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第二章 ニケルトン侯爵家
08.悪役令嬢は街へ出る
しおりを挟む結局、夕方になる頃には私は出会った頃のマグリタ以上に疲弊していた。頭はボサボサ、服は薄汚れた状態で呆然とする私を見て少し笑いながら、マグリタは「お疲れ様」と言ってくれた。
「すみません、明日からはもっと頑張ります…」
「十分よ。二人とも楽しかったみたいだし」
母の顔に戻ってロムルスとレムスに「ね?」と問い掛けるマグリタを見て私は涙が出そうになった。誰よりも彼女が大変だし、私が来るまでは働きながらこんなことをこなしていたのだから、その苦労は計り知れない。
母の強さを感じながら、しんみりしていると「まだ明るいから街に散歩して来たらどう?」とマグリタは提案した。たしかに乳母として雇用されている一週間の間に次の家を探さなければいけない。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、少し外の空気を吸って来ます」
「ええ、夕飯は貴女の分も用意してあるから、また戻ったら好きなタイミングで食べちゃってちょうだい」
「助かります!」
何度も頭を下げて、自分の部屋へと戻った。洗濯物などもお手伝いさんに任せて良いと言ってくれたけど、本当に良いのだろうか。乳母と使用人の線引きがイマイチ分かっていないけれど、ニケルトン家では乳母が優遇されているようで非常に有難い。
手早く緑色のワンピースに着替えて、指輪と交換に得たお金の一部を巾着に入れた。
淡いピンク色の雲が浮かぶ空の下、私は屋敷を後にして街へと出る。今朝方、私をマグリタに紹介してくれた老婆はまだ居るだろうか。すべては彼女のお陰なので、出来ればもう一度御礼を伝えたいところ。
「………あ、いた!」
朝と同じ場所に老婆は店を出していた。しかし、どうやら様子がおかしい。何人かの男たちに囲まれて、老婆は服を掴まれている。苦しげな老婆の顔を見て、私は慌てて走り寄った。
「どうしましたか!?」
「あんた……部屋探しの…」
「アリアです。何かありましたか?」
老婆の肩に手を添えながら、男たちとの間に割り入る。彼らが身に付けた腕章を見て私は目を疑った。交差する二本の剣に挟まれるように咲く薔薇の花。
二本の剣が意味するのは領地を侵すならば戦争をも厭わないという他国への牽制、そして血のように赤い薔薇は神聖で気高い王族の心を表す。国旗の一部にも含まれるこれは王家の紋章、つまり、彼らは王室直属の兵士であるということ。
どうして王国の兵士がここに?
「なんだお前は?この女の知り合いか?」
「あ…貴方たちこそなんですか?か弱いおばあちゃんに乱暴な真似はやめてください!」
「こいつは先月の出店料も納めていないのに、のうのうと店を構えている罪人だ。今この場で徴収出来ないならば規約違反として連行させてもらう」
「そんな……!」
項垂れる老婆を見て気の毒になり、私はポケットに入れていた巾着を取り出した。
「いくらですか?」
「はぁ?」
「出店料はおいくらですか?今月と先月分をまとめてお支払いいたします」
「30000ガレーだ。今すぐ現金払いでしか受け付けない。小切手などは認めないぞ」
「ええ、問題ないわ。これで良いわね?」
袋の中で金貨を数えるとギリギリ足りたので、手に握って睨みを効かす男に押し付けた。枚数を確認すると兵士たちは舌打ちをしながら歩き去った。
エリオットはリナリーというヒロインにうつつを抜かす前に、先ずは自国の兵士の教育に取り組むべきだと思う。彼らが国王直属だなんて、先が思いやられる。ガラの悪さはまるでチンピラみたいだ。
「おばあちゃん、大丈夫ですか?」
「ああ…それより、あんな大金を…」
「お仕事を紹介してくださった御礼です。お陰様で住居と食事にあり着けそうですし、助かりました」
困惑する老婆に笑顔を向けて、私は王都の中心から少し外れた方が出店料は安くなることを伝えた。物語の中で最初、リナリーは田舎で花を売る娘として登場する。王都へ来て同じように花を売ろうとしたところ、出店料が高くて驚くシーンがあったから間違いない。
私の手を握って、老婆は何度も礼を言った。自分の名をロージナであると名乗り、何かあればまた力になると申し出てくれたので、私はその皺の刻まれた温かな手を優しく握り返す。
ロージナの後ろに夜のカーテンが薄ら降りているのを見たので、私は丁寧に別れを告げて屋敷への道を踏み出した。
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