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沙耶香。
「沙耶香……」
懐かしい彼の声が遠くで聞こえる。
わたしは……
ソフィとして生きているはずなのに……
ここはどこ?
無機質な機械音が静かな部屋からずっと……ずっと……いつも………遠くで………聞こえていた……ううん………今は近くで……聞こえてくる。
目を開けたくても、手や足を動かしたくても全く動かない。
なのに少しずつ意識がハッキリとしてくる。
目は開かなくても、たまに意識が覚醒する時がある。そして……また疲れてしまうのか……また眠り続けてしまう。
そんな時間を過ごしているとまた聞こえてくる。
「沙耶香………」
静かな時間を過ごしていると、たまに女性や男性の声が聞こえる。
「おはようございます」
「沙耶香さん、服を着替えましょうね」
「今日はお天気がいいですよ」
毎回違う女性の声だけどみんな優しく話しかけてくれる。
看護師さんがお世話をしてくれているのかしら?
男性の時は、ただわたしの様子を見ているようだ。
誰かがわたしを覗いている気配を感じる。
「何も変わりはなさそうだね」と言うと、少しだけわたしの顔に触れ、手首を触り、去って行くのが恒例だ。
多分……診察をしているのだろう。
そんな中「沙耶香」とわたしを呼ぶ声。
もう二度と聞きたくない、あの声だ。
「沙耶香……」
この人はわたしの名をただ呼ぶだけ。
わたしを捨て田所有紗を選んだくせに。
わたしを見捨ててリリア様と逃げたくせに。
三度目の人生では、わたしにすまないと言いながら他の女性とやはり結婚したネルヴァン様……そして……ネルヴァン様は……この世界でも、わたしを捨てた。
なんだかイライラする。
ずっとこのまま静かに眠り続けたいのに……
思わず眉根が寄る。
ーーうるさい!わたしの名を勝手に呼ばないで!あっちへ行って!
ーーそばに来ないで!
「………………い………」
「沙耶香?」
ーーえ?
「沙耶香?先生!沙耶香が!!」
部屋の中が騒がしくなってきた。
「……先生!患者さんが!」
「沙耶香!」
ーーうるさいな……
混濁した意識の中で、嫌いな声が耳につく。
イライラとしながら重たい瞼をわずかに開ける。
「……まぶしい……」
ぼやっとしながらも明るさに驚きまた目を閉じてしまった。
「沙耶香!」
ーーもう!あなたは『沙耶香』としか言えないの!うるさいわね!静かに眠らせてよ!
わたしの名を軽々しく呼ばないで!
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
ぼんやりした意識の中で目覚めてから、部屋の中は騒がしくなった。
看護師やお医者様が驚いた顔をしてやってきた。
「………は…い」
「これからまだいろいろ検査がありますが、今日のところは様子を見ましょう」
「明日朝一番に検査です……その頃にはもう少し言葉も話せるようになっていると思います」
こくんと頷いた。
お医者様達が診察をして病室を出て行った。
わたしは、電車に跳ねられたはずなのに……まだ生きていた。
ホームから突き落とされた時、線路のちょうど間に体が挟まれて跳ねられることはなかったらしい。
ただ、落ちた時に強く頭を打ち、そのまま意識がずっと戻らなかった。
そう……2ヶ月近くも昏睡状態が続いていたらしい。意識が戻るのは難しいだろうと言われていた。
これは看護師がこれまでのことを簡単に説明してくれたおかげで知り得た情報だった。
まだ体は重たく思うように動かせないなか、彼は目を真っ赤にして少し離れたところに立ってわたしを見つめていた。
彼から声がかかることはない。
わたしの顔は嫌悪に満ちている。
病室から出て行って欲しいという気持ちが彼に多分伝わっているのか、そばに寄って来ようとしない。なのに出て行こうともしない。
そんな中、慌ただしく病室に入ってきたのは両親だった。
「沙耶香!目覚めたのね?」
「よかった……」
二人は周囲のことなんて気にもせず、大きな声で声をかけてきて泣き出した。
父が人目も憚らずに泣く姿を初めて見た。
いつも綺麗にしている母が、やつれて化粧っ気もない普段着姿で現れて驚いた。そして、わたしの手を握りしめて、声を出して泣き始めた。
「お…とぅ…さん………おかあ…さん……」
心配かけてごめんね……
そう言いたいのにわたしはまだ言葉をうまく話せないでいた。
代わりに、握られた手に少しだけ強く力を入れてみた。
「沙耶香、あなたは強運に恵まれているのよ。運良く落ちた場所がよかったし、こうして目覚めたんですもの……あなたを突き落とした犯人も捕まったわ」
わたしは……ソフィアとして生まれ変わっていたのでは?
