【完結】婚約破棄された娼婦を隣国の王子が溺愛するなんて聞いたことがありません!

おのまとぺ

文字の大きさ
60 / 83
第二章 アルカディア王国編

58.豚の目玉とフォーク【N side】



小さな田舎町は、夕食の時間を過ぎると通りからほとんどの人が姿を消した。

昼に食べた鶏の肉がまだ腹に残っているような苦しさを覚えながら、呼び鈴を押す。使用人が居ないのか、そもそも雇う金がないのかは定かではないが、あっさりとダグナス・アストロープ本人が姿を現した。

「……なんの用だ?」

不審そうに片眉を上げる太った男を前に、出来るだけ愛想の良い笑顔を意識して口を開いた。

「初めまして、私、ローズフィールド社長から命じられて集金に参りました。今はお時間宜しいでしょうか?」
「ローズフィールド…?」
「貸付金の回収ですよ」

ハッとしたようにダグナスは目を見開く。
その小さな目玉はフォークを刺せば簡単に失明してしまいそうだ。

「とりあえず、中に入れて貰えませんか?」
「……あ、ああ。もちろん…」

おずおずと振り向いて家の中へ入って行く。門前で隠れて待つウィリアムに合図をして、その後に続いた。何かあったら彼の手を借りたいが、出来れば自分の力で終わらせてしまいたい。

アストロープ子爵の屋敷には、まるでリゼッタなど存在しなかったかのように彼女の写真は一枚も飾られて居なかった。夫人との結婚式の写真から現在に至るまで、旅行先で撮られたのか夫婦の記念写真だけが壁に並べられている。

案内された応接間に入り、古びた革張りのソファに座った。

「暫く支払いが滞っているようですね?」
「ああ……違うんだ、明日には払える」
「どうしてそんな虚言を?」
「当てがあるんだ。娘が…いや、娘だった女が居て、今は娼館で働いているらしい。先月はこれぐらいの時期に金が届いたから、もうすぐ届くはずだ…!」

必死に身振り手振りで状況を説明するダグナスを見て安堵する。よかった、彼がもしもただの善人だったら、ここへ来たことは無駄になってしまう。

縁を切った養子が送ってきた金を自らが膨らませた借金の返済に当てる男。手に掛けても罪は被らないだろう。強く握った拳を顔面に振り下ろすと、醜い叫び声と共に鼻血が流れた。

「嘘はいけませんよ、ダグナスさん」
「本当なんだ!リゼッタという名前で働いてる、金の送り元に調査会社を頼って調べたんだから間違いない!」
「……悪知恵だけは働くんですね」
「君が望むなら、ただで相手をさせる事もできる!俺が言うのも何だが、なかなか良い女だ!胸も成長して肌も綺麗なんだ。そうだ、案内してやろう!だから俺にも少し抱かせ…」

言い終わらない内に腹を蹴り上げた。
あの慎ましい聖女のようなリゼッタの親というにはあまりに下劣な男だと思う。善人ではないにしても、ここまで救いようがないと呆れてしまう。

リゼッタは、この男の元で育ち、シグノーと婚約を結んだというのだ。それはひどく残酷な事実。

「アストロープ子爵夫人、こちらへ来てください」

ヒッと短い悲鳴を上げて妻であるケイト・アストロープが姿を現した。その背後には腕を締め上げたウィリアムが立っている。

「……来なくて良いと言ったのに」
「お前の暴走を止めるのも友の役目だ」

至極冷静な声で言われると言い返す言葉もない。

ボタボタと鼻血を垂らすダグナス・アストロープと怯えた顔で震えるケイト・アストロープを並べて床に座らせた。ふと見るとせっかく新調したスーツの袖に血が飛んでいる。この程度のことで汚してしまったのは惜しい。

「貴方の娘さんは明日送金して来ません。どうしてか分かりますか?」
「いいや、送ってくるはずだ」
「彼女はこの二ヶ月ほどの間、僕と共に居たんです。娼館で働いてなど居ない」
「嘘だ!何を証拠に…!」
「……貴方が手紙を送ったのではないのですか?」

問い掛けに対して、ダグナスは首を傾げる。その表情は演技などではなく、本当に訳が分からないといった顔だ。

カルナボーン王国へ発つ前に届いた差出人不明の手紙のことを思い浮かべる。リゼッタの存在を知るような口振りのその手紙は、てっきりアストロープ子爵夫妻が送って来た嫌がらせかと思っていた。何処からか王族である自分と彼女の関係を聞き付けて、金を引き出すために脅しを掛けたのかと。

