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第三章 南の楽園マリソル
20.悪役令嬢は船に乗る
しおりを挟む見上げる限りの美しい青空。
ふわんふわんと浮かぶ白い雲。
手を伸ばせば、頭上を通り過ぎていくカモメに届きそうだ。私に絵心があったら此処でスケッチブックを広げて何枚か絵でも残したいところ。
「最高の眺めね、ペコロス!」
「ブフッ!」
上機嫌のペコロスは本日何十枚目かのクッキーに齧り付いた。気のせいか丸みが増したような気がするし、そろそろ私は我がペットの体重管理をすべきかもしれない。
私とペコロスを乗せた船は南へ南へと進んでいる。ネイブリー家で料理長を務めていたルイジアナ・コレツィオの住居はどうやらアビゲイル王国の南部近くに浮かぶ島にあるらしく、王都からの移動は陸路よりも海路の方がお値段的に優しかった。時間的にもそんなに差があるわけではないので、私たちは初めての船旅に乗り出したわけで。
船上で一泊するから宿泊費の節約にもなるし、明日の昼にはルイジアナの住むマリソルの街に着くはずだ。
今日はひたすら船上でバカンス気分を満喫して、明日はルイジアナの捜索活動としばらくの間泊まる部屋探しをしないと。ウィークリーマンション的なものがこの世界にあれば良いのだけれど、何日滞在するか分からないから安宿を借りた方が良いのだろうか。
「え!エリオット殿下が新しい恋人を?」
考え事に沈んでいたら、甲板にいくつか設置された白いパラソルの一つから大きな声が聞こえてきた。
首を捻って顔だけそちらに向けると、昼間から酒を煽る酔っ払いの集団が噂話に興じているようだった。赤い顔を突き合わせて、身振り手振りを交えながら話している。
「おうよ、なんでも前婚約者に愛想を尽かしたとかで、新たに平民出身の若い女を囲ってるらしい」
「へぇ~平民から選ばれるとは、アイデン家もそろそろ貴族の顔色を窺うだけで国政が回せないと気付いたんだな」
「しかし前の女は酷かったよなぁ?アリゾナとかなんとかいう名前の、あの高慢ちきな可愛げのない女!」
「ああ。なんでも社交界でも嫌われ者らしくて、何人もの令嬢から絶交宣言されてるらしいぞ」
良い歳をした男同士が、酒の肴にするには随分と低俗な話だと思う。おおかた彼らの奥方が話しているのを盗み聞いた知識だろうけれど。
「可愛げのない女が一番いけねぇや。エリオット殿下が心変わりするのも仕方ないな」
「だなぁ?結婚してからじゃあ遅いんだ。生粋の悪女と、同じ墓に入るまで一生を添い遂げるなんざ、地獄も同然だ」
「違いねぇな!」
ドッと笑い声を上げる酔っ払いにほとほと嫌気が差した。
彼らはアリシア・ネイブリーの何を知っているのだろう。アリシアが呪いに掛けられて、感情の制御に苦しんでいることも知らないくせに。どうして憶測で勝手なことを言えるの。
エリオットだって知らない。自分の婚約者が一方的に攻撃されて、一人で耐え忍んでいることを。助けを求めないお前が悪い、なんて言わないでほしい。ただでさえ気持ちのないロボットのような人間だったエリオットが、アリシアに掛けられた呪いを知って心配するだろうか。気付かなくてごめん、一緒に解決の糸口を探そうなんて言う?
(アリシア……貴女のこと、今なら少し分かるわ)
エリオット・アイデンの婚約者という役割。それには常に人々からの期待と羨望、そして僅かな粗すら見せられない緊張感が伴う。愛しの婚約者は落ち度のない完璧人間。
釣り合わなくてはいけない。
背伸びをして、爪先から血が流れても、笑顔で。
きっと並々ならぬ努力を要したはずだ。見た目も中身も、勉学もマナーも。すべてに於いて求められるラインは超一流。出来て当たり前、そんな世界にずっと身を置き続けることがどんなに大変なのか。
涙が溢れてきて止まらなかった。ペコロスを抱き抱えて、逃げるように部屋に帰るとベッドに飛び込む。アリシアの記憶なんてないのに、彼女のことを考えるとどうしても辛い思いが胸を支配した。
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