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L's rule. Side Hisui.
断ち切りたいのは過去という鎖です 4
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「その日は俺の誕生日の前日で、タイトさんは俺を“明日はリサと過ごすんだろうから、今日食事にでも行こう”って呼び出して……その間にリサが殺された。家の異常に気付いて帰った俺も撃たれて、意識が戻ったのは何週間も後だった」
あの日の、リサの姿が脳裏に浮かぶ。
めちゃくちゃに犯されて、何発も銃弾を撃ち込まれて、それでも彼女は生きていて、自分に何かを言っていた。彼女が、何と言っていたのか、目覚めた後も思い出せなかった。
いや、思い出したくなかっただけかもしれない。
「その時は、タイトさんがリサを殺したなんてとても思ってなかったよ。仲がいい兄妹だって、思ってた」
リサは言っていたのだ。確かにスイは聞いた。
タイトを信じないで。
と。
「意識が戻ってから、家の監視カメラの画像が改竄されていることに気付いた。PCってさ。データを完全に消去するのってかなり面倒なんだよ。だから、そのデータを見るのは俺には簡単だった。
事実に気付いた俺を……」
そこで、言葉を区切る。
酷い吐き気がする。
肩も、指先も、震えが止まってくれない。
寒くて、寒くて、凍えそうだった。
「スイさん。辛いなら……も」
アキが肩を抱いてくれる。その温かさだけが救いだと感じる。
「だめだよ。ちゃんと……言わないと。多分終わらない」
だから、その温かさに勇気をもらって、スイは言った。
今、しっかり話しておかないと、多分、自分はだめになると思う。今は良くても、この先絶対にアキにも、ユキにも触れることができなくなると思う。そして、触れられないことに、耐えられなくなる時が来ると思う。
それが怖い。
そんなのは嫌だ。
「……俺は、それから2カ月近く、そのまま病院で監禁されてた。逃げられないように、血液をギリギリまで抜かれて。動けないようにされて……その間……タイトさんに好きなようにされてた。だから、未だに病院が怖い……」
大丈夫。
大丈夫。
自分ではない。他人のことだと、遠い話だ。
と、自分自身に言い聞かせる。
でも、口に出すと、目の前にその時の、気持ちの悪い感触も、聞こえた音も声も、薬品の匂いも、唾液に混じる血の味さえも、鮮明に思い出されてくる。
心の蓋を閉じて、過去に侵食されないようにしておかないと、溢れ出したら耐えられそうになかった。
「スイさん」
アキが何か言っている。でも、その声が遠い。
「……変な薬使われて……嫌なのに、身体だけ拓かれて……その度に吐いたけど……点滴で生かされてさ。
信じられるか……? それでもあの人は“あいしてる”って言うんだ……泣きながら何度“やめて”って懇願しても、まるで聞こえてないみたいに……っ」
その人の吐息交じりの“愛している”の言葉。
靄のかかったような視界が身体を揺さぶられるたびに揺れて、涙が飛び散る。
自分は確か、やめて。と。何度も言った。
でも、身体だけは、その人の望み通りの反応を返していたのだ。
だから、やめてと、何度繰り返しても、その行為が止むことはなかった。
「スイさん。もういいから」
アキが何を言っているか聞こえない。
かわりに聞こえる足音。怖かった。気持ち悪かったと、どんないいわけをしても、分かっている。確かに自分はそこに快楽を見出していた。
「あの人の足音がこわくて……その音が聞こえると、自分が自分でないみたいになって……嫌なのに……気持ち悪いのに……感じて……」
たとえ、気持ちが伴っていなかったとしても。
「やめろ!」
アキの声にはっとする。揺れる視界の中に、その人の顔を見つけて、その顔があんまり切なそうで、そうさせてしまっているのが自分だと気付いて、スイは声を押し殺して涙を零した。
「も、わかったから。もういい」
アキが抱き締めてくれる。
どんなに嫌な思いをしたのだろう。愛していると告げた相手がこんな話をして、傷つかないわけがない。自分が救われたい一心で、アキを傷つけてしまった。
やっぱり、言わなければよかったのだろうかと、後悔が心を過る。
「そんなふうに俺の大切な人を傷つけないでくれよ」
それでも、アキはまだ大切だと言ってくれた。大切なものを守るように優しく抱きしめてくれた。それだけで、重く絡みつく鎖のような過去が少しだけ軽くなった気がした。
それから、そんなふうに自分の恥ずかしい場所を許してくれる、アキが堪らなく好きだと思う。
「ごめん……だから……今も……怖いんだ。触れられること……。
でも、初めて本当に……好きになったアキ君……なら、きっと大丈夫だって、思った。……ごめん。俺、こんなんで、ごめん。過去をなかったことにしたくて……君を傷つけた」
アキを離したくない。
このまま。アキの優しさに甘えて、身体を繋げられない自分から、アキが離れていくのが怖い。いつかみたいに、アキが他の人を抱くなんて想像するのも嫌だ。
「……でも。俺、いつまでも、こんなことに……囚われていたくない……。だから。アキ君。お願いがあるんだ」
自分はもう、その人のものになると決めた。
だから、今日がいい。
スイは思う。
明日でなく、いつかでなく、今、過去は過去にしてしまいたい。
