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16 デイジー・シャトワーズ

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「……無理に押しかけて申し訳ありません」

 デイジーはカップの中の紅茶を少しだけ飲んでテーブルの上に戻した。部屋の主人であるセオドアはその様子を眺めて、ただ頷く。

 彼もまたシャワーを済ませたのか、さらりとした金髪の毛先は少しだけ水に濡れていた。デイジーは侍女に用意してもらった夜着の上にガウンを羽織り、何から切り出すべきかと考える。

 色々と手は尽くした。
 ここは一つ、正直に行ってみようか。


「セオドア様、腹を割って話をしましょう」

「………腹を割る?」

「お互い心の内を曝け出そうということです。貴方も私も少々猫を被っているところがありますから」

「何を言い出すかと思えば。冗談に付き合う時間はない」

「では、私から始めますね」

 セオドアの拒否など聞こえないように、デイジーは唇にうっすらと笑みを浮かべたままで話し始めた。ローズピンクの双眼は婚約者だけを見つめる。


「正直、貴方との婚約は破棄するつもりでした」

「なに……?」

 関心のない顔を続けていたセオドアに焦りが走る。
 声には困惑が滲んでいた。

「貴方も知っての通り、私は取り立てて能のない女です。色々と習い事をさせられましたが、どれも秀でた才という程ではない」

「べつに俺は才女を求めているわけでは、」

「ええ……でしょうね。貴方が求めているのはただ自分の言うことを聞いて、自分の生活に踏み込まないお飾りの妻。そうですよね?」

「…………」

 ズバリ、言い当てられると言葉は出て来ない。
 セオドアは黙ってデイジーの瞳を見つめ返した。

「貴方からの縁談が舞い込んだ時、チャンスだと思いました。私を馬鹿にした者たち……バーミング家の馬鹿な子息であったり、私を振ったルートヴィヒを見返す良いチャンスだって」

 セオドアは相槌も打たずにただデイジーを見ていた。

 怒っているようにも見えるし、驚いているようにも、呆れてものも言えないといった風にも見える。或いは「疲れているから早く話を切り上げろ」と思っているかもしれない。


「高慢で堅物、偏見にまみれた王太子。貴方は私の踏み台にちょうど良かったのです」

 静かなセオドアの顔に一瞬だけ苦悩が浮かんだ。
 プライドに刺さったのだろう。

「私のことを知ろうともせず、お飾りの妻と言い切って放置する。そんな貴方を私に惚れさせたらどんなに気持ち良いだろうかと思いました」

「………!」

「一定の効果は感じたのです。貴方は段々と警戒を解いて、私を拒まなくなった。キスをするのは嫌ではなかったでしょう?」

 セオドアの口元がピクリと動く。

 デイジーは右手の指先に塗られたペールブルーのネイルを確かめるように眺めつつ、さらに言葉を紡ぐ。自分の言葉が婚約者の心にキリキリと穴を開けていることは気付いていた。

 セオドアはきっと屈辱に沈んでいるはずだ。王族であり、国の未来を担う王太子である彼は、未だかつて面と向かってこうも酷いことを言われたことはないだろう。


「……だけど、貴方は私が思っていたよりも強情でした」

 デイジーが顔を上げる。
 しばらくの間、二人の視線が絡まった。

「私に手を伸ばす前に、貴方は自分を律した。あと少しだと思っていましたが…非常に残念です」

 そう言って口をすぼめるデイジーを見て、セオドアはなんとも難しい顔をする。慎ましく生きてほしいと願っていた妻が内心こんなことを考えて生きていたというのだから、仕方がない。

 どうしたものか、と小さな溜め息を吐いたのを見て、向かい合って座っていたデイジーは席を立った。ソファに手を置くと、セオドアの隣に腰掛ける。急に縮まった距離に相手が動揺する様子が伝わった。


「くだらないわ」

 呟くように吐かれた言葉に、セオドアは目を見開いた。

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