短編。

たろ

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さよならのかわりに ブロアとセフィルの恋ーーあなたを愛していますーー

殿下の来訪。

「熱が下がってよかっです」
 ウエラがホッとしながらわたくしの顔を覗き込んだ。

「なに?どうしたの?」

「………なんでもありません、昨日はかなり熱が上がっていたので心配だったんですよ?」

「セフィルの屋敷に行っただけなのに……体力がなくなったわね……昨日はウエラがずっとそばにいてくれたの?うなされて辛かったのに、手を握ってくれて、不思議に身体が楽になったわ」

「あっ…それは……ちが………「失礼致します」

 ウエラと話していると突然執事が部屋に入ってきた。

 普段の執事は礼儀正しくこんなふうに突然部屋に入ってくることはない。

「どうしたの?」
 ウエラとは気軽に話しているけど執事とは互いに少し距離がある。

 幼い頃から彼を知っているが彼は父に従順でわたくしに対しては見下すような視線をよく向けられる。
 お父様に関心を向けてもらえないわたくしはこの屋敷では無用なのだろう。彼からすれば従う気にもなれないのがありありと彼の態度で感じ取れる。
 それでも一応公爵令嬢、わたくしの部屋にいきなり訪ねてくることはなかったのだけど……

「先ほど王室から連絡があり、もうすぐ王太子殿下がこちらに来られるとのことです」

「殿下が?何故?」
 思いがけない名前が出た。それも突然……

「はい、ですのでさっさと服を着替えて迎える準備をお願いします」

 そう言うとメイドが数人「失礼致します」と部屋に入ってきた。

「わたくし……病み上がりなの、殿下にお会いするとは返事をしていないのだけど?」

「ブロア様のお返事など無意味でございます。殿下がこちらにくると言えばわたし達がお断りすることなど出来るわけがございません」

 執事は冷たくそう言うと「お迎えの準備がありますので失礼致します」と部屋を出て行った。

 メイド達はわたくしに近づくのを怖がりながら「失礼致します」と言って服を着替えさせ始めた。

 普段わたくしに対して仕事をしようとしない嫌がるこの子達、直に近づいてわたくしに触れることは少ない。

 わたくしからどんな罵倒を受けるのか怖がっているようだ。
 ふと鏡に映る自分姿を見た。


 青白い顔、少しやつれてきて逆に目つきが悪くや顔がキリリと引き締まっている。

 ーーうん、どう見ても噂の悪女に見えるわ。体調不良なだけなのに、悪役顔になっているわ……

 わたくしはされるがままにドレスを着せられ、顔色を隠すため厚塗りされ、さらに悪役令嬢ブロアが仕上がっていくのをただ黙って見ていた。



「何かお口に入れませんか?」
 新人であるウエラは先輩メイド達がいる間ただ黙って立っているしかなかった。みんなが仕事を終えて去っていくとやっとわたくしに話しかけてきた。

