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第三章 南の楽園マリソル
21.悪役令嬢は沈む
しおりを挟むどれぐらい泣き続けたか分からないが、いつの間にか眠ってしまったようで、食事の開始を知らせるアナウンスで目が覚めた。
多くの転生作品でありがちな設定だけど、私は何故かアビゲイル王国の言葉が理解できる。英語でも日本語でもない妙ちきりんな文字の羅列も、どうしてかスラスラと頭の中では読み解くことができた。
そして気のせいか、転生前の記憶が段々と薄れていた。砂浜に描いた絵が消えていくように、気付いた時には少しずつ私は自分のことを思い出せなくなっている。代わりに頭の中を占めるのは、アリシア・ネイブリーとして経験した数々の思い出。
まだ二週間にも満たないぐらいの人生なのに、多すぎるぐらいの出会いと別れの機会があったからか、私はすっかり自分がアリシアの気持ちになっていることに気付いた。人間の脳とは実に都合の良いものだと思う。
「ペコロス、お腹は空いた?」
「ブフッ」
ベッドの上を転がって私の近くに来た桃色の魔獣は小さく鼻を鳴らして返事をする。
私は柔らかな塊を抱き寄せて、膝の上に置いた。ふくよかな腹回りを手で撫で回るとゴロゴロと気持ちよさそうに鳴く。一人ではない。そう思うと、心の中の荒波は少しだけ落ち着いていくように感じる。
気を取り直りして、身支度を整えて厨房へ向かった。
◇◇◇
「………うぇっぷ…」
白状すると少し食べ過ぎたかもしれない。
見慣れない数々の料理はどれも美味しそうで、私はついつい色んなものを摘んではその味に舌鼓を打った。ペコロスも一緒になって食べるものだから、抱き抱える体はだいぶ重くなった気がする。
少しでも気分が良くなるかと外に出てみたけれど、船の上ということもあって、波に乗って揺られているうちに凄まじい吐き気が込み上げる。
せっかく食べたものを戻してしまうのは勿体無いという変な貧乏人精神と、人気は少ないとはいえ公の場で嘔吐するのは令嬢として有るまじき失態であるという思いが、何度も警告してくる。夜風に吹かれながら星空の下で、それはそれは激しい攻防戦が体内では繰り広げられていた。
(ダメだ…ごめんなさい、アリシア……!)
覚悟を決めて黒い水面を見つめた時、ぐらりと船が大きく揺れた。咄嗟に船の縁を掴んだ拍子にペコロスが腕からすり抜けて行く。私は慌ててその丸っこい魔獣へと手を伸ばした。
つまり、船から身を乗り出して。
あ、と思った時にはもう既に何もかもが手遅れで、私の身体は冷たい水の中に沈んでいた。ペコロスだけはなんとか助けねばと足をバタつけかせても、カナヅチは転生先でも健在なのかまったく水上へ出られない。
もがけばもがくほど、水を飲んでしまう。ペコロスの姿を確認したくても、暗い海の中では何も見えない。船がもう何処にあるのか分からない。助けて、と開いた口にまた大量の水が入り込んだ。
どんどん身体が重たくなっていく。
黒い海水の中で私は意識を手放した。
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