【完結】婚約破棄された娼婦を隣国の王子が溺愛するなんて聞いたことがありません!

おのまとぺ

文字の大きさ
74 / 83
第三章 氷の渓谷編

71.双子の共鳴



氷の渓谷に来てどれぐらい時間が経ったのか。

ノアが来るとジゼルは言っていたけれど、もう、すぐ近くまで彼は来ているのだろうか。最後に言葉を交わしたのは娼館セレーネで別れの挨拶をした時。「必ず迎えに来る」と言ってくれた彼の顔を私は見ることが出来なかった。

思い返せば私とノアの約束はいつも実現されない。三回逢瀬を重ねて私を抱くという意味が分からない彼のルールも、私がシグノーに怪我を負わされたことによって頓挫した。今回も娼館まで迎えに来ると言ってくれたのに、私は今こうして氷の渓谷に居る。守られない約束ならば、最初から交わさない方が良いと今更ながら思う。

「気になるんだね、ノアのこと」
「え?」
「ずっと同じページを読んでるから」

ルネは椅子に座ったまま、私の膝の上に乗った本を指差した。暇潰しにでもと渡されたアルカディア王国の歴史に関する本は、内容の難易度も相まって全くページが進まない。

考え事に没頭していたことを見透かされて私は気まずい思いをしつつ、でこぼこした本の表紙を撫でる。

「いえ…私には少し難しいので」
「カルナボーン出身の君がアルカディアの文字を理解できるだけで凄いことだ。王妃になれないのは残念だね」
「べつに、下心があって学んだわけではありません」
「ノアが王子じゃなくても好きになった?」
「……何を言いたいんですか?」

ノアはもともと娼館の客だったのだ。
べつに彼が王族だからという理由で自分から近付いたわけではないし、金銭的な価値に目が眩んだわけでもない。ルネの言葉は自分にとって非常に不本意だと思った。

「いや、昔から兄に群がる浅はかな女を腐るほど見てきたからさ。君もそういった類かと思って」
「違います。むしろ…ノアがこの国の王子でなければどんなに良いだろうと、本当は思っています」
「……?」
「彼が王族である限り、私はノアとの将来を望めません。もし仮に平民だったら…こんな絶望はなかったでしょうから」

ルネにこんなことを話しても仕方がない。
さぞかし興味がない顔をして聞いているのだろうと、視線を上げると、思いのほか真剣な顔をしていて驚いた。てっきり悲劇のヒロインぶって、と笑われると思ったから。

「あまり人に同情したりしないけど、君の状況は結構可哀想だね。ノアと出会ったのが運の尽き…いや、そうでもないか。アストロープ子爵の家に貰われた時にはもう、どう足掻いても残念な人生になっていた」

それは全くもってその通りなのだろう。
ジゼルやルネの話が本当ならば、そもそもそういう星の下に生まれているわけで。後はもう誰とどう出会っても、悪い方に悪い方にと転がっていくことは最初から決まっていたようだ。

「リゼッタ、君のこと助けてあげようか?」
「助けるって?」
「ノアが死んだら俺が後釜になってあげるよ」
「……何を、」
「王族でもない俺と一緒になれば君は人並みの幸せは送れるんじゃない?顔だってほぼノアみたいなもんだし」

傷があるからちょっと違うけど、と笑い出すルネの横顔を見つめた。人並みの幸せという言葉に少し心は揺れたけど、ルネとノアは全く違う。ルネの顔を見る度にノアのことを思い出す状況は、幸せとは程遠そうだ。

「お言葉ですが、結構です。ノアの代わりは要りません」
「そう。良い提案だと思ったけど」
「貴方は少し誤解しているようです」
「?」
「ノアの気持ちは知りませんが、私は後戻りが出来ないぐらい彼のことを想っています。身を引かなければいけないと理解していても…必要とされる間は側に居たい」

ルネの表情が少し変わった。一瞬の驚きを経て、苛立ちのような感情を滲ませながら私の方へ歩み寄る。

決意を持ってその目を見返す。
左右異なる綺麗なガラス玉のような瞳がスッと細められた。

「生意気なこと言うんだね。たかが娼婦のくせに」
「たかが娼婦でもプライドはあります」
「金を払えば君を抱くことは出来るの?」
「冗談やめてください、此処は娼館じゃありません!」
「面白くないことばっかりだな」

唸るようにそう言うと、ルネは右手で椅子の脚に触れた。金属で出来た回転椅子の脚はぐにゃりと形を変えて、手錠に変形する。

「便利だろ?触れたものの形を変えることができる」
「……それが魔法の仕組みですか?」
「流石にコンクリートから剣とか、水から火は無理だけど同じ材質の物には変更できるよ。全部魔女の力のお陰だ」

私はルネの指に嵌った指輪を見つめた。
赤い宝石が小さく輝いている。

「これから君のこと拘束するのに逃げないの?」
「逃げたところで力では敵いません…それより、そんなもので押さえつけないと駄目なんですね。非力な女一人を取り押さえるために、わざわざ手錠が必要だなんて、」

よっぽど力に自信がない、と続けたかったが、ルネが私の首に手を掛けたので最後まで言えなかった。咳き込む私の腕を乱暴に掴み、手錠を掛ける。冷たい金属が手首に触れた。

見たところ相当頭に来たようで、ルネの口元は怒りで歪んでいる。そういう感情を表に出すとノアとは全く違う顔になる、と私は冷静に頭の隅で考えた。

不思議と怖くない。
もう力に屈したくない。

シグノーの時とは違うから。相変わらず腕力ではどうも出来ないけれど、心は強く保つことができる。私はノアが私を必要だと思ってくれる限りは彼の力になりたい。その話に耳を傾けて、この身体だって明け渡して良い。ノアは私が生きる理由になりたいと言ってくれたから。

「なにその目?鬱陶しいな」

ルネの手が私の胸元を引っ張って、幾つかのボタンが弾け飛んだ。恐れを出さないように気を付けながら、ルネの目を睨み続ける。瞬間、その瞳が大きく揺れて、ルネは身体ごと扉の方へ向き直った。


「……どうりでイライラする筈だ。感覚まで共有できるなんて随分と面倒なことだね、ノア」

開かれた扉の先には白い顔に微笑みを湛えたジゼルの姿が、そして彼女の後ろにはノアとウィリアムが立っていた。

感想 13

あなたにおすすめの小説

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

転生したら魔王のパートナーだったので、悪役令嬢にはなりません。

Y.ひまわり
恋愛
ある日、私は殺された。 歩道橋から突き落とされた瞬間、誰かによって手が差し伸べられる。 気づいたら、そこは異世界。これは、私が読んでいた小説の中だ。 私が転生したのは、悪役令嬢ベアトリーチェだった。 しかも、私が魔王を復活させる鍵らしい。 いやいや、私は悪役令嬢になるつもりはありませんからね! 悪役令嬢にならないように必死で努力するが、宮廷魔術師と組んだヒロイン聖女に色々と邪魔されて……。 魔王を倒すために、召喚された勇者はなんと転生前の私と関わりの深い人物だった。 やがて、どんどん気になってくる魔王の存在。前世に彼と私はどんな関係にあったのか。 そして、鍵とはいったいーー。 ※毎日6時と20時に更新予定。全114話(番外編含む) ★小説家になろうでも掲載しています。