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第三章 氷の渓谷編
【番外編】ノアから教わること▼
私が再びアルカディア王国に舞い戻って、はや一ヶ月が経とうとしている。
ノアの手の傷は痛みも治まり、ようやく食事も補助なしで食べられるようになった。正直なところ毎食、国王夫妻の前で私が小さく切り分けて彼の口まで運ぶのはかなりの羞恥プレイだったので、そういった意味では安心した。
しかし、ここにきて新しい問題が浮上したのだ。
「……え?寝室を同室に…?」
「そうそう。俺もこの通り元気になったからね」
ペロンと服を捲ったノアの身体には痛々しい傷跡は残っているものの、確かにもう傷口は塞がっている様子。
「いつまでも一人で眠るのは寂しいよ。俺は目が覚めてから眠りに着く瞬間までリゼッタの顔を見ていたいし」
「でも、」
「嫌なの?」
「いえ、嫌というわけではなくて…」
気付けば壁際まで追い込まれていて、気持ちは焦る。
ノアの脚がグッと私の身体に触れた。
「どうかな、リゼッタ?」
低く耳元で囁かれると私はもうまともにノアの顔など見られない。湯気が出そうな頭を抱えながら情けなく床に座り込んだ。頭上から愉しそうな笑い声が降って来る。
彼は絶対に分かっていて反応を見ている。そういうところがタチが悪いと思うし、本当に狡い。
「……ちょっと考える時間をください」
「どれくらい?」
「明日までには、」
「最近、君は王妃に呼ばれてばかりで俺に構ってくれてないだろう?何をそんなに学ぶことがあるのか知らないけれど、夫婦でしか深められない絆もあるよ」
「そうですが、お勉強が……」
マリソン王妃による王族としての教育は、朝から夜まで行われ、その愛の鞭はかなり厳しかった。最近ではようやく、王妃が私に心を少しずつ開いてくれていることが分かったけれど、少し前まではスパルタな指導に枕を濡らしていたことをノアは知らない。
「じゃあ、俺もリゼッタの先生になろうかな」
「え?」
「実は今まで黙ってたけれど、自信を持って教えられる分野が俺にもあるんだ」
「本当ですか…!」
それは嬉しい申し出だ。
ノアと予習した上でマリソンの授業を受ければ、きっと私の理解力も上がるし、叱責されることも減るだろう。
期待を目に宿して見上げる私をノアは軽々と抱き上げた。その元気そうな姿からして、彼の傷が完治したという話は本当のようで。
「……えっと、ノア?」
「うん?」
「お勉強を…」
「ああ、そうだね。じゃあ…始めようか」
ボフンと落とされた先はベッドの上。
「あれ?お勉強って……」
「いやぁ、娼館で働いていた凄腕のリゼッタに教えることなんて無いかもしれないけど、実技メインで良いかな?」
恐ろしく黒い笑顔を浮かべて、近付いてくるノアに私は冷や汗が止まらない。部屋に入った時に鍵を閉めていたのは、もしかしてこのためなのかと頭の隅で考えた。
シーツの上に伸びた私の手の平をノアの手が包み込む。逃げられそうにない姿勢で、上から見下ろされると、どうしても自分がこれから狼に食べられる無力な草食動物のような気がしてくる。
「……ん、」
頬に手を添えられてキスされれば、それはもう始まりの合図のようなもので、私は自制する心を見失ってしまう。
「二ヶ月も触れ合ってないなんて嘘みたいだね。俺のこと覚えてるかな?」
「………っあ」
ツツっと太腿を這ったノアの指が、スカートの中から侵入してショーツ越しに秘部に触れた。
二ヶ月という長期に渡って私たちが肌を重ねなかった理由は二つある。一つは単純にノアの身体が万全とは言えない状態だったから。何度かそれらしいお誘いはあったけれど、また傷がパックリ裂けても恐ろしいし、やんわり断っていた。
そして、彼を少し不機嫌にしている二つ目の理由は、私がマリソン王妃と過ごす時間が増えたため。ノアと過ごす時間が減ると当然だが、彼と甘い雰囲気になることも減った。何か言いたそうな視線を感じたこともあったけれど、気付かないフリをしていたことは認める。
だから、こうして今、捕まっているわけで。
「……ひぁ、やだ、待って!」
「待たない」
手首を押さえ付けられると、まるで自分が征服されていくようで、なんとも言い難い興奮を覚えた。私はこの美しい大きな動物に捕食されることを望んでいるのかもしれない。
熱に浮かされたように唇を重ねる。
身体の奥がずくずくと疼いた。
「やらしいね…煽るのが上手いなぁ」
困ったように笑ったノアはそのまま私をひっくり返した。シーツに両手を突いた格好で私は彼を迎える。
「……あ、無理、全部は…んんッ」
「大丈夫。息を吐いて」
「ーーーっ!」
「……ん、よくできたね」
優しい声でそう言いながら頭を撫でられると、何もかもどうでもよくなって投げ出したくなる。すべてをノアに預けて、ただ彼に甘やかされていたいと思ってしまう。
マリソン王妃との授業に寝坊は厳禁なのに、とぼんやり思いながら、私は過ぎ去った時間を取り返すように身体を求めるノアを受け入れた。そんな思考はすぐに泡の如く消え去って、後に残るのは甘い甘い沼だけ。
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