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第二章 アルカディア王国編

57.二酸化炭素のツケ【N side】

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ようやくアストロープ家に到着した時、あたりはもう白くなり始めていた。流石に明るい時間に物騒なことを起こすわけにはいかず、仕方がないので周辺の宿に入る。

「何が悲しくて男二人で同室だ」
「馬鹿、俺だって同意見だよ」

目立った行動は避けるべき、ということで大人しく宿に入ったが、男二人で一つの部屋を押さえたからか、宿の受付に座った中年の女はこちらを見て意味ありげに微笑んだ。

心底嫌そうなウィリアムの横で女に会釈を返す。

「やめてくれ、吐きそうだ」
「心配しなくてもお前の童貞に傷は付けない」
「だと良いがな」

本当にナターシャといい、ウィリアムといい、自分への信頼は地に落ちているのだろうか。男相手にさかるほど不自由はしていないし、そんな暇があったらリゼッタのために大切に溜めて置きたい。

寝不足からかそんな品のない考えを浮かべながら、荷物を部屋の中へ運び入れた。狭い部屋の中はにわかにカビ臭い。

「こんな部屋に王子を案内するなんて、どう思う?」
「王子が娼婦に盲目な時点で主軸からはズレてる」
「その娼婦に唾付けといてよく言うよ」
「……知ってたのか?」

ベッドに座り込んで、唖然とするウィリアムを見上げた。

リゼッタがアリスの馬鹿げた悪戯のせいで過呼吸になったと知ったのは、父親たちと家に帰った直後のこと。説明を受けながら、彼の口元に付いた赤い紅が気になった。アリスと口付けを交わすような間柄ではないはずだし、医学を心得たウィリアムが咄嗟の判断で口付けをすることで二酸化炭素濃度の低下を防ぎ、彼女の過呼吸の処置としたという可能性はあった。

「べつにとがめたいわけじゃない。状況が状況だ」
「………すまない」
「謝るなよ、まるで邪心があったように聞こえる」
「そんなものは無い」

言い切る友を今は信用することにした。持って来たスーツに着替えると、多少はそれらしい感じに見える気もする。アストロープ子爵の借金を肩代わりしているのは、カルナボーン西部に本拠地を置く金融会社らしい。取り立て屋を装うのも楽しそうだ。

まだ夜まで時間があるので、食事がてら情報収集するのも良いだろう。小道具として持って来たサングラスをウィリアムに掛けようとしたら本当に叩かれそうになったので、仕方なく胸ポケットに仕舞い込んだ。


「最高の気分だ、天気も良い」

外に広がる晴天の空も、この辺りでは20時を過ぎると暗闇に変わるだろう。もしかしなくても、これは最初で最後のリゼッタの実家訪問になるわけで、そういった意味合いでも自然と気合が入った。

この晴れ姿を彼女に見せられないのは非常に残念だ。


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