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あなたを愛していました
あなたを愛していました。 後編
「タイランと話をしようと思います」
このまま逃げ続けるよりも話し合って離縁した方がいい。
拓也の時もそうすればよかった。会うのが嫌で逃げた。二人の顔を見るとあの時のことを思い出し、苦い気持ちが込み上げて汚い自分が出てしまいそうになる。
ーーなんで?わたしのこと好きだって言ったじゃない?
そう叫びたくなる。泣きじゃくるかもしれない。
ヤキモチ妬いて嫉妬した惨めな自分を二人の前に晒すのが嫌だった。
『あんた達のことなんてなんとも思っていないわ』
平気な顔をしていたかった。ま、逃げてたから平気なんて思われないのに。
セシリアとして過ごす間、彼女の痕跡を体の中から探した……だけどセシリアは今この体にいない。なのに今のわたしは完全にセシリアになってる。
わたし自身よく分からない。セシリアは……もしかしたらわたし(世莉亜)の体にいるのかもしれない。
タイランがやつれた顔をして部屋に入って来た。わたしは逆にお祖母様やセルジオ達に甘やかされてのんびり療養したおかげで、顔色も良くこのひと月ですっかり元に戻りつつある。
「タイラン……久しぶりね?話は離縁のことよね?」
色々話し合わなければいけないのはわかっているけど、取り敢えず『離縁の話』を進めるのよね?と確認のため切り出した。
「違う……違うんだ……セシリア……俺は……」
ほんと、無口で口下手なのは夢の中でも見ていたし、セシリアの記憶の中でもそうだったけど、実際目の前でこの態度はイラッとする。
つい世莉亜の性格が出てしまう。
「タイランはサリーを愛しているのでしょう?バイラスの父親になりたいのならさっさとわたしと離縁するべきよね?
それともサリーを愛人として迎えるの?わたしはもう伯爵家のために働かされるのは真っ平ごめんだわ。仕事もしないで三人で楽しく家族ごっこしている横で必死で働いて暮らすなんて、絶対に、嫌だし御免だわ!!」
ーーふっ、言ってやった!セシリアならここで我慢するのかもしれないけど、わたしはセシリアだけど世莉亜だもん。
わたしの言葉に呆然とした顔をしているタイラン。
ザマアミロ!
もっと傷付けばいい。
「タイラン、あなたはわたしより年下だから仕事がまだこなせないのかもしれない。だけど、それはあなたが努力をしないからだと思うわ。
女とイチャイチャする暇があったらもっと真面目に仕事をしたらどうなのかな?
奥さんに頼り切って恥ずかしくないの?」
俯いてしまったタイラン。
もっと酷い言葉をさらに言おうと口を開きかけた。
「それにね……あなた………「俺は確かにセシリアと違って優秀じゃない……でも……サリーとはなんでもないんだ……仕事を君に任せっきりでいたのは申し訳ない。サリーは………兄貴を殺した女なんだ……だからその証拠を集めるために彼女の誘いに乗ったふりをして、サリーと過ごしていた」
「えっ?」
「兄貴の死には不審なところがあったんだ……女性を庇って亡くなったと聞いていたのに、刺し傷があった……爆破に巻き込まれたからどこかに傷があるのはおかしいとは言えない。だがあれは刺し傷にしかみえない」
ーー刺し傷?
セシリアの記憶を探る。
だけどセシリアはバイズの死を嘆き悲しむばかりで遺体の傷のことなんて見ていないし、気づいてもいない。
だけど……バイラスはどう見てもバイズの子供……それは確かだよね?
