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第三章 氷の渓谷編

69.現実

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マッシュポテトをフォークで突きながら、そろりと顔を上げて魔女の様子を伺った。ジゼルと呼ばれる魔女は静かに、その赤い口へ肉の欠片を運んでいる。

この至って普通の美しい女が、これからアルカディア王国を脅威に晒す恐ろしい魔女であるなんて信じられない。年齢すらも魔女の前では関係ないのか、見た目だけで言うと私やルネとそう変わらないように見える。

「私の顔に何か付いている?それとも、私を見てノアのことでも思い浮かべているの?」
「そういうわけでは…!」

思わず顔が熱くなる。
確かにジゼルのその赤い瞳は、ノアのそれとよく似ている。そして彼女が時折見せる鋭い目付きは、私が今まで見てきたノアの顔と通じるものがあった。

双子なので顔の造形はルネの方がノアに似ているのは当然のことだが、目の動かし方やふとした時に見せる表情は、ジゼルの方がノアと似通っていた。

魔女との夕食に呼ばれて来たは良いものの、かなり空気は重たい。ルネは澄ました顔で食事に集中しているし、ジゼルも口数は少ない。賑やかだった国王夫妻との食事を思い出しながら、私はフォークを動かす。

「そろそろノアもこの渓谷に辿り着くわ」
「……もう宮殿を出たんだね」

独り言のようにルネが呟いた。

「失敗は許されない。私には時間がないの」
「分かってる。国王の時とは事情が違うんだ」
「……あの」

口を開くと、ジゼルとルネは食事をする手を止めて私の方を見た。二人の視線を受けて私は冷や汗をかきながら、恐る恐る話し出す。

「なんとか平和的な解決はないのでしょうか?私としてはそういった物騒な話は控えて欲しいのですが…」

ルネは呆れた顔をしてジゼルの反応を待つ。ジゼルは微笑みを浮かべて首を傾げた。

「貴女は聖女か何かなの?どういう了見で私にそんな提案を?私は随分と長い間この暗くて寒い場所で耐えて来たわ」
「……すみません」
「現実から目を背けて、ノアとの盲目的な愛に逃げた貴女とは違うの」
「逃げてなんかいないわ!」
「じゃあ先は見えている?隣国で婚約者に捨てられた娼婦がアルカディアの王族と結婚できる未来でも思い描いているの?」

お花畑のような頭でめでたいわね、と静かに言い放ってジゼルは再び食事に戻った。

この冷酷な魔女の言うことは真実。ルネが言った『最後に泣くのは君だけ』という言葉も本当で、私は確かにノアが何の話し合いもせずに私を娼館へ戻した理由を理解しかねていた。

凍てつくような寒さが身を刺す氷の渓谷は、暖かく柔らかな空気が満たすアルカディアの宮殿よりもよっぽど、私に現実を見せてくれる。

ノアは本当に来るのだろうか?
だとしたら、どうして?

また夢の続きを見られると期待する一方で、長く続くはずがないその泡沫うたかたの夢の果てを思う。

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