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SbM
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「四犀会の爆破事件のほうは、そのデータか?」
「そっちは、ウイルスみたいなもん。同じく2分ほどで刷り込みが完了する光の点滅を事務所内のPCで開かせたら、後はデスクトップだろうがどこだろうが、2分見ていれば刷り込みは完了するよ。
ただし、それだけじゃなくて、このウイルスは感染するから。構成員のスマホに感染して広がるようにできてる。でも、こっちの刷り込みには解除キーが一緒についていて、一定時間指令が届かないと勝手に消えるようにできてる。下手すると、一般人のスマホに感染が広がる事がないとも限らないからね。
その上で、指令は構成員のみがみられるようにした。最初に逃げ出させた戦技研の職員にこっちは感染しない指令のデータを持たせて、時間差で渡させるようにしたんだよ。
職員は殺される可能性もあったけど、それでも、持っているデータは調べるだろ? とくに指令の方のデータなら、自分たちがまさか刷り込み完了していると気づかない人間だったら、不用意に見る可能性が高い。
この催眠療法の恐ろしさはそこにあるんだ。自分は催眠術にかかっているとは認識してない。それどころか、まわりの人間にもまったくそのそぶりは見えない。だから、自分が大丈夫だと誰も言えないし、逆に、安易に大丈夫だと考えてしまう」
一息にそこまで話して、スイはため息をついた。
その顔が、自分の知っているスイに戻っていることに、アキも気づいていた。
「誰にも気づかれず……それが本人であってもだ。ただ、自分自身が四犀会を壊滅させたいという衝動に駆られている。そう信じて行動する。結果が……これだ」
悪戯っぽい笑顔が消えて、真剣な表情になる。
「だから、あのデータは残しちゃいけない。全部片付けないと……君たちには助けられたから、残してあげたかったけど。君たちに渡したデータにも細工しておいたよ。
刷り込みデータは、四犀会に渡したものと似てるけど、ウイルスはなし。それから、ファイルを1度開いて30分経過したら、消えるようにしておいた。
これは、賭けだったけど、アキ君の言った大学生が始めに確認するはずだと思ってた。アキ君がそうしなかったように、この催眠療法のことを知っている人間は、データを見ることを嫌がるはずだと思ったから。だから、彼だけが感染するように考えて、指令も決めた」
諦めが浮かんでいると思っていた翠の瞳がまっすぐアキを見ている。
やっぱり、別の人なんじゃないかと、アキは思う。
「データを消去した上で、すべての記憶を封印する」
戦技研や、四犀会に対してしたような苛烈な仕返しに比べると、それは甘いように思えた。
確かに、公安の連中は自分たちも含めて、彼に積極的に何かをしたわけではない。しかし、例の大学生はどうだ。金欲しさに犠牲が出るのも厭わなかった男。全ての元凶で、結局スイがあんな目に会ったのも元をただせばあの大学生のせいともいえる。
それは許すというのか。
「どうして?」
ただそれだけを聞いたのに、全部分かっているといったようにスイは苦笑いを浮かべた。
「……もし、君たちが確認したら……困るから」
なんだか、泣きだしてしまいそうに顔をくしゃっと歪ませてスイが笑う。
「奢る約束したし」
あれは、約束だっただろうか。ただ、ユキが勝手に言っただけだった気がする。そう言おうと思ったがやめた。その言葉を最後に、次に繋げる言葉を必死で探して、それでも見つからないスイが少しだけ切なくなったから。
この悪魔的に頭の切れる魔法使いは、しかし、気に入った相手に“友達になってほしい”と伝える方法も、助けてもらった感謝を素直に伝える方法も知らないのだ。あまりに長く独りでいすぎたせいで。
「じゃ、焼肉で!」
突然横から響いた声にアキもスイもそちらを見て、きょとんとした。
「え? なに? 奢ってくれるんだろ?」
ユキが満面の笑顔で言う。今までの流れを本当に聞いていたんだろうか?と頭を抱えたくなる。
「……うん」
でも、つられて、スイも笑顔になった。今度は泣きそうに歪んだ笑顔ではない。どこかほっとしたような笑顔だった。
「そいつ……めっちゃ食うよ?」
だから、アキも自然に笑えた。
「え?」
アキの一言にスイが固まる。それを見てまた二人で笑う。