わたしが今考えていることが顔に出ているのだろう。
「バイラスは確かに兄貴の子供だった……調べたんだけど兄貴は……薬を盛られ彼女とそう言う関係になってしまったらしい……それからはなし崩しに……」
言いにくいのかそれ以上の言葉は言おうとしなかった。
「もういいわ、結局バイズはわたしを裏切ったのよ……(拓也と同じよ)それにあなたも同じでしょう?バイズが殺された?それだって言い訳でしかないんじゃない?どうしてサリーさんが殺したと思うの?」
「兄貴から手紙が来ていたんだ……向こうで付き合った女性が妊娠したようだと。しかしセシリアを愛しているので彼女の子供は堕ろしてもらい別れるつもりだと……」
「うわっ、最低」
思わず心の声が出てしまった。やばい、これ完全に世莉亜の方が出てしまった。
「最低………確かにそうだと思う。でも兄貴はセシリアを愛していたんだ……サリーの誘惑に負けてしまったけど……サリーは自分が結婚して貴族になれると思っていたのに堕ろせと言われてカッとなって兄貴を刺したらしい。その時たまたま爆破が起きて……兄貴は刺されながらもサリーを庇って死んだんだ」
「サリーさんに愛情があったんだと思う……刺されていなければ二人とも助かったかもしれないわね」
「うん、調べたら兄貴は動くことができなくてサリーだけを突き飛ばして助けたらしい」
「そう……だったら殺人ではないわ……傷害罪だけど……子供を堕ろせと言われたんだからどっちもどっちだよ」
ーーわたしの世界だったら完全に犯罪だけど……この国の犯罪に対しての考え方は曖昧なんだよね。
法律がきちんと確定されていないんだもの。人を殺すのはダメだけど貴族は多少は許されているし、刺したのもはっきりと証拠があるわけじゃないし。
彼女は平民だけど貴族の子供を身籠もっていたんだし罪に問うのは難しそう。
「セシリアはショックじゃないのか?」
「バイズそっくりの子供が現れた時点でもうアウトだもん」
「アウト?それは……何?」
「あっ……もうバイズのことは無理だと言ったの」
ーーアウトなんて言葉知らなかった……やばっ。
「無理………そうか……俺のことも……だよね?」
「タイランもサリーさんのこと愛してるのでしょう?」
「違う!さっきも話した通り、サリーに近づくためだったんだ。彼女から何かしら話を聞いて証拠を集めていたんだ」
「だから三人で親子ごっこをしていたの?仕事もしないで?それだけが理由?そんなはずないわ。あんなに楽しそうにしていたもの」
思い出すだけでムカつく!わたし自身がされたわけではないけど。セシリアの気持ちが溢れて来てタイランが許せない。
「わたしと別の部屋で寝るようになったのも、彼女の部屋に通うようになったのも全てバイズのことを探るためだけ?」
「…………何もしていない……彼女と変な関係にはなっていない……」
「同じ部屋で過ごしていたのに?知らないと思っていたの?」
「………兄貴のことを探るためだった……」
「わかったわ………もういい加減うんざりなの、離縁しましょう」
セシリアはわたしの決断を止めたかったかな?
タイランはその後も何度となくわたしに会いに来た。だけどわたしは彼のことを受け入れる気はなかった。
浮気は浮気だよ。何があっても……
離縁してからタイランはサリーを警ら隊に突き出したらしい。
証拠を揃えて提出したので、バイズを刺したことは罪に問われることになった。
バイラスはタイランが引き取り育てるらしい。
わたしはお祖母様の養女となり実家には帰らずセルジオの屋敷の離れで暮らしている。
セルジオが結婚する時には、この屋敷にいるのはお邪魔になるので今はお祖母様と二人で暮らせる小さな屋敷を建てているところだ。
「セシリア、ここにずっと暮らさないか?」
セルジオからそう言われた。そこに愛があるみたいだけど……二人の男に裏切られたセシリアにはもう愛とか恋とか懲り懲りで首を横に振った。
「ごめんなさい……お祖母様とのんびり暮らすつもりなの」
そう言って断った。
わたしがセシリアになって半年。世莉亜の体に戻ることは今のところない。
向こうではどうなっているのかな?だんだん世莉亜よりもセシリアとしての暮らしに慣れて来て、自分が世莉亜なのかセシリアなのか分からなくなって来た。
「セシリア……お茶の時間にしましょう」
お祖母様の優しい声がわたしを安心させてくれる。
ここに居てもいい、と言ってくれているようで。
ーーーーー
「世莉亜……」
毎日、悲しみにくれた声が聞こえる。
切なく心配する声。
かわるがわる聞こえてくる声。
『世莉亜』を心配しているのだろう。
でも………
わたしはセシリア…………この体に入って半年……知らない声にも慣れた。
だけどわたしは目覚めることはなかった。
目を開くことができない、体も動かない。
死にたいと思っていた……そして死んだと思ったら……何故かこの体の中に意識だけ入り込んだ。
『お姉ちゃんはもうここには来ることはないからね』
『拓也にももう会いに来ないでと伝えたわ』
『世莉亜、早く目を覚ましてちょうだい。あなたの笑顔を見たいの』
これは世莉亜のお母さんの声。
『世莉亜……ごめん。俺……お前のことがずっと好きなんだ……なのに姉ちゃんに……寝てたら……誘われて……声がお前に似てたから寝ぼけてそのまま抱いて……姉ちゃんだと気がついた時にはもう止められなかった……裏切ってごめん』
『俺のことも大っ嫌いでいいから頼む、目覚めてくれ』
拓也……この子は世莉亜の元恋人みたいね。
『世莉亜、まだ起きないの?ほんっと嫌な子ね?そんなにお母さんやお父さんの気を惹きたいの?あんたなんかずっと目覚めなければいいのよ』
この声はお姉ちゃん?
