悪魔に捧げた願い

さき

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知らされる真実。

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◆◇◆

 その日の夜、スザンヌ邸の応接間には、怒りに満ちた声が響いていた。

「どうしてなの!? どうして王子さまは、ねえさまのことばっかり気にするのよ!」

 アンナが椅子の上で身をよじりながらわめく。まだ幼いとは思えないほどの、嫉妬と焦りに満ちた瞳。頬は真っ赤に膨れ上がっていた。

「リオネルさまは、あたしのものなのよ! ママもそう言ってたじゃない!」

「言ったでしょう、アンナ。王子様は“あなたの伴侶”になるわ。だから、子どものように大声をあげるのはやめなさい」

 レネリアは静かにカップを置き、優雅な所作のまま娘を窘めた。

 だが、アンナは興奮したまま、泣きそうな声で叫ぶ。

「でもっ、リオネルさまはねえさまの話ばっかりするのよ! このままじゃ、ねえさまが選ばれちゃうわ!」

「……そんなことは、ありえないわ」

 レネリアの声が、僅かに鋭さを帯びる。

「あの子は、いずれ“いなくなる”のよ」

「えっ……?」

 アンナの表情が、目に見えて凍りついた。

「レネリア、それ以上はまだ……」と父が言いかけたが、レネリアはそれを無視するように続けた。

「いいえ。もう、この子たちにも知るべき頃でしょう」

 その瞬間、応接間の扉の横にいたレオンが、低く唸るような声を上げた。

「……何の話だ」

 沈黙。空気が一気に凍る。

 レネリアが顔を向けると、レオンは怒りを押し殺したまま拳を握って立っていた。

「ずっと疑問だった。どうしてフィーナだけが、あんなに冷たく扱われるのか。……この前だってそうだアンナがフィーナを叩くのを見て、はっきり思った。どうして、誰も止めないんだ……!」

「兄様……」とアンナが呟いたが、レオンは彼女を見なかった。

「どうして、フィーナだけが、こんな扱いを受けるんですか!」

 レネリアはゆっくりと椅子から立ち上がり、レオンとアンナに視線を落とす。

「アンナ、レオン……座りなさい」

 レオンは口を結んだまま腰を下ろし、アンナは少し不安そうに母の顔を見つめながら席に戻った。

 レネリアは一呼吸おいてから、言った。

「――あの子は、ある意味“特別”なのよ。だから、普通に扱うわけにはいかないの」

「……特別?」

 レオンが眉を寄せ、アンナも目を丸くする。

「フィーナには、“役目”があるの。スザンヌ家の血が入ってようが貴方たちとは違う、“別の立場”で生まれてきた子」

「どういうこと……?」アンナが首をかしげる。

「あなたたちが理解できる範囲で言うなら……フィーナは、“贄”として生まれた子よ」

 その言葉に、二人は凍りついた。

「“いずれ消える運命にある”子。そのために育てられてきたの。だから名も、存在も、目立たぬように……」

「そんなの……!」レオンが椅子をきしませて立ち上がる。

「ふざけるな! フィーナは俺の妹だ! “贄”だなんて、そんな……!」

 だがレネリアは、静かに、しかし容赦なく言葉を重ねた。

「あなたたちの前では、なるべく伏せてきた。でももう、これ以上隠すことはできない」

 アンナは唇を震わせたまま、震える声で問う。

「ねえさま……いなくなるって、ほんと……?」

「そうよ。王子の婚約者になることも、“絶対に”ない。あの子の未来はもう決まっているの」

 一瞬、沈黙が落ちた。だが次に響いたのは、思いがけず弾んだ声だった。

「そっか……! じゃあ、リオネルさまはやっぱりわたしのものなんだ!」

 アンナはぱあっと表情を明るくし、跳ねるように立ち上がった。

「ねえさま、いなくなるんでしょう? よかった……!」

 その無垢な喜びは、レオンの胸に鋭く突き刺さった。

 ガタン、と音を立てて椅子を蹴る。

「おまえ……ッ!」

「レオン!」

 レネリアが鋭く名を呼ぶ。レオンは振り返ることもせず、唇をかみしめた。

「……どうして……どうして、そんな……!」

 レネリアは目を細め、冷たい声で言った。

「このことは、一族の秘密よ。絶対に誰にも話してはなりません。特に――本人には、絶対に気づかれてはならない」

「……!」

「これは決まり事。わたくしと、そしてお父様も、先代からずっと言われてきたの」

「でも……!」

「レオン」

 その声は硬く、拒絶をはらんでいた。

「あなたが感情的になるのはわかるけれど、これは“家の決定”なのよ。背いてどうにかなることではない。それに貴方たちがもっと大きくなればわかるだろうけど、我が家の地位さえも全てそうした犠牲があってこそなのよ」

「…………」

 レオンは拳をぎゅっと握りしめたまま、立ち尽くしていた。

 そして、何も言わず、部屋を出た。

 その背中は、どこまでも呆然としていて――けれど、真っすぐに“ある場所”へと向かっていた。

 

◆◇◆

 

『おい、フィーナ』

 ディアブロの声が、甘く耳奥に囁く。

『今、あいつらにバレたぞ。“お前が贄だってこと”。まあ全部じゃねぇけどな』

(とうとうか…)

『レオンの方はガチ揺れしてる。今、こっちに向かってるぜ。涙目で』

 フィーナは、静かに手鏡を伏せ、ベッドの縁に腰を下ろした。

 わずかに笑みを浮かべながら、髪を整える。

(さて……どう出ようかしら)

『まさか泣きつくか? それとも、問い詰めてくるか? ……どっちでもいいけどよ、楽しみだな。なぁ、フィーナ』

「……ええ。可哀想な兄様。今、知ってしまったのね」

 その声は、優しげで、残酷だった。

(どうしたらもっと深く、私に縋るようになるかしら)

『ほら、そういう顔するから俺がゾクゾクしちまうんだろうが』

 静かな部屋の扉の向こう――もう、すぐそこまで“足音”が近づいていた。

 

◆◇◆

 

 コン……と、控えめなノックの音が響く。

「フィーナ……入ってもいいか?」

 レオンの声。どこか弱く、張り詰めた糸のような響き。

 フィーナはゆっくりと立ち上がり、扉の前で一瞬、目を伏せた。

(――さて、ここからが本番よ)

 次の一手は、わたしの心をさらに深く、確実に“支配”するためのもの。

 扉が、音もなく開いた。

「……兄様?」

 フィーナは、少し驚いたふりをしながら、優しく微笑んだ。

 涙を隠すように視線を伏せるレオンの姿が、そこにあった。
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