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よんじゅうきゅう。 最終話
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オリソン国に来て一年半。
ひたすら前だけを見て生きてきた。
振り返ることはなかった。
だけど一度くらい立ち止まってみてもいいかもしれない……そう思った。
イアン様に相談したら夏季休暇としてひと月ほど休みをもらった。
自動車と汽車を乗り継いで久しぶりに国へと帰った。
変わらぬ景色に胸を撫で下ろした。
やっぱりこの国は生まれ故郷なんだ。懐かしくて…そう思うだけで泣きそうになった。
駅に兄様が迎えにきてくれた。
「兄様!お久しぶりです」
「何が久しぶりだ!全く帰ってこないから心配したよ」
「ごめんなさい、毎日忙しくて気がついたら時間があっという間に過ぎていました」
「元気だったかい?」
「はいっ!毎日が充実していました。みんないい人ばかりで楽しい日々でした」
「顔を見たらわかるよ。幸せになってくれたんだったらそれで十分だよ」
ーーーそんなに顔に出てる?
「兄様、早速ですが前公爵夫婦にお会いしたいのですが、会うことはできますか?」
「うーん会うことは出来るよ……ただカレンが覚えている時のあの人達とは違う……ショックを受けるかもしれないよ」
「わたしもう二度と会わないと思っていました。だけど避けて逃げるのではなくて、ちゃんと向き合って、そして会うか会わないか決めたい」
「僕的にはお勧めしないけど確かに君の場合は向き合うことが自身のためになるのかもしれないな」
「じゃあ、すぐにでも?」
「気が早過ぎ!あとでキースに明日手配するように言うから待ってて」
「わかったわ、お願いします」
「今日はあの以前住んでた家ではなく屋敷に帰るからね」
「………久しぶりだわ」
ーーーもう二度とあの屋敷に足を踏み入れることはないと思っていた。
「キースやエマは元気かな?」
馬車の中でボソッと呟くと、「置いて行かれて寂しそうだったよ、二人はついて行くつもりだったからね」と兄様が言った。
「二人の人生をダメにすることはできないわ、公爵家で働けば一生困ることがない給金と使用人としてもそれなりの地位をもらえるもの。わたしと一緒にきたら、必死で働いてもかなり収入が減ってしまうわ。そんなにお給料払えないもの」
「君は公爵令嬢であることは変わらない。二人とも君について行っても収入も公爵家の者としての地位も変わらないよ」
「わたしは……兄様にミラー家とは縁を切りたいと言ってなかったかしら?」
「うん?そんな話をしたかな?」
「兄様、わたしはオリソン国で一生を送るつもりです。なので…………「僕から妹を奪うの?僕の妹は君だけなんだよ?」
「…………兄様」
兄様が本気で怒っていた。ううん、悲しそうだった。
わたしはこの国の思い出は全て切り捨てればそれでいいと思っていたけど、捨てられてしまった兄様にとっては本当は辛いものなのかもしれない。
エマやキースも?
わたしは人の心がわからないのかも……
無言のまま屋敷へと着いた。
馬車を降りるとエマが走ってきてわたしに抱きついた。
「カレン様っ!元気でしたか?食事はきちんと摂っていますか?一人暮らしをしていると聞きました。どうしてわたしを連れて行ってくださらないのですか?ずっとずっと心配していました」
そう言ってわんわん泣く姿を初めて見た。
「エマごめんなさい……心配かけて……」
わたしの肩をポンっと叩いて「わかっただろう?」と兄様は言うと、今度はおでこをピシッと指で弾いた。
「い、痛っ!」
「みんなを心配させた罰だよ」
兄様はそう言ってククッと笑った。わたしのおでこはほんのりと赤くなった。初めての痛みだったけど兄様曰く「軽くしかしていないよ」らしい。
「今日の夕食は料理長がカレンの好きなものだけを用意してくれてるはずだから、楽しみにしていてね」
赤くなったおでこを摩りながら「はい」と言って屋敷の中に入った。エマはずっとそばから離れようとしなかった。
キースも仕事を終えて離れないエマを連れ戻しにやってきた。
「エマ、いい加減にカレン様から離れろ!」
「やだよ!離れたらカレン様がいなくなっちゃうかもしれないじゃない!」
「ひと月はこの国で過ごすと言っていただろう?」
「じゃあひと月ずっとカレン様のそばにいるわ」
「エマ、心配ばかりさせてごめんなさい。わたしひと月の間、時間が許す限りエマといるから」
「ほんとですか?」
「ええ、約束よ」
次の日キースが療養施設へと連れて行ってくれた。もちろんそばにはエマも。
そこに居たのはまだ40歳を過ぎたばかりのお二人なのに、そうは見えない姿をしていた。どう見てももっと老けていた。
近くまで行くとわたしの顔を見て怯えた顔をしたお母様……そして苦しそうな顔をしたお父様。
「近くに来ないで」その辺にあった物をわたしに向けて投げつけるお母様。だけど力なくわたしには届かなかった。
それを見てお父様は「やめなさい」とお母様を止めていた。
「どうして貴女がわたしの前に現れるの?わたしをこれ以上苦しめないで!あんたなんか要らない!キャサリンに会いたい」