やっとリシャ国の両親からもネルヴァン様からも離れて、一人で頑張って生きていくつもりだったのに……
何が夢で何が現実なのかわからない。
眠り続けている間の夢にしてはあまりにも、はっきりと記憶があるし……
何年も向こうで過ごした感覚なのにまだ二ヶ月も経っていないとは……
「犯…人は……」
「…田所有紗と言う名前よ……」
母は顔を顰めて腹立たしそうに言った。
「現行犯逮捕されてもう起訴されたわ。本人は認めていないけど、防犯カメラに証拠がしっかりと映っていたわ。それに何人もが目撃しているから言い逃れはできなかったわ。なのに、反省もせず自分は悪くない、何もしていないといまだに喚き散らしているの」
憎々しげに話す母。
父も怒りを隠そうともせず「民事でも裁判を起こしている。何があっても一生償わせてやる」と言った。
病室の端っこにいる彼の存在にはっと目をやると、両親も今頃気がついたのか、眉根を寄せて一気に不機嫌になった。
「なぜまだ君がいるんだ?帰れ!」
「もう娘に関わらないで。今回の事件、貴方だけを責めるつもりはないわ。でも娘を捨てたんだからもう今更でしょう」
「…………帰ります」
彼は言い返すことなく病室を出て行った。
「沙耶香……彼ね、仕事が終わると毎日あなたに会いにきていたの……何度も酷いことを言って来ることを拒んだんだけど、跪いて毎日顔を見るだけは許して欲しいと懇願されたの……」
「お前が意識を取り戻すことは難しいと言われて……初めはお見舞いに来る人も多かったがだんだん人が来なくなって……それでも彼は毎日来てくれた」
「彼なりに反省しているのか、罪悪感からなのか、わからないけど彼が毎日欠かさずに来てくれたのは確かよ。
でももうあなたは、彼に会いたくないでしょう?」
「………う…ん」
ソフィアとしての記憶が未だ新しいわたしは、彼に、そしてネルヴァン様に嫌悪しかない。
今更、反省?
要らないわ。
懐かしい彼の声が遠くで聞こえる。
わたしは……
ソフィとして生きているはずなのに……
ここはどこ?
無機質な機械音が静かな部屋からずっと……ずっと……いつも………遠くで………聞こえていた……ううん………今は近くで……聞こえてくる。
目を開けたくても、手や足を動かしたくても全く動かない。
なのに少しずつ意識がハッキリとしてくる。
目は開かなくても、たまに意識が覚醒する時がある。そして……また疲れてしまうのか……また眠り続けてしまう。
そんな時間を過ごしているとまた聞こえてくる。
「沙耶香………」
静かな時間を過ごしていると、たまに女性や男性の声が聞こえる。
「おはようございます」
「沙耶香さん、服を着替えましょうね」
「今日はお天気がいいですよ」
毎回違う女性の声だけどみんな優しく話しかけてくれる。
看護師さんがお世話をしてくれているのかしら?
男性の時は、ただわたしの様子を見ているようだ。
誰かがわたしを覗いている気配を感じる。
「何も変わりはなさそうだね」と言うと、少しだけわたしの顔に触れ、手首を触り、去って行くのが恒例だ。
多分……診察をしているのだろう。
そんな中「沙耶香」とわたしを呼ぶ声。
もう二度と聞きたくない、あの声だ。
「沙耶香……」
この人はわたしの名をただ呼ぶだけ。
わたしを捨て田所有紗を選んだくせに。
わたしを見捨ててリリア様と逃げたくせに。
三度目の人生では、わたしにすまないと言いながら他の女性とやはり結婚したネルヴァン様……そして……ネルヴァン様は……この世界でも、わたしを捨てた。
なんだかイライラする。
ずっとこのまま静かに眠り続けたいのに……
思わず眉根が寄る。
ーーうるさい!わたしの名を勝手に呼ばないで!あっちへ行って!
ーーそばに来ないで!
「………………い………」
「沙耶香?」
ーーえ?
「沙耶香?先生!沙耶香が!!」
部屋の中が騒がしくなってきた。
「……先生!患者さんが!」
「沙耶香!」
ーーうるさいな……
混濁した意識の中で、嫌いな声が耳につく。
イライラとしながら重たい瞼をわずかに開ける。
「……まぶしい……」
ぼやっとしながらも明るさに驚きまた目を閉じてしまった。
「沙耶香!」
ーーもう!あなたは『沙耶香』としか言えないの!うるさいわね!静かに眠らせてよ!