『世莉亜、早く目を覚まして……あんたいないと学校が楽しくないよ』
『世莉亜ちゃん、待ってるよ』
『早く一緒にケーキ食べに行こうよ!約束してたじゃん!』
これはお友達ね。
みんなが心配してくれてる。約1名を除いて……
だけど目覚めたとしてもわたしは世莉亜じゃないからこのよく分からない世界で生きてはいけないわ。
この体の世莉亜の記憶は……あまり残っていない。
わずかな情報の中で……わかるのはセシリアとして暮らしてきたわたしの日々を世莉亜は夢の中で見ていたらしい。
わたしと世莉亜は、夢の中で繋がっていたようだ。だけどわたしは全く気が付かなかったし、世莉亜の存在すら知らなかった。
わたしはこの動かない体の中でただじっと過ごすしかなかった。
ーーーー
セシリアと世莉亜が互いの元の世界に戻りたいと願うなら……
戻れたのかもしれない。
だけどセシリアは体が動かなくなった世莉亜の中で静かに過ごすことが幸せだった。
やっと苦しみから解放されて愛を捨てられた。もう無理しなくてもいいし、笑わなくて済む。
世莉亜は自分が今どうなっているのか不安ではあるが心配してもどうにもならない、だからセシリアの生きる世界を割と楽しんでいた。
これは長い夢だった……で終わるのか分からない。
だけどだからこそこの世界を楽しもう。
社交界にはあまり出たくはないけど、王宮での夜会には参加せざるを得ない。セルジオがまだ結婚予定がないらしいのでエスコートを頼み久しぶりの夜会に出席した。
タイランの姿がそこにはあった。
離縁してから知ったのだけど、タイランとサリーさんには……いわゆる体の関係はなかったらしい。あくまでもタイランはサリーの言うことを聞いていただけでセシリアと寝室を共にするとサリーがギャーギャーうるさく喚くので、寝室を別にしただけだったらしい。
何度となくサリーの寝室に呼ばれた時は必ず数人の使用人達も一緒に部屋に行き二人っきりにはならずにいた。そしてお茶に睡眠薬を入れて眠らせていたらしい。
拓也と違って浮気はしていなかった……
タイランは無口で不器用な人だ。上手くわたしに伝えられなかった……わたしも聞こうとしなかった。
夜会でタイランに会ったらわたしは……
もう一度彼に恋をする?
それともセルジオの優しさに絆されて結婚するかしら?
セシリアだけど世莉亜でもあるわたし。
まだ17歳のわたしは(世莉亜にとって)本当の恋を知らない。
セシリア、あなたは世莉亜として生きるのかしら?それとも……もういない?
わたしは……セシリアとして精一杯生きようと思う。
だけど、また……世莉亜に戻れたらいいな。それまでの間、セシリアが後悔しない人生をわたしが楽しんで生きようと思います。
タイランに冷たい態度をとったわたしは……少し後悔してる……
タイランはわたしのためにバイズの死の真相を突き止めてくれていた。
「世莉亜、お願いだから目を覚まして」
セシリアには届かない声たち。
ーーわたしはこのまま、静かに過ごしたい
の…………動かない体の中で穏やかに過ごすセシリア。
世莉亜は自分が意識不明だとは知らない。
「セリシア……久しぶりだな……」
「タイラン、久しぶりね?」
セシリアが愛していたタイラン、わたしはあなたに……恋を…………?
