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17 セオドア・ハミルトン
しおりを挟む「なんだと?」
そう絞り出すのがやっとだった。
デイジーはセオドアの目を見据えたまま話し続ける。
「貴方ってつまらない。真面目だかなんだか知らないけれど、そんなに自分に厳しく接してどうするの。賢王と呼ばれるような王になりたいの?」
「……それはそうだろう。愚王と影で笑われるよりも、良き王として君臨する方が良いに決まってる」
「結婚する妻をお飾りとして遠去けることが賢王になるための近道なのですか?自分に最も近しい者を愛せない男が国民を幸せに出来るとは思えないわ」
「恋愛と政治は別物だ」
セオドアは鋭いデイジーの双眼から逃れるために顔を背けた。短く息を吐いた先には部屋の扉が見える。内心、出て行ってほしいと考えていた。
「出て行ってほしいんでしょう?」
それを見透かしたようにデイジーが笑う。
いつもより派手な化粧は彼女を勝気に見せた。
白い手がセオドアの太ももに載せられる。近くに座るデイジーからは芳しいジャスミンの香りがした。自分はいったい今どんな顔をしているのだろう。感情を隠そうとすればするほど、裏目に出るような気がした。
セオドアはもう婚約者から目が離せない。
「私は出て行ったりしないわ。婚約破棄もしない。貴方を見ているうちに考えが変わったの」
「……変わった?」
「ええ。私だけは貴方を甘やかそうと思って」
「…………は?」
文字通りセオドアは頬を引き攣らせた。
デイジーは気にせずに淡々と言葉を紡ぐ。
「気の毒なほど自分に厳しい貴方を、私がデロデロに甘やかすことにしたの。禁止してるお菓子もいっぱい作って届けるし、毎晩眠る前に抱き締めてあげる」
「………何を言い出すのかと思ったら。君はバカか?俺はそんなもの求めていない。子供じゃないんだ」
「言ったでしょう?心の内を曝け出すって」
デイジーは人差し指を立てて、そっとセオドアの唇をなぞった。たったそれだけの動作なのに何故か全身から汗が吹き出る。セオドアの焦りや恐怖はすべて、彼女に伝わっている気がした。
「セオドア様、バーミング邸で貴方が私のために怒ってくれたこと、とても嬉しかったです」
「あれは……俺のためでもあって、」
「私がルートヴィヒと庭を散歩している時、貴方はこの部屋から見ていたでしょう?」
「違う。たまたま目に入っただけで……」
「ご心配なく、私たちは貴方が疑うような仲ではありません。恋心はもうすっかり冷めていますから」
セオドアがたじたじと受け答えをする最中も、デイジーの手はするりと腹の上を張って上へ上へと進んでいた。気が気ではないので最早会話どころではない。
「デイジー、君はいったい何を……!」
「あら、セオドア様。私はしがらみに縛られた貴方に少しだけ蜜を与えるだけです。だって、貴方は私のことが好きでしょう?」
「………っ、」
狼狽える反応を見てクスッと笑うと、デイジーはセオドアのシャツを引き寄せて静かに唇を重ねた。
それはセオドアにとって初めて女からされるキスであり、驚きと衝撃よりも遥かに大きな形容しがたい感情が胸を揺さ振った。甘い痺れが脳を駆け巡る。
(なんだこれは……)
暫くした後に離れたデイジーの赤い唇が濡れていて、自分までもが恥ずかしくなる。自分より四つも年下の、若い女に無理矢理に接吻されたぐらいで騒ぎ出す心臓を、いっそ握り潰してしまいたいと思った。
「セオドア様、私は騎士道物語が好きなのです」
「珍しいな……あれは男たちが好む話だろう?」
「ええ。ですが私は、愛しい人を最後まで守り抜くその姿に強く心を惹かれました」
「………?」
「私もそうなりたいと、思ったのです」
あんぐりと口を開けるセオドアにもう一度軽い口付けを落として、デイジーは妖艶に笑った。最早抵抗する気力も起きない婚約者をソファに押し倒すと、頭を撫でながら首筋にキスを落としていく。
途中で何度か正義感が顔を覗かせて、注意を促すようなことをした記憶があるが、あまりハッキリとは覚えていない。「お利口さんね」と褒められてからというもの、理性というものが何処かへ飛んで行った。
その日、セオドアはデイジーに抱かれた。
彼女の言う“甘やかし”の一環として。
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