「お腹は空かないの……先生の奥様が作ってくださったものは……後でいただくわ……今はお水だけ飲みたい」

「昨日も食事をされていませんよ?」

「先生の奥様には悪いことをしたわね、せっかく作ってくださったのに……」

「それは大丈夫です!残したものはしっかりサイロさんが食べてくれますから!」

「あら?そうなの……?サイロらしいわね」

「もうすぐ殿下がお前になります……ブロア様の今の状態でお会いするのは……心配です」

「あのお方は相手の都合など考えないわ。それでも一応先触れを出してくださったのだからいいとしなくっちゃ、ね?」









「久しぶりだね」

 殿下が疲れた顔で応接室へと現れた。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます」

 カーテシーで挨拶をして深々と頭を下げたままでいると「頭を上げてくれ」とお声がかかった。

 セフィルと婚約してから何度か夜会に参加したことはあるが、殿下とは挨拶を交わす以外話すことはなかった。

 婚約破棄以来だろう。

 頭を上げると殿下はしばらくわたくしをじっと見つめていた。


「少し痩せた?」

「まぁ、女性に対してそんなこと言わないでくださいな」
 笑ってみせる。

「すまない、少し顔色が悪く見えたものだからね」

 殿下との会話はぎこちないものだった。

 婚約破棄は気持ちよく終わることはなかった。

 わたくしの有責で、一人悪者になってしまった。殿下はそれをとても心苦しく思っているようだ。

 ーーあ、殿下の作り笑い。わたくしに向けていつもしていた仕草。愛もない、優しさもない、ただみんなにわたくしが婚約者だからと仕方なく笑っていたあの作り笑い。

「………ブロア、君は今幸せかい?」

「わたくし……ですか?もちろんでございます」
 ーー貴方と婚約していた時よりもずっと……今の方が……

「……そうか、ならばよかった……わたしのせいで君が醜聞に晒されてずっと心配だったんだ」

「ご心配には及びませんわ。あれくらいの醜聞でわたくしの価値は下がりませんわ」

 わたくしは殿下の顔をまっすぐに見た。目を逸らすことなく。
 ーー作り笑いなんてしてあげない。

「君は相変わらず強い人だな。わたしはその強さが羨ましくもあり妬ましくもあった」

「わたくしは公爵令嬢として殿下の婚約者として強くあろうとしていただけですわ」

 ーー本当のわたくしは泣き虫で寂しがり屋なの。でもそれを悟らせることは貴方の前では出来なかった。

 だって貴方の横に常に並ばなければいけなかったから。常に背伸びをしてなんとか貴方に合わせようと必死で頑張っていた。

「その強さがわたしには疲れてしまった……そして他の女性を愛してしまったんだ」
 ーー素敵な言い訳ね。

「殿下の愛は妃殿下へと今も注がれているのですから素敵なことですわ。王子もすくすくと成長されてこの国の未来は安泰でございますわ」

 ーーわたくしを引き留めてまた昔のようにわたくしを責めたいのかしら? 
 貴方とのことはもうとっくに終わっているのだから気になどする必要もない。

 


 ーーー殿下との婚約破棄は………

 殿下とわたくしの婚約破棄は今から2年近く前のこと。

 わたくしは殿下の婚約者として自身を常に律し、清く正しく生きてきた。

 それしか生き方を知らなかった。お母様が亡くなり、お父様に放置され家族の温かさすら知らずに生きてきたわたくしにとって、殿下との婚約だけが生きる全て、拠り所だった。

 でも殿下にとっては、面白味もなく感情のないわたくしなど愛せるわけもなく、わたくしとの関係に距離を置こうとした。

 周りの人たちはそれに対してわたくしが焦って殿下の愛を取り戻そうとしているように見えたらしい。だけど本当は……

『殿下、わたくしとの婚約を解消したいとお思いなら、ぜひ陛下達に進言されてください。わたくしの立場からは婚約解消の意思を伝えても聞いてはもらえません。しかし貴方の立場なら…… いずれこの国を背負う殿下の言葉なら聞き入れてもらえるでしょう』
 ーーわたくしの言葉など、わたくしを嫌っているお父様には聞く耳すら持っていないのだから。

『君は僕を悪者にしようと思っているのかい?』

 殿下は溜息を吐きわたくしを睨みつけた。

『違います……ただこのまま結婚しても愛のない家庭ではお互い行き詰まり苦しくなると思うのです』

『君は僕を愛していないと?はっ?あんなに毎日のようにこの王宮へ通い王太子妃としての勉強に励み、さらに最近は執務も行って、まるで僕の妻のように振る舞っているくせに』

『それは……わたくしが貴方の婚約者だからです。それがわたくしに与えられた仕事だから……わたくしなりに貴方の横に並べるようにと頑張っているのです』

『それが……それが、僕にとっては煩わしいんだ!頑張ってる?僕だって頑張ってるよ!王太子として、そしていずれこの国の王になるために。なのに周りは君への評価ばかりを口にする。君は……優秀過ぎるんだよ、それが僕を苦しめるんだ』

