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第三章 南の楽園マリソル
34.悪役令嬢は精神魔法を見る
しおりを挟む顔を上げて気付いたことだけど、男は一人ではない。
私がぶつかった男は両脇にこれまた同じような悪人面のガタイが良い男を引き連れている。アビゲイルは治安が良いって書いてあったのに、と内心文句を言いながら、どうやら転生してから何度目かのピンチに陥っていることを理解する。
喋りたくても口を覆うゴツゴツした手は退いてくれる気配はないので、目だけで男たちを睨み付けた。王室が寄越した追手なのだろうか。それにしては随分とガラが悪い。単純に運悪く当たり屋に目を付けられただけ?
「こいつ、この状況で睨んでやがる。俺たちだって雇われて来てんだ。タダで帰れると思うなよ」
「……ンン!」
「アリシア・ネイブリーはメデューサみたいに頭に蛇を飼ってると聞いたが、どこに隠してんだ?」
「ンッンーー!」
男たちの馬鹿げた質問に反抗するために首を振ったが、乱暴に髪を掴まれて通りに横倒しにされた。運悪く通行人が途切れて辺りは静まり返っている。誰かが居合わせても、こんな状況では声を掛けては来ないだろう。
どうしよう。
鼻から吸い込んだ冷たい空気が喉の奥を刺激する。いっときの感情で酒場に来てしまったからこんなことになったの?でも、彼らは雇われたと言っていた。私の名前を知っているということは、アリシアの知り合いの誰かだろうか。
「お前が好き勝手に生きていたら都合が悪い人間が居るってことだ!悪女らしくさっさとくたばれ!」
「………っ!」
飛んできた平手打ちに思わず目を閉じる。
「いってぇ!お前何してんだよ!」
「っはぁ!?なにってお前こそ俺をぶったな!」
床に手を突いたまま、恐る恐る目を開けると、私に手を上げようとした男とその脇を固めていた別の男が睨み合っていた。痛そうに頬を押さえているから、どうやら内輪揉めだろうか。
どうして急に、と訝しみながら見ていると人気が途絶えた路地からスッとローブを羽織った男が現れた。こちらのことなど気にする素振りもなく真っ直ぐに突き進んで来る。取っ組み合いを始めそうな男たちも面食らった顔でそちらを見た。
「おいおい、取り込み中だぞ!何の用だ!?」
苛ついた様子で男の一人は威嚇するように大声を出す。フードを深く被ったマントの男は、右手を高く上げて人差し指でくるりと円を描いた。
その瞬間、青い炎が男たちの額に浮かび上がる。誰も何も喋らなかったから時間が止まったのかと錯覚した。男たちは目の中にハッキリとした恐怖を映して口を中途半端に開いて固まっている。その様子を見るに、彼らは喋らないのではなく、喋ることが出来ないのだと察した。
「誰に言われて来た?」
「うぅ……っ」
「なるほど。自白は出来ないようだな、仕方ない」
「………っひぃ!」
「君たちは何も見ていない。アリシア・ネイブリーを見つけることは出来なかった」
フードの男は淡々と言葉を発する。
私はその声に聞き覚えがあった。
「もう一度繰り返そう。君たちは何も見ていない、目的は達成できなかったんだ。元の場所へ帰れ」
「………あ、ああ」
男たちの額に浮かんだ炎が消えて、虚ろな目をした三人の賊たちは路地裏からゆっくりと歩き去って行く。まるで別人のように、もしくは夢に浮かされたようなその姿を私はただ驚きの表情で見送った。
私が殴られなかったのはこの男が使った補助魔法のせいだろう。私と賊の一人の位置替えを行ったのだ。それよりも見過ごすことが出来ないのは、先ほど目撃した青い炎。
額に浮かぶ青い炎は記憶操作の魔法。
記憶を操る精神魔法は、禁忌だったはず。
「……どういうおつもりですか、エリオット様?」
闇に溶けるような黒いマントの下から金色の髪が覗く。エリオット・アイデンは私の瞳を見据えて小さく息を吐いた。
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