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第二章 アルカディア王国編
【番外編】仮面の下【N side】
大抵のことは笑って許せる方だと思う。
大抵のことは、たぶん。
コテージに戻るなり、ウィリアムから聞かされたのはリゼッタが過呼吸になったという話。べつに過呼吸が珍しい症状ではないことぐらい分かっているが、問題はその背景だ。
ウィリアムの後ろでバツが悪そうに縮こまっているのは、従妹であるアリスと彼女が連れて来た友人のロビンソン・スペーサー。彼の父親がカジノ王であることはアルカディアにおいて有名な事実で、ギャンブルが取締られていない国内でスペーサー家はその立場を強固なものにしていた。
「違うのよ!聞いて、ノア」
拗ねたような顔で彼女がブンブン振り回すのはシグノー・ド・ルーシャの顔をしたゴムマスク。わざわざこんな物まで用意してリゼッタのトラウマを刺激しようというのだから驚きだ。その執念を是非とも学力に発揮したら、彼女が願ったように自分と同じ学校に進めたのではないか、と内心思った。
「アリス、先にロビンソンくんを借りても良い?」
「え…ええ。良いけれど、」
「ロビンソンくん、部屋で話そうか」
優しい声音で声を掛けると、幾分か安心した様子でロビンソンは頷いた。二階に上がって自分の部屋へ招き入れる。
簡素なコテージの部屋にはほとんど私物と呼べるものは無い。べつに長い話をするわけでもないので、緊張した面持ちのロビンソンを立たせたまま、ベッドの淵に腰掛けた。
「あの面は君が用意したの?それともアリス?」
「……あれは、僕の知人がカルナボーン王国へ出向いた際に購入した土産物です」
「そうなんだ。よく出来ているね」
「すみません!殿下の大切な方とは知らず…」
「二人で部屋に落書きして、それを発見して驚いたリゼッタの前に君が面を被って現れたんだよね?」
ロビンソンは青白い顔で小さく頷く。
「そういえば、最近婚約したんだっけ?」
「……え、あ…はい」
「若くて結構可愛い子だね。俺の側室にしようかな」
「え?」
「リゼッタを本妻にして、側室を持つっていうのも良いなと思って。君の彼女もきっと断ることは出来ないよ」
「……何を、ご冗談、」
目だけは大きく見開いた姿で、口の端がピクピクと震えていた。もし自分が彼と対等な存在だったら、さぞかし殴りたくて仕方がないだろう。適当な脅し文句も立場を利用すれば効果を発揮する。
「まあ、束の間の婚約期間を満喫してね」
「……殿下!どうかお許しを…!」
悲痛な顔でその場に崩れるロビンソンの脇を通り抜けて部屋を出た。この程度の言葉で怯えるなら、彼が果たして将来本当に愛する婚約者を守り抜くことができるのか心配だ。
興味はないが、その何処かの令嬢を気の毒に思った。
「ノア!今がまさにクライマックスだぞ!」
階下に降りると、捕らえた鹿の解体ショーが行われていた。鹿狩りが初めてだというリゼッタにも是非とも見せてあげたかったが、部屋を覗いた時には深い眠りに落ちていたので仕方がない。また来年でも、再来年でも、季節が巡るたびに来ることは出来るから。
子供のように楽しげにはしゃぐ国王の横で、吐きそうな顔をして立つアリスに声を掛けると二つ返事ですぐ後を付いてくる。コテージを一歩出ると、空には満天の星が広がっていた。
「……どうしたの、ノア?」
振り返らなくても分かる。その甘えたような声の調子からして、彼女は何かこれから起こることに期待でもしているのだろう。素晴らしい勘違い振りは幼い頃から変わっていないようだ。
歩み寄って距離を縮めると、潤んだ目で見上げてくる。
「アリス、君に言っておきたいことがあるんだ」
「……何?」
「俺は君の気持ちには応えられない」
「…それは、あの女のせいでしょう?ノアはきっと騙されているのよ!婚約破棄された女なんて傷が付いた宝石と同じだわ!」
なるほど、言い得て妙だが、そもそも石ころ程度のアリスが宝石であるリゼッタを品定めしていることに疑問を覚えた。傷が付いたダイアモンドでもその辺の小石よりは大いに価値があるのだから。
「リゼッタは何者にも代え難いよ」
「目を覚まして、ノア…!」
「俺ね、アリスに言ってない秘密がある」
「なぁに?」
「全くもってプライベートな話で申し訳ないんだけど、実は俺って結構なマゾヒストなんだ。蝋燭攻めとか大好きだし、両手縛られて上に乗って首絞められながらじゃないとイけないんだよね」
「………え?」
アリスは開いた口を閉じずに目だけ白黒させている。
「だから、リゼッタじゃないとダメなんだ。彼女はああ見えてかなりの女王様気質でさ、鞭打ちが特に上手でね。あ、良かったら残った痕見てみる?」
「……気持ち悪い!何言ってんの!?」
「うん、そうだよね。つまり、俺とリゼッタはお互いの利害が一致した関係なんだよ。君には役不足じゃないかな?」
絶句したアリスに淡々と語って笑顔を向けると、心底見下したような顔で睨み付けられた。社交の場でもそうやって自分を取り繕わずに素の顔を見せれば良いのにと思う。
「ノアって…頭おかしいわ」
「ありがとう。君の友人にも広めてくれて大丈夫だよ」
「幻滅した、馬鹿みたい!」
足早に去って行くピンク色の巻毛を見送った。
生まれながらにしてアルカディア王国の国王を伯父に持ち、何の不自由もない環境下で育った彼女は少し我儘に育ち過ぎたのだろう。自分も他人のことは言えないけれど。
コテージに戻る途中で、外の空気を吸いに来たのか、玄関の近くに立ったウィリアムを見かけた。
「……アリスがすごい形相で走ってきたぞ」
「そうだろうね」
「あまり意地の悪いことをするなよ」
「うん。そうしたつもりだよ」
最小限の被害で抑えたつもりなのでどうか、そんな呆れるような目線を向けるのではなく褒めてほしいところだ。恨みを買うのも簡単ではないのだから。
貼り付けた笑顔のマスクは非常に便利で、その下で考えていることなど誰にも想像はつかないだろう。
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