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第二章 アルカディア王国編
40.妬み嫉み憎しみ
しおりを挟むその後、よく分からない機械の中に入って検査を受けたり、試験紙のような物を舐めさせられたりした。有難いことに、テキパキと作業を進めるウィリアムのお陰で昼前にはすべての工程が終わった。
昼食を一緒にどうか、という誘いを断ってノアは私の手を引いて車に乗り込む。
見送りに来たメイド達が残念そうに顔を曇らせる様子を見ながら、もしかしてこのノアの博愛精神は彼の知らないところで様々な女の心を揺さぶっているのではないかと考える。
そして同時に、彼女たちが私に向ける視線は、好奇心だけでなく一定の嫌悪感も含んでいるようだった。
「なぁ、ウィリアム。ベルリーナ嬢がお前のことをもっと知りたいと言っていたよ」
「悪いが俺は勉学で忙しいから相手は出来ない」
「そうだったな、お前はどんな女にだって興味はない。それは今も変わりないだろう?」
「……ノア、らしくない態度だな」
驚いたように強張った顔を見せたウィリアムに向けて、ノアはひらひらと手を振って窓を閉めた。彼らの会話は言葉足らずで、私は理解できないまま車の中からウィリアムに会釈をした。
走り出した車の外を街の喧騒が流れていく。
座席のシートに身を預けて、少しの間目を閉じた。
◇◇◇
昼食を食べている間も、ノアの口数は少なかった。
料理の感想を私が伝えても「それは良かった」なんて無難な相槌が返ってくる。いったい何が彼の態度をこうも変えているのか私は分からず、皿の上に乗ったサーモンとディルのサラダをフォークで掬い上げた。
「この国のお魚は身が締まっていて美味しいですね」
「そう?」
「カルナボーンは暖かいせいか、ブヨブヨした感じです」
「……ブヨブヨ?」
「なんというか味が大雑把と言いますか…」
的確な言葉を探していると、食堂の扉が開いてオリオン国王が入って来た。四月が近付き、少しずつ日中の温度は上がっているものの、まだ室内でも肌寒い。しかし、今日も今日とて国王は腰布一枚を巻いて、気のせいでなければ額には汗が滲んでいた。
「ノア!愛しい息子よ!」
「どうなさいましたか、父さん」
国王はその場に居る人間を確認するように周囲を見渡しながら、こちらに歩み寄って来た。
「ここだけの話、マリソンの前ではああ言ったが、やはり私は息子が恋人を紹介してくれたのは喜ばしいことだと思う」
「僕としてもそう言って頂けて嬉しく思います」
「今週末あたり鹿狩りに行こうと思うんだが、お前もリゼッタ嬢と一緒に来るか?」
「……どうでしょう。リゼッタは怪我人ですから…」
「私、行きたいです」
ノアは驚いたようにこちらを振り返った。国王は嬉しそうに目を輝かせて「そうかそうか」と大きく頷く。アルカディアに来てから、かなり体調が良いこともあって私は少し気を大きくしていたのかもしれない。
もしくは、この限られた時間の中で彼と一緒に過ごす思い出を一つでも多く作りたかったのかも。
「アリスやウィリアムも誘おう。マリソンは実は婦人の集まりで不在なんだ。狩った肉はその場で焼いても良いなぁ」
満足げに顎髭を撫でながら、国王は私たちに背を向けて去って行った。「興味を持つと思わなかった」と肩をすくめるノアに、経験したことがないからと伝えて水を飲む。カルナボーンに居た頃は外でハメを外すとすぐに寝込んでいたので、屋外での活動など参加した記憶はない。
不思議なことに、アルカディアに来てからはそんなことにはならない。それは、ノアが私の動く量を制限してくれているからかもしれないけれど、空気や水質が合っているという可能性もある。
このままずっと、ノアとこの国で過ごせたらどんなに良いだろう。恋人の振りでも、愛人の振りでも、ただの友人でも何でも良い。だけれど、きっといつかは彼の隣に立つ“本物”の女性を羨み、妬み、憎むことになるのだと思う。
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