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第五章 祈りの王都ダナ
66.悪役令嬢は闇を睨む
しおりを挟むどれぐらい時間が経ったのだろう。
暗く湿っぽい地下の部屋には窓がないため時間が分からない。まだ夜なのかもしれないし、もしかすると日が明けて朝になっているのかも。
ドレスを着るために付けたコルセットが腰をぎゅうぎゅうと締め付けて痛い。誰とも踊らず、広間の滞在時間も随分と短かったから、私の晴れ姿を見た人はきっと少ないだろう。
(お腹が空いた……)
頭の中で思い出すのはサバスキアで会ったイグレシアの言葉。私はきっと彼女が指摘したように大層な甘ちゃんだったのだろう。性善説を唱える平和主義者で、神様も驚くほどの能天気なお人好し。
リナリーに先手を打たれた。
先手というか、彼女が思い描いていた内容がただ実現されただけ。リナリーの目的はエリオットと結ばれて王太子妃になることだと思っていたから、エリオットの心が何故か私に向いていると聞いて戸惑った。しかし、リナリー自身それを知ってもそんなにダメージを受けていないようだったので、私は幾分か安心したのだ。
しかし、どうやら彼女はより深く計画を練っていたようで。
なるほど確かに王妃の命を救って国王に気に入られればリナリーのポイントは急上昇する。加えて王妃を危険に陥れた罪をアリシアに被せれば、あら不思議、邪魔な女を確実に再退場させることが可能というわけ。
「うーん…完全にやられちゃったわ。どうしよう…」
独り言もこんな場所で吐くと弱音に聞こえる。
暗い部屋の中で、私は座り込んで膝を抱えた。自分の服が擦れる音とかすかな溜め息。あとは何も聞こえない。草木も眠ったように静かなこの部屋で、私はこれからいったいどれだけの時間を過ごせば良いのだろう。
この世界に来てすっかり忘れていた。
一人はこんなにも孤独だということ。
ネイブリー伯爵家には両親が居て、もしかすると私に対して好意的ではなかったかもしれないけれどサラも居た。逃げ出した後に転がり込んだニケルトン侯爵家ではグレイやマグリタ、双子の子供たちといった温かい家族が私を出迎えてくれた。
一人でマリソルに渡ったあとも、ニコライと出会い、ルイジアナの家を訪れることが出来た。あの場所の人は皆、私のことを温かく包んでくれた。太陽のようなその優しさが眩しくて、嬉しかった。
そして、ペコロス。中身がエリオットだと分かって思い返せば、彼はニコライに対して変に噛み付いたり、可愛げのない態度を取ったりと大忙しだった。重たくて移動に困ることもあったけれど、目を閉じて眠りに落ちる前に感じるあの柔らかな体温が私は好きだった。
私は、たしかに一人ではなかった。
手を伸ばせばそこに人が居て、歩くとき、笑うとき、美味しいものを食べるとき、その気持ちを分け合うことができた。あまりに自然にその特権を享受していたから、すっかり忘れてしまっていたのだ。
一人は寂しくて悲しい。
そんなこと、今までの私はよく知っていたのに。
月曜日から金曜日までを延々と繰り返す。味のしないご飯を食べて満員電車に詰め込まれる。ひたすら機械と向き合って、誰のためなのか分からない仕事をこなして、くたくたになって帰った先に待つのは真っ暗な部屋。
「………忘れてたみたい、」
冷たい涙が頬を伝って落ちてきた。
こんな孤独の中でアリシアは死んだ。魔力も、確かな意思も、最愛の婚約者も、すべてを奪われて一人で。
思い出すのは今日、少しだけ垣間見た夢。青い蝶に囲まれて静かに眠っていたアリシア・ネイブリー。蝋人形のように生気のない顔に痩せ細った手足。
最後は大円団なんて、甘い考えはどうやら許されないようだ。リナリーとの関係を改善した上でアリシアの人生の継続を保証すること。両方は無理なのだと今なら理解できる。
絶体絶命、そんなことは分かっている。
だけれど、このままでは終われない。
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