
初めはその安全性に疑問を抱いていた車だったけれど、長時間乗っていると流石に臆病な私でも慣れて来た。この技術がなんとかカルナボーン王国に入って来たら、王国も発展するのにと残念に思う。
綺麗に整えられた園庭を抜けて玄関に辿り着くと、ウィリアムは相変わらず黒いシャツに黒いズボンといったカラスを彷彿とさせる服装でそこに立っていた。
「早かったな」
「大事なウィリアムとの約束だからね」
ノアの軽口にも表情ひとつ変えない。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう」
恐る恐る挨拶をすると、ウィリアムは無愛想ではあるがとりあえず返してくれた。先立って歩く彼の後ろをノアと二人で並んで付いて行く。
気のせいかもしれないが、時々擦れ違うクロウ家のメイドが皆何かヒソヒソ言っているような気がする。ノアはまったく気にする様子なく前を向いているが、私は気になって落ち着かない。
「悪いが鍵を取ってくる。ここで待っててくれ」
屋敷の中では比較的古そうに見える部屋の前で立ち止まって、ウィリアムは私たちに伝えた。「立ち入り禁止」と書かれた貼り紙が貼ってあるあたり、何か特別な情報や薬品を扱っている部屋なのだろうか。
去って行くウィリアムと入れ違いに、廊下の曲がり角から若いメイドが走って来た。私とノアの前で立ち止まって赤くなった顔を上げる。
「ノア様!おはようございます。メイドのエリーです、覚えていらっしゃいますか?」
「ええっと、どうだろう」
「私、あの日からずっとノア様のことが忘れられなくて…」
「ごめん…何かあったっけ?」
「ウィリアム様とお茶をされていた際に私が落としたポットの破片で手を切ってしまったら、ノア様がそのお口で清めてくださったのです」
「………そうなんだ」
覚えてないな、と困ったように告げられたメイドは「そうですよね、すみません!」と早口で言って、泣き出しそうな顔で走り去ってしまった。
私はノアの博愛精神の犠牲者を目の前で目撃し、唖然とする。やはり彼の深い愛は、分け隔てなくすべての人に与えられ、それを本気にしてしまうと痛い目を見るのだ。誘われたから一枚ずつ服を脱いでいったら、最後には自分だけ全裸で、彼は服を着たまま「そんなつもりじゃなかった」なんて言われかねない。
「……貴方って残酷ですね」
正直な感想を述べるとノアはキョトンとした顔で「そうかな?」と考え込む様子を見せた。
「でも、リゼッタへの言動はよく考えてるよ」
「え?」
「何て言えば君が笑うか、どうすれば喜んでくれるのかいつも考えている」
「………、」
「好意を持った相手には真摯に対応したいからね」
恥ずかしげもなくそう言うノアは、目を細めて私の手の甲に口付けた。一国の王子による、敬うようなその態度に私はどんな反応を返せば良いか分からない。
「おやめください、貴方は王族なのですよ…!」
「関係ない。俺は君が振り向いてくれるなら這いつくばって泥水でも飲むよ」
「そんなこと、」
「泥水でも汚水でも良いが、俺の家で歯が浮くような言葉をやすやすと吐くな」
苛立った声の方を向くと、鍵束を持ったウィリアム・クロウが立っていた。ノアはへらりと笑って手を上げて私から離れた。
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