 これは15歳の時に殿下に言われた言葉。それからの殿下は人前ではわたくしにも笑いかけるけど、二人になると氷のように冷たい目を向けるようになった。

 そして、貴族社会を知るためにと言う理由から彼は学園に通うようになる。

 学園に通い出した殿下はさらにわたくしを疎んじるようになった。愛はなくとも寄り添い互いを大切にできるならこの結婚もうまくいくのでは……なんて思っていたのに現実は所詮無理なことだった。

 殿下はわたくしの顔を見るのも嫌い王宮でも顔を合わせることはなくなった。そして彼の仕事がなぜかわたくしに回ってくることが増えた。

『殿下は学園に通い始めました。お忙しいのでお暇であるブロア様にお任せするようにとのことです』

『わかりましたわ』

 わたくしは自分の仕事と殿下の仕事を兼任することになった。もちろんわたくしの裁量では出来ないことだけは殿下にお願いした。

 その度に、『こんな仕事もできないのか?』『君は思うほど優秀でないんだな』などお小言を言われる。

『申し訳ございません』その度にわたくしも謝る。

 そんな生活が続くと王宮内でのわたくしの立場はどんどん悪くなっていった。

 噂が噂を呼び、まともに仕事もできない殿下の婚約者。こんな婚約者をこのまま殿下の婚約者として据えていてはこの国自体が立ちいかなくなるのでは?いずれ王妃になるのに王妃としての資格すらないと言われ始めた。

 お父様には何度か呼び出され『しっかりしなさい』『自覚が足りない』と注意をされるようになった。

 官僚達はわたくしがどれだけの仕事をしているのか知っていた。だって殿下の仕事のほとんどが彼らの手によってわたくしに回されているのだから。だけど誰もわたくしを庇うものはいなかった。

 それは自分たちが楽をしたかったから。わたくしに殿下の仕事を押し付ければその日には仕上がる。殿下に催促しなくても済むし愚痴を言われたり嫌ごとを言われずに済む。

 だからみんな口を閉ざした。
 全てわたくしだけを悪者にして。ならばわたくしが声を上げればいい。
 だけどそれすらしなかった。ううん、できなかった。

 声を上げて誰がわたくしの言葉を聞いてくれるのだろう?お父様はわたくしのことを嫌っている。殿下は蔑んでいる。官僚達はわたくしをいいように利用している。

 わたくしは……仕事に追われて体は疲れて、精神的にも追い詰められて考える余裕すらなかった。

 そしてとうとう……

 殿下はあからさまにわたくしを嫌うようになった。
 誰が見ても。

 ただし悪いのはわたくし。まともに仕事もできない、官僚達に怒り散らす性格の悪い婚約者という噂を貴族社会で流された。

 それに対して否定することもなく王宮内の与えられた執務室でひたすら仕事をこなすわたくし。王太子妃教育も終わり、執務しかすることがないわたくしにとって外部から攻撃されることがない執務室は唯一のわたくしの居場所だった。

 仕事はきついし、睡眠時間はあまりない。食事だけは3食運ばれてくるので困らない。服は執務室を出ないので簡素なワンピースで過ごす。
 時間がある時は屋敷に帰ることもある。
 ただ屋敷に帰れば使用人達からの冷たい視線の中過ごすことになるので、ゆっくりできない。
 それなら王宮の執務室で過ごすことがわたくしにとって一番過ごしやすかった。
 そんな生活を続けていればわたくし自身も不思議とそれが当たり前になってきた。