終
このまま逃げ続けるよりも話し合って離縁した方がいい。
拓也の時もそうすればよかった。会うのが嫌で逃げた。二人の顔を見るとあの時のことを思い出し、苦い気持ちが込み上げて汚い自分が出てしまいそうになる。
ーーなんで?わたしのこと好きだって言ったじゃない?
そう叫びたくなる。泣きじゃくるかもしれない。
ヤキモチ妬いて嫉妬した惨めな自分を二人の前に晒すのが嫌だった。
『あんた達のことなんてなんとも思っていないわ』
平気な顔をしていたかった。ま、逃げてたから平気なんて思われないのに。
セシリアとして過ごす間、彼女の痕跡を体の中から探した……だけどセシリアは今この体にいない。なのに今のわたしは完全にセシリアになってる。
わたし自身よく分からない。セシリアは……もしかしたらわたし(世莉亜)の体にいるのかもしれない。
タイランがやつれた顔をして部屋に入って来た。わたしは逆にお祖母様やセルジオ達に甘やかされてのんびり療養したおかげで、顔色も良くこのひと月ですっかり元に戻りつつある。
「タイラン……久しぶりね?話は離縁のことよね?」
色々話し合わなければいけないのはわかっているけど、取り敢えず『離縁の話』を進めるのよね?と確認のため切り出した。
「違う……違うんだ……セシリア……俺は……」
ほんと、無口で口下手なのは夢の中でも見ていたし、セシリアの記憶の中でもそうだったけど、実際目の前でこの態度はイラッとする。
つい世莉亜の性格が出てしまう。
「タイランはサリーを愛しているのでしょう?バイラスの父親になりたいのならさっさとわたしと離縁するべきよね?
それともサリーを愛人として迎えるの?わたしはもう伯爵家のために働かされるのは真っ平ごめんだわ。仕事もしないで三人で楽しく家族ごっこしている横で必死で働いて暮らすなんて、絶対に、嫌だし御免だわ!!」
ーーふっ、言ってやった!セシリアならここで我慢するのかもしれないけど、わたしはセシリアだけど世莉亜だもん。
わたしの言葉に呆然とした顔をしているタイラン。
ザマアミロ!
もっと傷付けばいい。
「タイラン、あなたはわたしより年下だから仕事がまだこなせないのかもしれない。だけど、それはあなたが努力をしないからだと思うわ。
女とイチャイチャする暇があったらもっと真面目に仕事をしたらどうなのかな?
奥さんに頼り切って恥ずかしくないの?」
俯いてしまったタイラン。
もっと酷い言葉をさらに言おうと口を開きかけた。
「それにね……あなた………「俺は確かにセシリアと違って優秀じゃない……でも……サリーとはなんでもないんだ……仕事を君に任せっきりでいたのは申し訳ない。サリーは………兄貴を殺した女なんだ……だからその証拠を集めるために彼女の誘いに乗ったふりをして、サリーと過ごしていた」
「えっ?」
「兄貴の死には不審なところがあったんだ……女性を庇って亡くなったと聞いていたのに、刺し傷があった……爆破に巻き込まれたからどこかに傷があるのはおかしいとは言えない。だがあれは刺し傷にしかみえない」
ーー刺し傷?
セシリアの記憶を探る。
だけどセシリアはバイズの死を嘆き悲しむばかりで遺体の傷のことなんて見ていないし、気づいてもいない。
だけど……バイラスはどう見てもバイズの子供……それは確かだよね?