「アストロープ子爵、いや…お義父さんと呼ぶべきかな?」
「………は?」
「僕はリゼッタの新しい恋人です。まだ婚約はしていないけれど、絶対に結婚するつもりです」
「頭がおかしいんじゃないのか!?あいつはこの国の第二王子から婚約破棄された女だぞ!娼婦にまで落ちた女に目を付けるなんて、よっぽど卑しい身分なんだな!」

唾を吐き散らしながらダグナスが大きな声で喚く。

「僕はアルカディアの第一王子なので、身分的には問題ないかと思いますよ」
「……アルカディア?」
「酒で溶けた貴方の頭に地図が入っているか不安ですが、一応カルナボーンのお隣の国です」
「なんだって、」

大きく開いた口に拳銃を捩じ込んで一発、と行きたいところだが殺すほどの脅威ではない。それにまだ聞きたいことの本題には入れていない。

「お義父さん、教えてください。リゼッタはこの国に居る間とても病弱です。どうしてでしょう?」
「……っは!傑作だわ!」

空気を切り裂くような高い声を上げたのは、それまで黙り込んでいたケイト・アストロープだった。


感想 13

あなたにおすすめの小説

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、 嘆くことも、復讐に走ることもなかった。 彼女が選んだのは、沈黙と誇り。 だがその姿は、 密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。 「私は、国よりも君を選ぶ」 婚約破棄、王位継承、外交圧力―― すべてを越えて選び取る、正統な幸福。 これは、 強く、静かな恋の物語。 2026/02/23 完結

呪われた悪女は獣の執愛に囚われる

藤川巴/智江千佳子
恋愛
獣人嫌いとして知られるフローレンス公爵家の令嬢であり、稀代の悪女と呼ばれるソフィアには秘密があった。それは、獣の類の生き物に触れてはならないという悍ましき呪いを体に宿していることだ。呪いを克服しようと試行錯誤を繰り返す日々の中、ソフィアは唯一の友人を救うため、ついに獣に手で触れてしまう。彼女は呪いの発現に苦しみ死を覚悟するが——。 「貴女の身体はまた俺を求めるようになる。貴女はもう、人間のものでは満足できない身体に作り替えられた。この俺によって」 悪女ソフィアに手を差し伸べたのは、因縁の獣人である、獣軍司令官のルイス・ブラッドだった。冷たい言葉を吐きながらも彼の手つきはぎこちなく優しい。 「フィア。貴女の拒絶は戯れにしか見えない」 「——このまま俺と逃げるか?」 「もう二度と離さない」 ※ムーンライトノベルズさんにも掲載しております。

ANGRAECUM-Genuine

清杉悠樹
恋愛
エマ・マクリーンは城で開催される新年の祝賀行事に参加することになった。 同時に舞踏会も開催されるその行事に、若い娘なら誰もが成人となって初めて参加するなら期待でわくわくするはずが、エマは失望と絶望しか感じていなかった。 何故なら父からは今日会わせる相手と結婚するように言われたからだ。 昔から父から愛情も受けた記憶が無ければ、母が亡くなり、継母が出来たが醜い子と言われ続け、本邸の離れに年老いた侍女と2人暮らしている。 そんな父からの突然の命令だったが背けるわけがなく、どんな相手だろうが受け入れてただ大人しくすることしか出来ない。 そんな祝賀行事で、運命を変える出会いが待っていた。魔法を扱う部署のマギ課室長レナート・シルヴィオと、その義妹、ホノカ・シルヴィオと出会って。 私、こんな幸せになってもいいんですか? 聖獣というもふもふが沢山出て来て、魔法もある世界です。最初は暗いですが、途中からはほのぼのとする予定です。最後はハッピーエンドです。 関連作品として、CLOVER-Genuine(注:R18指定)があります。 ANGRAECUM-Genuineは、CLOVER-Genuineのその後という感じの流れになっています。 出来ればCLOVER-Genuineを読んだ後にこちらを読んで頂いた方が分かり易いかと思います。 アルファポリス、小説家になろう、pixivに同時公開しています。

転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。

Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。 歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。 気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。 私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。 しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。 いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね! 悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。 魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。 やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。 そして、鍵とはいったいーー。 ※毎日6時と20時に更新予定。全114話(番外編含む) ★小説家になろうでも掲載しています。