わたしの名を軽々しく呼ばないで!
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
ぼんやりした意識の中で目覚めてから、部屋の中は騒がしくなった。
看護師やお医者様が驚いた顔をしてやってきた。
「………は…い」
「これからまだいろいろ検査がありますが、今日のところは様子を見ましょう」
「明日朝一番に検査です……その頃にはもう少し言葉も話せるようになっていると思います」
こくんと頷いた。
お医者様達が診察をして病室を出て行った。
わたしは、電車に跳ねられたはずなのに……まだ生きていた。
ホームから突き落とされた時、線路のちょうど間に体が挟まれて跳ねられることはなかったらしい。
ただ、落ちた時に強く頭を打ち、そのまま意識がずっと戻らなかった。
そう……2ヶ月近くも昏睡状態が続いていたらしい。意識が戻るのは難しいだろうと言われていた。
これは看護師がこれまでのことを簡単に説明してくれたおかげで知り得た情報だった。
まだ体は重たく思うように動かせないなか、彼は目を真っ赤にして少し離れたところに立ってわたしを見つめていた。
彼から声がかかることはない。
わたしの顔は嫌悪に満ちている。
病室から出て行って欲しいという気持ちが彼に多分伝わっているのか、そばに寄って来ようとしない。なのに出て行こうともしない。
そんな中、慌ただしく病室に入ってきたのは両親だった。
「沙耶香!目覚めたのね?」
「よかった……」
二人は周囲のことなんて気にもせず、大きな声で声をかけてきて泣き出した。
父が人目も憚らずに泣く姿を初めて見た。
いつも綺麗にしている母が、やつれて化粧っ気もない普段着姿で現れて驚いた。そして、わたしの手を握りしめて、声を出して泣き始めた。
「お…とぅ…さん………おかあ…さん……」
心配かけてごめんね……
そう言いたいのにわたしはまだ言葉をうまく話せないでいた。
代わりに、握られた手に少しだけ強く力を入れてみた。
「沙耶香、あなたは強運に恵まれているのよ。運良く落ちた場所がよかったし、こうして目覚めたんですもの……あなたを突き落とした犯人も捕まったわ」
わたしは……ソフィアとして生まれ変わっていたのでは?
やっとリシャ国の両親からもネルヴァン様からも離れて、一人で頑張って生きていくつもりだったのに……
何が夢で何が現実なのかわからない。
眠り続けている間の夢にしてはあまりにも、はっきりと記憶があるし……
何年も向こうで過ごした感覚なのにまだ二ヶ月も経っていないとは……
「犯…人は……」
「…田所有紗と言う名前よ……」
母は顔を顰めて腹立たしそうに言った。
「現行犯逮捕されてもう起訴されたわ。本人は認めていないけど、防犯カメラに証拠がしっかりと映っていたわ。それに何人もが目撃しているから言い逃れはできなかったわ。なのに、反省もせず自分は悪くない、何もしていないといまだに喚き散らしているの」
憎々しげに話す母。
父も怒りを隠そうともせず「民事でも裁判を起こしている。何があっても一生償わせてやる」と言った。
病室の端っこにいる彼の存在にはっと目をやると、両親も今頃気がついたのか、眉根を寄せて一気に不機嫌になった。
「なぜまだ君がいるんだ?帰れ!」
「もう娘に関わらないで。今回の事件、貴方だけを責めるつもりはないわ。でも娘を捨てたんだからもう今更でしょう」
「…………帰ります」
彼は言い返すことなく病室を出て行った。
「沙耶香……彼ね、仕事が終わると毎日あなたに会いにきていたの……何度も酷いことを言って来ることを拒んだんだけど、跪いて毎日顔を見るだけは許して欲しいと懇願されたの……」
「お前が意識を取り戻すことは難しいと言われて……初めはお見舞いに来る人も多かったがだんだん人が来なくなって……それでも彼は毎日来てくれた」
「彼なりに反省しているのか、罪悪感からなのか、わからないけど彼が毎日欠かさずに来てくれたのは確かよ。
でももうあなたは、彼に会いたくないでしょう?」
「………う…ん」
ソフィアとしての記憶が未だ新しいわたしは、彼に、そしてネルヴァン様に嫌悪しかない。
今更、反省?
要らないわ。
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