30 / 95
第三章 南の楽園マリソル
28.悪役令嬢は過去を知る
しおりを挟む何かを恐れるように、ぎゅっと組んだ両手を見つめたまま、ルイジアナは様子を窺うように小さな声で言葉を紡ぐ。
「お嬢様は変わってしまいました…アリシアお嬢様本人を前にして、このようなことをお伝えするのは酷く申し訳ないことなのですが」
「いいえ、良いの。続けてください」
「二十歳のお誕生日を迎えた後のことです。お嬢様は一週間ほど体調を崩しておられました。それまでも心の不調が原因で塞ぎ込むことはあったのですが…その時はまるで、」
「……まるで?」
「何か、狂気的な恐ろしさがありました。夜中になるとお嬢様の部屋からは叫び声が聞こえるのです」
そこで一度、ルイジアナは天を仰いだ。当時の様子を思い出すかのように暫くの間、目を閉じる。わずかに震える彼女の身体を見るに、その時のアリシアの様子がいかに恐ろしいものだったのかは容易に想像出来た。
黒魔法の影響なのだろうか。心身の調和を乱した結果、晩年のアリシアは他人から見てもすぐに異常と悟られるような状態になっていたということ?
リナリーがエリオットと結婚するのは彼女が二十二歳の時。そして同時期にアリシアはデズモンドの塔で命を落とすわけだから、リナリーと同い年のアリシアは二十二歳でその生涯を終える。ヒロインと敵対する悪役令嬢の人生がこうも対照的な結末を迎えるのはあまりにも悲しいことだ。クロノスの話では、アリシアは成人を機にピタリと相談に来なくなると言っていたけれど、何か関係があるのだろうか。
「姿や形は私の知っている美しいアリシアお嬢様でした。しかし、その目付きや佇まいは……ごめんなさい、言葉が…」
困ったように目を泳がせて息を乱すルイジアナに私は紅茶を勧める。自分もカップに口を付けながら、起こり得る可能性について思いを巡らせる。
どういうことだろう。
十二歳で呪われたアリシアは精神のバランスを崩しつつもなんとか日常生活を送っていたようにクロノスは語っていたけれど、その後何か大きな変化があったのだろうか?
「まるで、悪魔が取り憑いたようだったのです」
「………え?」
「二十歳の誕生日の後、部屋に籠って寝込んでいたお嬢様の様子を見たメイドの一人が言っていました。髪を振り乱して床に這いつくばったお嬢様の様子は、悪魔のようだったと」
「悪魔…?私が……?」
「申し訳ありません…!かつての雇用主であるネイブリー家の方のことを侮辱するつもりはないのです。ただ、あの唸り声は人間のものとは思えず、」
黙って聞きながら、私は思い当たったことも質問した。
「お父様とお母様は?医者に診せたりしなかったのかしら?」
「旦那様と奥様はその一週間、郊外の叔母様の家を訪問されていました。お嬢様に関するすべての管理は側近であるメイドのサラに委ねられていたのです」
「そうなのね。サラにもきっと怖い思いをさせた筈だわ…」
「サラは逃げ出すことはありませんでした。何人かのメイドは恐怖のあまり、お嬢様のお部屋に近付くことを拒否しましたが、サラだけは献身的にお世話を続けていましたよ」
彼女は立派な使用人です、と感心したように述べるルイジアナは頷いてみせる。それには私も同意だ。
デズモンド行きが決まった時もサラは私に着いて来てくれるという意思表示をしてくれたし、夜間に逃げるように屋敷を去った私のことも見送ってくれた。メイドの鑑のような忠誠心はアリシアにとっても喜ばしいものだっただろう。
しかし、これでまた知らないことが増えてしまった。クロノスに聞いたことと合わせると、つまりアリシアは呪われて不調になったことに加えて晩年は明らかな精神不良に見舞われると。使用人たちすら恐怖するその変貌が如何なるものだったのかは分からないけれど、相当異常な様子だったということ。
52
あなたにおすすめの小説
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる