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第三章 氷の渓谷編

62.魔女の告げる未来

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「……っくしょい!」

あまりにも寒い氷の世界では、着ている衣服など意味がないように身体に直接寒さが纏わりついてくる。暖かそうなコートを着込んだルネは、私のことを見て無言で毛布を渡してくれた。

もふもふとした雪だるまのような毛皮を被りながら、その端正な顔を見つめる。ノアと同じ髪の色に、同じ顎のライン。鼻の高さや唇の形まで、ルネはノアにそっくりだった。唯一異なるのは、左目の色とその上にくっきり入った古い傷跡だけ。

マジマジと見過ぎたためか、ルネは嫌そうに眉を顰めた。

「魔女が言ってた。君の呪いは失敗だって」
「呪い?」
「何も知らないのか?随分と能天気な奴だな」

ノアと違って突っ掛かるような物言いに思わずムッとする。いきなり現れてノアの弟を自称する上に、急に呪いだなんだの話を展開されても無理がある。能天気と言われるほど平和ボケはしていないつもりだ。

「ルネさんはずっと此処に住んでいるんですか?」
「ルネで良いよ。丁寧にされると気色悪い」
「……分かりました」
「僕は18の時にこの氷の渓谷に来た」
「どうして、王宮を出てまでこんな場所へ…?」

岩肌が露出し、凍てついた場所は植物の生育も望めそうにない。建物の中では温度が管理されているのか少しはマシだが、ここに来るまでの道中は本当に凍ってしまいそうなほど寒かった。

あの快適なアルカディアの宮殿を出て、こんなに過ごしにくそうな場所へルネが来る理由が分からなかった。

「居場所が無かったんだ」
「?」
「発展していくアルカディアを見ていると恐怖を感じた。富を築いて肥えた国は、金に群がる蛆虫のような悪党も育てるから」
「……しかし、」
「父さん…オリオン国王は聞く耳を持たなかった。所詮国政を担ったことのない子供の戯言だと笑ったよ」
「その事はノアには?」
「兄と僕は意見が合わない。成績優秀で王位を継承する息子を王が可愛がるのも当然だ。僕はいつも日陰者だった」
「………そんなこと…」

落ち込んだ表情でそう語るルネを見ていると、心が痛んだ。ノアに双子の弟が居たという事実はやはり未だに信じ切れないほど衝撃だったが、私をこんな場所まで連れて来た彼を悪人と決め付けるのはまだ早い気がした。

氷の渓谷の入り口から内部へと移動した私たちは今、魔女の住む屋敷の一室に居る。渓谷の内部は小さな街のようになっており、アルカディアの山間部にこんな世界が広がっているなど、みんな知っているのだろうかと不思議に思った。

そもそも娼館からの瞬間移動や、先程の毛皮の出現に関しても一切の説明がされていない。まだ、しょぼくれた顔をして座っているルネに向き直った。

「貴方がノアの弟であることは信じます。だけれど、私をこの場所に連れて来る意味が分からないし、一瞬で移動出来る仕掛けも理解できない」
「魔法だよ」
「私は本気で聞いているんです…!」
「だから、本気で答えている。自分が知らないからと言って冗談や嘘だと思い込むのは止めた方がいい」
「………魔法なんて、」

ルネが指先で触れると木でできたテーブルに花が咲いた。小さな黄色い花を折って私へ差し出す。

「友好の印にあげる。久しぶりに外の人と話したよ」
「…ありがとう。ノアを呼んでどうするつもりですか?」
「さあね、ノアを呼んでるのは俺じゃなくて魔女だ」
「魔女っていったい…」

「随分と会話が弾んでいるのね、ルネ」

その時、部屋の扉が開いて冷え切った空気が外から流れ込んで来た。思わず身震いしながら振り返ると部屋の入り口には真っ黒な髪を背中まで伸ばした美しい女が立っている。

白い肌に赤い唇、妖艶な笑みを浮かべた女が魔女であることは説明を受けなくても分かった。魔女は私とルネを見ながらゆっくりと近付いてくる。長い爪を生やした指が私の頬に触れた。

「久しぶりね、リゼッタ」
「……私を知っているの?」
「ダグナスとケイトは約束を破ったみたい。どうやらノアが来たようね」
「何の話……?」
「可哀想なリゼッタ、いつも貴女は皆から置き去りにされる。貴女は知らないことが多すぎるわ」
「………?」

すべてを知っているようなその口振りに違和感を覚えながら魔女の瞳を見つめる。ノアによく似た赤い瞳が細められて、私は背筋が凍るような恐怖を覚えた。


「結末だけ教えてあげる。ノア・イーゼンハイムはこの氷の渓谷で死ぬことになる、貴女の身代わりとなって」

真っ赤な唇が告げたのは残酷な未来。




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