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第二章 アルカディア王国編
47.草木も眠る【N side】
綺麗事ならば、いくらでも言える。相手が気持ちよくなれるような言葉を適当に選んで並べるだけ。発した言葉で期待した反応が得られれば、それは大成功。
大抵の場合、相手の感情の変化は手に取るように分かった。自分の一言一句が人の気持ちを動かすのを見るのは実に痛快で、嫌な性格だと言われても仕方がないことだが、愉しくて止められなかった。
心を癒すために足繁く通っていた娼館で初めてリゼッタを見た時、それがまさか隣国から届いた写真の中で笑っていた女だとは思わなかった。ただ、言葉を交わすうちに、日陰で静かに咲く花のような彼女を、どうにか日向で見てみたいと思った。
自分が得意とする感情の揺さぶりにもなかなか落ちず、弱々しく笑いながら、心だけは決して手放さない。リゼッタ・アストロープは、言わば難攻不落の城のような存在だった。男で生まれた以上、そういった女をどのようにして手に入れるかに執念を燃やすのは当然だと思う。
彼女を手に入れたい。願わくば、その精一杯の抵抗を止めさせて、ぐずぐずに甘やかして沈めてしまいたい。娼館という場所で働いているにも関わらず、どこか貞淑さすら感じる彼女の佇まいは強く心を魅了した。
他国の王子の元婚約者という肩書きではなく、純粋にリゼッタ本人に興味を引かれたのだ。彼女が恥じらいながら名前を呼び、自分を求める姿を見たいと思った。
「……ノアのために生きるって…?」
困ったように眉を下げてこちら見る。彼女が怪我さえしていなければ、今すぐ組み伏せて小さな口を塞いでしまいたい。いつの日か言われた「愛が苦しい」という表現は自分にとっては本望で、彼女がそこで溺れてくれるならそれ以上の幸せは無いだろう。
「そのままの意味だよ。リゼッタの全部がほしい」
「あまり貴方の役に立つとは思えませんが…」
「メリットデメリットの話じゃないんだ。君はただ生きていてくれさえすれば良い」
真剣に話しているのに、リゼッタはクスクス笑い出した。口元を隠してひとしきり笑った後で「ごめんなさい」と申し訳なさそうに言う。
「あまりに真面目に変なことを言うので、」
「……何と言っても信じてくれないのかな?」
「こんな経験はないので…対応に困ります」
「じゃあ今、経験して覚えて」
潤んだ瞳の端に浮かぶ雫に口付けた。
さっきまで泣いていたのに、笑ったり、驚いたり、リゼッタはコロコロと表情を変える。そのすべてが愛しいと思えるし、美しい蝶と同じように籠の中に閉じ込めて他人の目が触れないようにしたいとも思った。
「……っひぁ」
彼女が弱い首筋を舐め上げると甘い声が漏れる。
おそらく本人も気付かないうちに背中に回された腕は、なんとも自分を良い気分にした。もっと溺れてほしいし、もっと落ちて来てほしい。
深い深い底で待っているから。
国王をはじめ他の人間に対して、先に帰るように伝えたことは大正解だと思えた。草木も眠る丑三つ時、まだまだ長い夜過ごすことになるリゼッタを抱き締める。
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