わたしが今考えていることが顔に出ているのだろう。
「バイラスは確かに兄貴の子供だった……調べたんだけど兄貴は……薬を盛られ彼女とそう言う関係になってしまったらしい……それからはなし崩しに……」
言いにくいのかそれ以上の言葉は言おうとしなかった。
「もういいわ、結局バイズはわたしを裏切ったのよ……(拓也と同じよ)それにあなたも同じでしょう?バイズが殺された?それだって言い訳でしかないんじゃない?どうしてサリーさんが殺したと思うの?」
「兄貴から手紙が来ていたんだ……向こうで付き合った女性が妊娠したようだと。しかしセシリアを愛しているので彼女の子供は堕ろしてもらい別れるつもりだと……」
「うわっ、最低」
思わず心の声が出てしまった。やばい、これ完全に世莉亜の方が出てしまった。
「最低………確かにそうだと思う。でも兄貴はセシリアを愛していたんだ……サリーの誘惑に負けてしまったけど……サリーは自分が結婚して貴族になれると思っていたのに堕ろせと言われてカッとなって兄貴を刺したらしい。その時たまたま爆破が起きて……兄貴は刺されながらもサリーを庇って死んだんだ」
「サリーさんに愛情があったんだと思う……刺されていなければ二人とも助かったかもしれないわね」
「うん、調べたら兄貴は動くことができなくてサリーだけを突き飛ばして助けたらしい」
「そう……だったら殺人ではないわ……傷害罪だけど……子供を堕ろせと言われたんだからどっちもどっちだよ」
ーーわたしの世界だったら完全に犯罪だけど……この国の犯罪に対しての考え方は曖昧なんだよね。
法律がきちんと確定されていないんだもの。人を殺すのはダメだけど貴族は多少は許されているし、刺したのもはっきりと証拠があるわけじゃないし。
彼女は平民だけど貴族の子供を身籠もっていたんだし罪に問うのは難しそう。
「セシリアはショックじゃないのか?」
「バイズそっくりの子供が現れた時点でもうアウトだもん」
「アウト?それは……何?」
「あっ……もうバイズのことは無理だと言ったの」
ーーアウトなんて言葉知らなかった……やばっ。
「無理………そうか……俺のことも……だよね?」
「タイランもサリーさんのこと愛してるのでしょう?」
「違う!さっきも話した通り、サリーに近づくためだったんだ。彼女から何かしら話を聞いて証拠を集めていたんだ」
「だから三人で親子ごっこをしていたの?仕事もしないで?それだけが理由?そんなはずないわ。あんなに楽しそうにしていたもの」
思い出すだけでムカつく!わたし自身がされたわけではないけど。セシリアの気持ちが溢れて来てタイランが許せない。
「わたしと別の部屋で寝るようになったのも、彼女の部屋に通うようになったのも全てバイズのことを探るためだけ?」
「…………何もしていない……彼女と変な関係にはなっていない……」
「同じ部屋で過ごしていたのに?知らないと思っていたの?」
「………兄貴のことを探るためだった……」
「わかったわ………もういい加減うんざりなの、離縁しましょう」
セシリアはわたしの決断を止めたかったかな?
タイランはその後も何度となくわたしに会いに来た。だけどわたしは彼のことを受け入れる気はなかった。
浮気は浮気だよ。何があっても……
離縁してからタイランはサリーを警ら隊に突き出したらしい。
証拠を揃えて提出したので、バイズを刺したことは罪に問われることになった。
バイラスはタイランが引き取り育てるらしい。
わたしはお祖母様の養女となり実家には帰らずセルジオの屋敷の離れで暮らしている。
セルジオが結婚する時には、この屋敷にいるのはお邪魔になるので今はお祖母様と二人で暮らせる小さな屋敷を建てているところだ。
「セシリア、ここにずっと暮らさないか?」
セルジオからそう言われた。そこに愛があるみたいだけど……二人の男に裏切られたセシリアにはもう愛とか恋とか懲り懲りで首を横に振った。
「ごめんなさい……お祖母様とのんびり暮らすつもりなの」
そう言って断った。
わたしがセシリアになって半年。世莉亜の体に戻ることは今のところない。
向こうではどうなっているのかな?だんだん世莉亜よりもセシリアとしての暮らしに慣れて来て、自分が世莉亜なのかセシリアなのか分からなくなって来た。
「セシリア……お茶の時間にしましょう」
お祖母様の優しい声がわたしを安心させてくれる。
ここに居てもいい、と言ってくれているようで。
ーーーーー
「世莉亜……」
毎日、悲しみにくれた声が聞こえる。
切なく心配する声。
かわるがわる聞こえてくる声。
『世莉亜』を心配しているのだろう。
でも………
わたしはセシリア…………この体に入って半年……知らない声にも慣れた。
だけどわたしは目覚めることはなかった。
目を開くことができない、体も動かない。
死にたいと思っていた……そして死んだと思ったら……何故かこの体の中に意識だけ入り込んだ。
『お姉ちゃんはもうここには来ることはないからね』
『拓也にももう会いに来ないでと伝えたわ』
『世莉亜、早く目を覚ましてちょうだい。あなたの笑顔を見たいの』
これは世莉亜のお母さんの声。
『世莉亜……ごめん。俺……お前のことがずっと好きなんだ……なのに姉ちゃんに……寝てたら……誘われて……声がお前に似てたから寝ぼけてそのまま抱いて……姉ちゃんだと気がついた時にはもう止められなかった……裏切ってごめん』
『俺のことも大っ嫌いでいいから頼む、目覚めてくれ』
拓也……この子は世莉亜の元恋人みたいね。
『世莉亜、まだ起きないの?ほんっと嫌な子ね?そんなにお母さんやお父さんの気を惹きたいの?あんたなんかずっと目覚めなければいいのよ』
この声はお姉ちゃん?