なんだか、こんな日がいつまでも続いていくような気がする。
そんな朝の出来事だった。
「そっちは、ウイルスみたいなもん。同じく2分ほどで刷り込みが完了する光の点滅を事務所内のPCで開かせたら、後はデスクトップだろうがどこだろうが、2分見ていれば刷り込みは完了するよ。
ただし、それだけじゃなくて、このウイルスは感染するから。構成員のスマホに感染して広がるようにできてる。でも、こっちの刷り込みには解除キーが一緒についていて、一定時間指令が届かないと勝手に消えるようにできてる。下手すると、一般人のスマホに感染が広がる事がないとも限らないからね。
その上で、指令は構成員のみがみられるようにした。最初に逃げ出させた戦技研の職員にこっちは感染しない指令のデータを持たせて、時間差で渡させるようにしたんだよ。
職員は殺される可能性もあったけど、それでも、持っているデータは調べるだろ? とくに指令の方のデータなら、自分たちがまさか刷り込み完了していると気づかない人間だったら、不用意に見る可能性が高い。
この催眠療法の恐ろしさはそこにあるんだ。自分は催眠術にかかっているとは認識してない。それどころか、まわりの人間にもまったくそのそぶりは見えない。だから、自分が大丈夫だと誰も言えないし、逆に、安易に大丈夫だと考えてしまう」
一息にそこまで話して、スイはため息をついた。
その顔が、自分の知っているスイに戻っていることに、アキも気づいていた。
「誰にも気づかれず……それが本人であってもだ。ただ、自分自身が四犀会を壊滅させたいという衝動に駆られている。そう信じて行動する。結果が……これだ」
悪戯っぽい笑顔が消えて、真剣な表情になる。
「だから、あのデータは残しちゃいけない。全部片付けないと……君たちには助けられたから、残してあげたかったけど。君たちに渡したデータにも細工しておいたよ。
刷り込みデータは、四犀会に渡したものと似てるけど、ウイルスはなし。それから、ファイルを1度開いて30分経過したら、消えるようにしておいた。
これは、賭けだったけど、アキ君の言った大学生が始めに確認するはずだと思ってた。アキ君がそうしなかったように、この催眠療法のことを知っている人間は、データを見ることを嫌がるはずだと思ったから。だから、彼だけが感染するように考えて、指令も決めた」
諦めが浮かんでいると思っていた翠の瞳がまっすぐアキを見ている。
やっぱり、別の人なんじゃないかと、アキは思う。
「データを消去した上で、すべての記憶を封印する」
戦技研や、四犀会に対してしたような苛烈な仕返しに比べると、それは甘いように思えた。
確かに、公安の連中は自分たちも含めて、彼に積極的に何かをしたわけではない。しかし、例の大学生はどうだ。金欲しさに犠牲が出るのも厭わなかった男。全ての元凶で、結局スイがあんな目に会ったのも元をただせばあの大学生のせいともいえる。
それは許すというのか。
「どうして?」
ただそれだけを聞いたのに、全部分かっているといったようにスイは苦笑いを浮かべた。
「……もし、君たちが確認したら……困るから」
なんだか、泣きだしてしまいそうに顔をくしゃっと歪ませてスイが笑う。
「奢る約束したし」
あれは、約束だっただろうか。ただ、ユキが勝手に言っただけだった気がする。そう言おうと思ったがやめた。その言葉を最後に、次に繋げる言葉を必死で探して、それでも見つからないスイが少しだけ切なくなったから。
この悪魔的に頭の切れる魔法使いは、しかし、気に入った相手に“友達になってほしい”と伝える方法も、助けてもらった感謝を素直に伝える方法も知らないのだ。あまりに長く独りでいすぎたせいで。
「じゃ、焼肉で!」
突然横から響いた声にアキもスイもそちらを見て、きょとんとした。
「え? なに? 奢ってくれるんだろ?」
ユキが満面の笑顔で言う。今までの流れを本当に聞いていたんだろうか?と頭を抱えたくなる。
「……うん」
でも、つられて、スイも笑顔になった。今度は泣きそうに歪んだ笑顔ではない。どこかほっとしたような笑顔だった。
「そいつ……めっちゃ食うよ?」
だから、アキも自然に笑えた。
「え?」
アキの一言にスイが固まる。それを見てまた二人で笑う。
なんだか、こんな日がいつまでも続いていくような気がする。
そんな朝の出来事だった。
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