 おかしいとは思わない。殿下がわたくしを悪者にしても悪女と呼ばれてもわたくしの耳には入ってこない。

 それは殿下にとっては都合が良かった。

 そしてわたくしとの婚約解消をわたくしの有責でしようと殿下は企てた。

 殿下は学園で友人となった、今の王太子妃であるロザンナ妃殿下と恋人の関係になっていた。わたくしは興味すらなかったが、二人はいろんなところで逢瀬を重ねていたらしい。

 そしてロザンナ様のお腹にはお二人の大切な赤ちゃんがもうすでにいたのだ。

 殿下はそのお腹の赤ちゃんと愛するロザンナ様を守るためわたくしを有責で婚約解消させてロザンナ様を自分の妃に迎えたいと考えていた。

 ある夜会の日、わたくしはいつものように一人で参加することになっていた。もうこの頃には殿下とパーティーや夜会に共に参加することはなく、一人での出席が当たり前になっていた。だからと言ってそれが寂しいとか悲しいとか感じることもなく、眠たい目を擦りながら『早く終わらないかしら?』と内心思いながらの参加だったので、はっきり言って、どうでも良かった。

 殿下はロザンナ様を伴い夜会に出席していた。わたくしはそんな仲睦まじい二人の姿を興味もなく見ていたが、周りはわたくしを放っておいてはくれなかった。

『ブロア様ったらお一人で夜会に参加するなんて恥ずかしくないのかしら?』
『見て見て、ブロア様がロザンナ様を睨んでいらっしゃるわ』 
 などなど、わたくしのことを話題にしてみんな楽しんでいるようだった。

 この時周りからの悪意を少しは真面目に受け止めておけば良かった。だけどわたくしは投げやりでどうでもいいという態度をとっていた。

 殿下とロザンナ様がわたくしの近くにわざわざ近寄ってきた。

 ーーなぜ?

 そう思った時にはもう遅かった。

 わたくしは誰かに背中を押され持っていたワイングラスをロザンナ様のドレスにかけてしまった。

『酷いわ、わたしが嫌いだからと言ってこんなことまでしなくても』
 ロザンナ様は両手で顔を覆いシクシクと悲しげに泣き出した。

『わたくし?』
 背中を押されロザンナ様にワインをかけたのは確か。だけど……たまたま……偶然なのに……

『あ、あのっ、申し訳なかったわ。替えのドレスをすぐに用意させるわ』

『ブロア、なぜこんな酷いことが出来るんだ?』
 殿下がロザンナ様を庇うように前に立ち、わたくしを睨みつけた。

『わたくしがわざとしたとお思いですか?』

『当たり前だ!君はロザンナに嫌がらせでワインをかけたのをたった今みんな見ていたんだ』

『なぜ嫌がらせだと?たまたま誰かの手がわたくしの体に当たり思わずワインをかけてしまったのです』

『都合のいい話だな』
 なぜ婚約者であるわたくしのことを全く信用してくれないのだろう。わたくしのことをお嫌いでも、わたくしがどんな性格かくらいご存知のはず。

 わたくし達の会話を周りの人は聞きながら
『嫉妬から殿下の恋人にワインをかけたらしい』とヒソヒソと話しはじめた。

 これが殿下の罠だったと後で気がついたけどもう遅かった。

 この瞬間、わたくしは、まともに仕事もできない婚約者、そして嫉妬で意地悪をする醜い心を持つ婚約者になり、醜聞はどんどん広まっていく。

 立場がさらに悪くなり頭を抱えていた時に、執務室に殿下が物凄い形相で怒鳴り込んできた。

『ロザンナのドレスが切られる事件が起きた、君の仕業だな』

『わたくしは何も知りません』
 ーー突然の言葉に唖然とした。

 執務室からほぼ出ることなく仕事をしているのに一体どうやってロザンナ様のドレスを触ることが出来るのだろう?

 そう殿下に伝えたのに……

『君が手出ししなくても、君には優秀な護衛騎士がいるからね、彼ならどんな頼みで聞いてくれるだろう?』

 わたくしは冤罪をかけられ、婚約破棄をされることになった。



◆ ◆ ◆

殿下との婚約破棄に関しては、【さよならのかわりに】のままになっております。











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