『世莉亜、早く目を覚まして……あんたいないと学校が楽しくないよ』
『世莉亜ちゃん、待ってるよ』
『早く一緒にケーキ食べに行こうよ!約束してたじゃん!』
これはお友達ね。
みんなが心配してくれてる。約1名を除いて……
だけど目覚めたとしてもわたしは世莉亜じゃないからこのよく分からない世界で生きてはいけないわ。
この体の世莉亜の記憶は……あまり残っていない。
わずかな情報の中で……わかるのはセシリアとして暮らしてきたわたしの日々を世莉亜は夢の中で見ていたらしい。
わたしと世莉亜は、夢の中で繋がっていたようだ。だけどわたしは全く気が付かなかったし、世莉亜の存在すら知らなかった。
わたしはこの動かない体の中でただじっと過ごすしかなかった。
ーーーー
セシリアと世莉亜が互いの元の世界に戻りたいと願うなら……
戻れたのかもしれない。
だけどセシリアは体が動かなくなった世莉亜の中で静かに過ごすことが幸せだった。
やっと苦しみから解放されて愛を捨てられた。もう無理しなくてもいいし、笑わなくて済む。
世莉亜は自分が今どうなっているのか不安ではあるが心配してもどうにもならない、だからセシリアの生きる世界を割と楽しんでいた。
これは長い夢だった……で終わるのか分からない。
だけどだからこそこの世界を楽しもう。
社交界にはあまり出たくはないけど、王宮での夜会には参加せざるを得ない。セルジオがまだ結婚予定がないらしいのでエスコートを頼み久しぶりの夜会に出席した。
タイランの姿がそこにはあった。
離縁してから知ったのだけど、タイランとサリーさんには……いわゆる体の関係はなかったらしい。あくまでもタイランはサリーの言うことを聞いていただけでセシリアと寝室を共にするとサリーがギャーギャーうるさく喚くので、寝室を別にしただけだったらしい。
何度となくサリーの寝室に呼ばれた時は必ず数人の使用人達も一緒に部屋に行き二人っきりにはならずにいた。そしてお茶に睡眠薬を入れて眠らせていたらしい。
拓也と違って浮気はしていなかった……
タイランは無口で不器用な人だ。上手くわたしに伝えられなかった……わたしも聞こうとしなかった。
夜会でタイランに会ったらわたしは……
もう一度彼に恋をする?
それともセルジオの優しさに絆されて結婚するかしら?
セシリアだけど世莉亜でもあるわたし。
まだ17歳のわたしは(世莉亜にとって)本当の恋を知らない。
セシリア、あなたは世莉亜として生きるのかしら?それとも……もういない?
わたしは……セシリアとして精一杯生きようと思う。
だけど、また……世莉亜に戻れたらいいな。それまでの間、セシリアが後悔しない人生をわたしが楽しんで生きようと思います。
タイランに冷たい態度をとったわたしは……少し後悔してる……
タイランはわたしのためにバイズの死の真相を突き止めてくれていた。
「世莉亜、お願いだから目を覚まして」
セシリアには届かない声たち。
ーーわたしはこのまま、静かに過ごしたい
の…………動かない体の中で穏やかに過ごすセシリア。
世莉亜は自分が意識不明だとは知らない。
「セリシア……久しぶりだな……」
「タイラン、久しぶりね?」
セシリアが愛していたタイラン、わたしはあなたに……恋を…………?
終
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