アキと、ユキと、この先の未来を生きるためにアキに。他の誰でもなくアキに力を貸してほしい。
それが彼自身を傷つけることになるなら、一生をかけてでも償うから、今、アキと繋がる幸せを思い出させてほしい。
想いを込めてスイはその赤い瞳を見つめていた。
あの日の、リサの姿が脳裏に浮かぶ。
めちゃくちゃに犯されて、何発も銃弾を撃ち込まれて、それでも彼女は生きていて、自分に何かを言っていた。彼女が、何と言っていたのか、目覚めた後も思い出せなかった。
いや、思い出したくなかっただけかもしれない。
「その時は、タイトさんがリサを殺したなんてとても思ってなかったよ。仲がいい兄妹だって、思ってた」
リサは言っていたのだ。確かにスイは聞いた。
タイトを信じないで。
と。
「意識が戻ってから、家の監視カメラの画像が改竄されていることに気付いた。PCってさ。データを完全に消去するのってかなり面倒なんだよ。だから、そのデータを見るのは俺には簡単だった。
事実に気付いた俺を……」
そこで、言葉を区切る。
酷い吐き気がする。
肩も、指先も、震えが止まってくれない。
寒くて、寒くて、凍えそうだった。
「スイさん。辛いなら……も」
アキが肩を抱いてくれる。その温かさだけが救いだと感じる。
「だめだよ。ちゃんと……言わないと。多分終わらない」
だから、その温かさに勇気をもらって、スイは言った。
今、しっかり話しておかないと、多分、自分はだめになると思う。今は良くても、この先絶対にアキにも、ユキにも触れることができなくなると思う。そして、触れられないことに、耐えられなくなる時が来ると思う。
それが怖い。
そんなのは嫌だ。
「……俺は、それから2カ月近く、そのまま病院で監禁されてた。逃げられないように、血液をギリギリまで抜かれて。動けないようにされて……その間……タイトさんに好きなようにされてた。だから、未だに病院が怖い……」
大丈夫。
大丈夫。
自分ではない。他人のことだと、遠い話だ。
と、自分自身に言い聞かせる。
でも、口に出すと、目の前にその時の、気持ちの悪い感触も、聞こえた音も声も、薬品の匂いも、唾液に混じる血の味さえも、鮮明に思い出されてくる。
心の蓋を閉じて、過去に侵食されないようにしておかないと、溢れ出したら耐えられそうになかった。
「スイさん」
アキが何か言っている。でも、その声が遠い。
「……変な薬使われて……嫌なのに、身体だけ拓かれて……その度に吐いたけど……点滴で生かされてさ。
信じられるか……? それでもあの人は“あいしてる”って言うんだ……泣きながら何度“やめて”って懇願しても、まるで聞こえてないみたいに……っ」
その人の吐息交じりの“愛している”の言葉。
靄のかかったような視界が身体を揺さぶられるたびに揺れて、涙が飛び散る。
自分は確か、やめて。と。何度も言った。
でも、身体だけは、その人の望み通りの反応を返していたのだ。
だから、やめてと、何度繰り返しても、その行為が止むことはなかった。
「スイさん。もういいから」
アキが何を言っているか聞こえない。
かわりに聞こえる足音。怖かった。気持ち悪かったと、どんないいわけをしても、分かっている。確かに自分はそこに快楽を見出していた。
「あの人の足音がこわくて……その音が聞こえると、自分が自分でないみたいになって……嫌なのに……気持ち悪いのに……感じて……」
たとえ、気持ちが伴っていなかったとしても。
「やめろ!」
アキの声にはっとする。揺れる視界の中に、その人の顔を見つけて、その顔があんまり切なそうで、そうさせてしまっているのが自分だと気付いて、スイは声を押し殺して涙を零した。
「も、わかったから。もういい」
アキが抱き締めてくれる。
どんなに嫌な思いをしたのだろう。愛していると告げた相手がこんな話をして、傷つかないわけがない。自分が救われたい一心で、アキを傷つけてしまった。
やっぱり、言わなければよかったのだろうかと、後悔が心を過る。
「そんなふうに俺の大切な人を傷つけないでくれよ」
それでも、アキはまだ大切だと言ってくれた。大切なものを守るように優しく抱きしめてくれた。それだけで、重く絡みつく鎖のような過去が少しだけ軽くなった気がした。
それから、そんなふうに自分の恥ずかしい場所を許してくれる、アキが堪らなく好きだと思う。
「ごめん……だから……今も……怖いんだ。触れられること……。
でも、初めて本当に……好きになったアキ君……なら、きっと大丈夫だって、思った。……ごめん。俺、こんなんで、ごめん。過去をなかったことにしたくて……君を傷つけた」
アキを離したくない。
このまま。アキの優しさに甘えて、身体を繋げられない自分から、アキが離れていくのが怖い。いつかみたいに、アキが他の人を抱くなんて想像するのも嫌だ。
「……でも。俺、いつまでも、こんなことに……囚われていたくない……。だから。アキ君。お願いがあるんだ」
自分はもう、その人のものになると決めた。
だから、今日がいい。
スイは思う。
明日でなく、いつかでなく、今、過去は過去にしてしまいたい。
アキと、ユキと、この先の未来を生きるためにアキに。他の誰でもなくアキに力を貸してほしい。
それが彼自身を傷つけることになるなら、一生をかけてでも償うから、今、アキと繋がる幸せを思い出させてほしい。
想いを込めてスイはその赤い瞳を見つめていた。
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