そう言って泣き出した。
「カレン様、帰りましょう」
エマがここにいる必要はもうないと言って帰るように言いだした。
だけど首を横に振り、二人に近づいた。
「お久しぶりです。わたしは……夫人を苦しめるつもりはありません」
優しく話しかけた。
「ほんと……なの?わたしをずっとここに閉じ込めて意地悪をするのでしょう?わたしが………娘を愛せないから……でも仕方ないの。だって娘はお義母様に似ているんだもの。わたしのこと嫁として認めてくれないしいつも意地悪ばかり。わたしは夫と真実の愛で結ばれたのよ?ねっ?貴女にはわかるわよね?」
わたしをカレンとして見ているのかそれとも今は気づいていないのか……夫人は昔話をした。
どれだけ二人は愛し合っていたのか…キャサリンをどんなに娘のように思っているのか……
ショックは受けなかった。やはりこの人はお母様……ではなく夫人なんだ。
お父様はそんな夫人の肩を優しく抱き寄せた。
「すまないが私達夫婦は君と話すことは何もない」
そう言って背を向けて離れて行った。
「………帰りましょう」
怒鳴られはしなかった。文句も言われなかった。だけど、拒絶された。
これが答えなら……来なければよかった。兄様の言う通り会わなければよかった。
部屋を出る時振り返らなかった。
だけど……お母様の泣いている声が聞こえた。
「カレン……ごめんなさい」と。
これはわたしが二人を切り捨てるためにした行動だとわかっていた。
だって二人の目は悲しそうで……辛そうだったから。だから、その気持ちを受け入れた。
「さよなら」わたしは振り返らなかった。
エマとキースは何も言わずにいてくれた。いつも辛い時、悲しい時二人が居てくれる。
「ありがとう、やっと心残りだった二人のこと、心の整理がついたわ」
ーーー前を向こう。
そして、数日後、セルジオのもとへ顔を出すことが決まった。
正確にはオスカー殿下に会いに行くのだが。オリソン国の信書を手渡すために。
休みで帰るわたしにしっかり仕事もくださったイアン様に苦笑しつつも、セルジオに会えることを嬉しく思った。
こんな機会がなければ彼に会わずに帰ってしまっていただろう。会ったとしても話すことなく姿を見て終わったかな。
だけど今回だって絶対会えるとは限らない。話せるとも限らない。でも彼の姿を見ることができるかもしれない。
ドキドキしながオスカー殿下にお会いした。
側近としてセルジオは少し離れたところに立っていた。
「カレン久しぶりだね?」
「はいご無沙汰しております」
「信書は受け取ったから、仕事は終わり。ここからは友人として話そう」
「ありがとうございます」
幼い頃は友人として過ごしたけど、今は……友人というほど親しくないのに…と思いつつオスカー殿下と最近のことを話題にしてそれなりに話は弾んでいた。
それをセルジオは黙って見守っていた。
「カレン、今恋人は?好きな人は出来たの?」
なんでこんなことを聞くの?
オスカー殿下を思わず睨みつけた。
「いないなら僕が紹介してあげるよ」
「結構です。わたしは向こうの国では平民として暮らしております」
「うん?そうなの?でもこの国では公爵令嬢だよね?」
「………除籍されていませんでしたので」
ーーーわかってて言わないで!勝手に籍は抜けていると思ってたんだもの。
「だったら大丈夫だよね?セルジオ、カレンに誰か良い人いないかな?ベリーズ家?それともルロワール家?あとは………」
「ビスター家がよろしいかと」セルジオが表情を崩さず初めて声を出して答えた。
「……えっ?」初めてセルジオと目が合った。
「セルジオ・ビスターがカレン・ミラーに相応しいと思っております」
「だって、さ?カレンはどう思う?」
「………セルジオ・ビスターがわたしでもいいと言ってくださるなら……でもわたしは……オリソン国で………」
「それは大丈夫だよ。セルジオはオリソン国へ親善大使として行ってもらう予定だったからね。彼からの希望で、ねっ?セルジオ?」
「はい、オリソン国には愛する人が住んでいますから」
「わたしも………貴方を愛しております」
終わり。
読んでいただきありがとうございました。
前世の記憶や魅了なんて関係ないセルジオはずっとカレンだけを愛し続けていました。
ひたすら前だけを見て生きてきた。
振り返ることはなかった。
だけど一度くらい立ち止まってみてもいいかもしれない……そう思った。
イアン様に相談したら夏季休暇としてひと月ほど休みをもらった。
自動車と汽車を乗り継いで久しぶりに国へと帰った。
変わらぬ景色に胸を撫で下ろした。
やっぱりこの国は生まれ故郷なんだ。懐かしくて…そう思うだけで泣きそうになった。
駅に兄様が迎えにきてくれた。
「兄様!お久しぶりです」
「何が久しぶりだ!全く帰ってこないから心配したよ」
「ごめんなさい、毎日忙しくて気がついたら時間があっという間に過ぎていました」
「元気だったかい?」
「はいっ!毎日が充実していました。みんないい人ばかりで楽しい日々でした」
「顔を見たらわかるよ。幸せになってくれたんだったらそれで十分だよ」
ーーーそんなに顔に出てる?
