【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ

文字の大きさ
9 / 18

09 二人の秘密

しおりを挟む



 天気の良い昼下がり。

 侍女たちに断って一人で庭を散歩していたデイジーは、見知った金髪が風に揺れているのを見つけた。太陽の光を受けてキラキラと輝く様子は美しい。


「セオドア様、」

 声を掛けると驚いたように身じろぐ。
 青色の瞳にも動揺が浮かんでいた。

「君か……突然声を掛けないでくれ」

「では最初に肩を叩くべきでしたか?」

「そう言うわけではないが…」

 セオドアは落ち着かない様子で脚を組み替える。

 デイジーはその隣に腰を下ろして、手に持った包みを差し出した。白いハンカチに包まれた小さな塊からはほんわりと良い香りがする。

「なんだ?」

 眉を寄せたセオドアは受け取る前に警戒心を露わにしてそう尋ねた。

「マドレーヌです。今朝焼いてみました」

「君はまた厨房に入ったのか。ああいう仕事は専門の者に頼めば良いんだ。自ら手を掛けて作ったところで、時間と労力の無駄だろう」

「そうかもしれませんが、セオドア様に食べていただきたかったので……自分の手で作りたかったのです」

「…………、」

「お一つだけいかがですか?」

「………いただこう」

 大きな手がひょいとマドレーヌを摘み上げる。
 デイジーが見守る前でそれはセオドアの口に入った。

 もぐもぐと咀嚼する間もデイジーのローズピンクの双眼はじっとセオドアを見つめる。無口な婚約者もその視線に耐えかねてとうとう「美味しかった」という無難な感想を述べた。


「良かった…!喜んでいただけて嬉しいです。また作っても良いですか?」

「好きにすれば良い。普段はあまりこういったものを食べないんだ。砂糖を食べすぎると肥える」

「あら、そうですか?」

「俺は体質的に太りやすい。だから毎朝自分の身体を鍛えているし、食事には気を遣っているつもりだ。医師からもそうするように言われている」

「まぁ。それでは、今さっき食べたマドレーヌは私たち二人の秘密にしましょう」

「………秘密?」

 デイジーは人差し指を伸ばしてセオドアの唇を拭った。
 マドレーヌの欠片がぽろりと草の上に落ちる。

 驚いて目を見開くセオドアの前で、デイジーはにっこりと笑顔を見せた。ザッと強い風が吹いて黒い髪が舞い上がる。セオドアはこの時初めて、自分の婚約者を恐ろしいと思った。

 恐ろしく、美しい。

 ただ愛らしく、男たちの庇護欲をくすぐる小動物とみなしていた女が、自分を取って食らう肉食獣のように見えたのだ。そんなはずはないのに。



「セオドア様……」

 立ち上がったデイジーがスカートを払って振り返る。

「今度からはデイジーとお呼びください。貴方が呼んでくれる私の名前は特別なんです」

「特別?」

「ええ。未来の旦那様ですもの、特別です」

「分かった……努力しよう」

 セオドアは視線を外して答えた。
 軽やかに笑ってデイジーが去って行く。

 遠くなる足音を聞きながら、セオドアは額から流れ落ちた汗を手の甲で拭った。そして、デイジー・シャトワーズという人間が自分の心を揺さ振り、緊張さえ抱かせたという事実を頭から追い出すために足早に自室へ引き返した。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

処理中です...