71 / 83
第三章 氷の渓谷編
68.キングとナイト【N side】
「なんで結局、居るんだかな」
「……ドライバーぐらいにはなるだろう」
ウィリアムは前を見ながら表情ひとつ変えずにハンドルを握っている。この無口でお節介な友人を巻き込むことが、彼にとってどれだけ危険なことかはよく分かっていた。
父であるオリオン国王との話を終えて、重い荷物を持って宮殿を出たら既に車は止まっていた。初めは無視して歩いて行こうとしたが、轢き殺されそうな勢いで追い掛けて来たので渋々止まったところ、運転席に座ったウィリアムに「乗れ」と言われたのだ。
「俺はお前に童貞のまま死んで欲しくないよ」
「じゃあ、精一杯守ってみせてくれ」
窓の外を見ながら思わず吹き出す。
「お前が女だったらちょっと惚れてるかもな」
「……ノア、」
「なんだよ?」
「昔よく三人でチェスの対戦をしたのを覚えているか?」
「ああ、ルネも俺もお前に勝てたことはない」
「リゼッタがクイーンだとするとキングはノア、そしてこの場合はナイトが俺だ」
「それは随分…面白い例えだね」
幼い頃、ルネとウィリアムと三人でボードを囲んで熱戦を繰り広げたことを思い出す。誰と誰が始めに対戦するかを先ずは決めて、観戦する者はヤジを飛ばしながら、夢中になって見守った。
まだルネと三人で遊んでいた頃の記憶だ。いつから自分たちは別の道を歩むことになったのだろう。どうして、同じ日に同じように生まれたのに、こんなに違う思いを抱いているのだろう。
「チェスにおいて、キングを詰められたら負けだ。間違えても相手のクイーンの前に首を差し出すようなことはするなよ」
「自殺手を指すのはルール違反なことぐらい知ってるさ」
「今のお前は放っておけない。相討ちだけは止めてくれ」
「……どうだろうね」
耳にタコができそうだ。しかし、古くからの友がここまで心配してくれるのも幸せなことなのだろう。
結局、準備が予想以上に長引いてしまったせいで、氷の渓谷への到着は予定より少し遅れることになった。そもそも場所さえ不確かな存在の氷の渓谷を、無計画に目指すのはリスクが高すぎる。自分が仕入れた情報がいったどれだけ役に立つのかは不明だが、備えがないよりはまだマシであることを願う。
アルカディアの宮殿はもう既に車から見えなくなり、人が多く住む住宅地、工場地帯などが消え去ると、青々と葉が茂った牧草地帯に差し掛かる。遠くの方に見える白黒のまだらな牛たちを見ていると、今から自分が赴く伝説のような場所のことが嘘に思えてくる。
リゼッタは本当にそこに居るのだろうか。ルネが彼女に何も危害を加えていないとも言い切れない。カルナボーンの王国からアルカディア王国に連れて来たことが、果たして正解なのかは未だに分からなかった。
だけれど、アストロープ子爵の話では、彼女に掛かった不安定な呪いはまだその効力を発揮している。氷の渓谷に魔女が実在するならば、何としてでもそれは解決したい問題。
「キングも楽な役目じゃないな」
あくびを噛み殺しながら呟くと、ウィリアムは微かに笑った。
あなたにおすすめの小説
異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない
木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。
生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。
ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。
その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜
井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、
嘆くことも、復讐に走ることもなかった。
彼女が選んだのは、沈黙と誇り。
だがその姿は、
密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。
「私は、国よりも君を選ぶ」
婚約破棄、王位継承、外交圧力――
すべてを越えて選び取る、正統な幸福。
これは、
強く、静かな恋の物語。
2026/02/23 完結
ANGRAECUM-Genuine
清杉悠樹
恋愛
エマ・マクリーンは城で開催される新年の祝賀行事に参加することになった。
同時に舞踏会も開催されるその行事に、若い娘なら誰もが成人となって初めて参加するなら期待でわくわくするはずが、エマは失望と絶望しか感じていなかった。
何故なら父からは今日会わせる相手と結婚するように言われたからだ。
昔から父から愛情も受けた記憶が無ければ、母が亡くなり、継母が出来たが醜い子と言われ続け、本邸の離れに年老いた侍女と2人暮らしている。
そんな父からの突然の命令だったが背けるわけがなく、どんな相手だろうが受け入れてただ大人しくすることしか出来ない。
そんな祝賀行事で、運命を変える出会いが待っていた。魔法を扱う部署のマギ課室長レナート・シルヴィオと、その義妹、ホノカ・シルヴィオと出会って。
私、こんな幸せになってもいいんですか?
聖獣というもふもふが沢山出て来て、魔法もある世界です。最初は暗いですが、途中からはほのぼのとする予定です。最後はハッピーエンドです。
関連作品として、CLOVER-Genuine(注:R18指定)があります。
ANGRAECUM-Genuineは、CLOVER-Genuineのその後という感じの流れになっています。
出来ればCLOVER-Genuineを読んだ後にこちらを読んで頂いた方が分かり易いかと思います。
アルファポリス、小説家になろう、pixivに同時公開しています。
転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。
Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。
歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。
気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。
私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。
しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。
いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね!
悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。
魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。
やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。
そして、鍵とはいったいーー。
※毎日6時と20時に更新予定。全114話(番外編含む)
★小説家になろうでも掲載しています。
『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~
スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」
王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。
伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。