「兄様、早速ですが前公爵夫婦にお会いしたいのですが、会うことはできますか?」
「うーん会うことは出来るよ……ただカレンが覚えている時のあの人達とは違う……ショックを受けるかもしれないよ」
「わたしもう二度と会わないと思っていました。だけど避けて逃げるのではなくて、ちゃんと向き合って、そして会うか会わないか決めたい」
「僕的にはお勧めしないけど確かに君の場合は向き合うことが自身のためになるのかもしれないな」
「じゃあ、すぐにでも?」
「気が早過ぎ!あとでキースに明日手配するように言うから待ってて」
「わかったわ、お願いします」
「今日はあの以前住んでた家ではなく屋敷に帰るからね」
「………久しぶりだわ」
ーーーもう二度とあの屋敷に足を踏み入れることはないと思っていた。
「キースやエマは元気かな?」
馬車の中でボソッと呟くと、「置いて行かれて寂しそうだったよ、二人はついて行くつもりだったからね」と兄様が言った。
「二人の人生をダメにすることはできないわ、公爵家で働けば一生困ることがない給金と使用人としてもそれなりの地位をもらえるもの。わたしと一緒にきたら、必死で働いてもかなり収入が減ってしまうわ。そんなにお給料払えないもの」
「君は公爵令嬢であることは変わらない。二人とも君について行っても収入も公爵家の者としての地位も変わらないよ」
「わたしは……兄様にミラー家とは縁を切りたいと言ってなかったかしら?」
「うん?そんな話をしたかな?」
「兄様、わたしはオリソン国で一生を送るつもりです。なので…………「僕から妹を奪うの?僕の妹は君だけなんだよ?」
「…………兄様」
兄様が本気で怒っていた。ううん、悲しそうだった。
わたしはこの国の思い出は全て切り捨てればそれでいいと思っていたけど、捨てられてしまった兄様にとっては本当は辛いものなのかもしれない。
エマやキースも?
わたしは人の心がわからないのかも……
無言のまま屋敷へと着いた。
馬車を降りるとエマが走ってきてわたしに抱きついた。
「カレン様っ!元気でしたか?食事はきちんと摂っていますか?一人暮らしをしていると聞きました。どうしてわたしを連れて行ってくださらないのですか?ずっとずっと心配していました」
そう言ってわんわん泣く姿を初めて見た。
「エマごめんなさい……心配かけて……」
わたしの肩をポンっと叩いて「わかっただろう?」と兄様は言うと、今度はおでこをピシッと指で弾いた。
「い、痛っ!」
「みんなを心配させた罰だよ」
兄様はそう言ってククッと笑った。わたしのおでこはほんのりと赤くなった。初めての痛みだったけど兄様曰く「軽くしかしていないよ」らしい。
「今日の夕食は料理長がカレンの好きなものだけを用意してくれてるはずだから、楽しみにしていてね」
赤くなったおでこを摩りながら「はい」と言って屋敷の中に入った。エマはずっとそばから離れようとしなかった。
キースも仕事を終えて離れないエマを連れ戻しにやってきた。
「エマ、いい加減にカレン様から離れろ!」
「やだよ!離れたらカレン様がいなくなっちゃうかもしれないじゃない!」
「ひと月はこの国で過ごすと言っていただろう?」
「じゃあひと月ずっとカレン様のそばにいるわ」
「エマ、心配ばかりさせてごめんなさい。わたしひと月の間、時間が許す限りエマといるから」
「ほんとですか?」
「ええ、約束よ」
次の日キースが療養施設へと連れて行ってくれた。もちろんそばにはエマも。
そこに居たのはまだ40歳を過ぎたばかりのお二人なのに、そうは見えない姿をしていた。どう見てももっと老けていた。
近くまで行くとわたしの顔を見て怯えた顔をしたお母様……そして苦しそうな顔をしたお父様。
「近くに来ないで」その辺にあった物をわたしに向けて投げつけるお母様。だけど力なくわたしには届かなかった。
それを見てお父様は「やめなさい」とお母様を止めていた。
「どうして貴女がわたしの前に現れるの?わたしをこれ以上苦しめないで!あんたなんか要らない!キャサリンに会いたい」
そう言って泣き出した。
「カレン様、帰りましょう」
エマがここにいる必要はもうないと言って帰るように言いだした。
だけど首を横に振り、二人に近づいた。
「お久しぶりです。わたしは……夫人を苦しめるつもりはありません」
優しく話しかけた。
「ほんと……なの?わたしをずっとここに閉じ込めて意地悪をするのでしょう?わたしが………娘を愛せないから……でも仕方ないの。だって娘はお義母様に似ているんだもの。わたしのこと嫁として認めてくれないしいつも意地悪ばかり。わたしは夫と真実の愛で結ばれたのよ?ねっ?貴女にはわかるわよね?」
わたしをカレンとして見ているのかそれとも今は気づいていないのか……夫人は昔話をした。
どれだけ二人は愛し合っていたのか…キャサリンをどんなに娘のように思っているのか……
ショックは受けなかった。やはりこの人はお母様……ではなく夫人なんだ。
お父様はそんな夫人の肩を優しく抱き寄せた。
「すまないが私達夫婦は君と話すことは何もない」
そう言って背を向けて離れて行った。
「………帰りましょう」
怒鳴られはしなかった。文句も言われなかった。だけど、拒絶された。
これが答えなら……来なければよかった。兄様の言う通り会わなければよかった。
部屋を出る時振り返らなかった。
だけど……お母様の泣いている声が聞こえた。
「カレン……ごめんなさい」と。
これはわたしが二人を切り捨てるためにした行動だとわかっていた。
だって二人の目は悲しそうで……辛そうだったから。だから、その気持ちを受け入れた。
「さよなら」わたしは振り返らなかった。
エマとキースは何も言わずにいてくれた。いつも辛い時、悲しい時二人が居てくれる。
「ありがとう、やっと心残りだった二人のこと、心の整理がついたわ」
ーーー前を向こう。
そして、数日後、セルジオのもとへ顔を出すことが決まった。
正確にはオスカー殿下に会いに行くのだが。オリソン国の信書を手渡すために。
休みで帰るわたしにしっかり仕事もくださったイアン様に苦笑しつつも、セルジオに会えることを嬉しく思った。
こんな機会がなければ彼に会わずに帰ってしまっていただろう。会ったとしても話すことなく姿を見て終わったかな。
だけど今回だって絶対会えるとは限らない。話せるとも限らない。でも彼の姿を見ることができるかもしれない。
ドキドキしながオスカー殿下にお会いした。
側近としてセルジオは少し離れたところに立っていた。
「カレン久しぶりだね?」
「はいご無沙汰しております」
「信書は受け取ったから、仕事は終わり。ここからは友人として話そう」
「ありがとうございます」
幼い頃は友人として過ごしたけど、今は……友人というほど親しくないのに…と思いつつオスカー殿下と最近のことを話題にしてそれなりに話は弾んでいた。
それをセルジオは黙って見守っていた。
「カレン、今恋人は?好きな人は出来たの?」
なんでこんなことを聞くの?
オスカー殿下を思わず睨みつけた。
「いないなら僕が紹介してあげるよ」
「結構です。わたしは向こうの国では平民として暮らしております」
「うん?そうなの?でもこの国では公爵令嬢だよね?」
「………除籍されていませんでしたので」
ーーーわかってて言わないで!勝手に籍は抜けていると思ってたんだもの。
「だったら大丈夫だよね?セルジオ、カレンに誰か良い人いないかな?ベリーズ家?それともルロワール家?あとは………」
「ビスター家がよろしいかと」セルジオが表情を崩さず初めて声を出して答えた。
「……えっ?」初めてセルジオと目が合った。
「セルジオ・ビスターがカレン・ミラーに相応しいと思っております」
「だって、さ?カレンはどう思う?」
「………セルジオ・ビスターがわたしでもいいと言ってくださるなら……でもわたしは……オリソン国で………」
「それは大丈夫だよ。セルジオはオリソン国へ親善大使として行ってもらう予定だったからね。彼からの希望で、ねっ?セルジオ?」
「はい、オリソン国には愛する人が住んでいますから」
「わたしも………貴方を愛しております」
終わり。
読んでいただきありがとうございました。
前世の記憶や魅了なんて関係ないセルジオはずっとカレンだけを愛し続けていました。
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