34 / 41
短編
眼鏡令嬢は恋を知らない。
みんなが恋だの愛だのと会話を楽しそうに弾ませている時、一人楽しく勉強と読書に勤しんだ。
現実の恋なんて面倒だわ。それよりも本の世界の中はとても楽しい。想像の世界はわたしを傷つけないもの。それに知らないことをたくさん知ることの方が恋をするよりも有意義だと思ってるの。
幼い頃、よく遊びに行った領地で会っていた少年。名前すら忘れたけど手を繋いで走り回って仲良く遊んだ。
自分の顔がかわいいなんてもちろん思っていない。本が大好きだったからか、子供の頃から視力が悪く眼鏡をかけないとダメで、いつも眼鏡を手放せない。そんな女の子だった。
だからよく男の子に揶揄われた。
『眼鏡をかけてる女の子って可愛くない!』
『眼鏡外して見せてよ!ブスだから顔を隠してるんだろう?』
『眼鏡っ子、病気が移るからそばに来るな!』
『眼鏡の子って暗いから仲間に入れたくない』
領地の子達は眼鏡をかけている子が珍しくよく揶揄われた。男の子特有の意地悪だってわかってはいても、それなりに傷つく。
平民の子は素直に自分の感情を隠さずに言うところがある。これが王都にいる貴族の子供ならわたしに対してそんなことを思っていても身分の高いわたしにそんな言葉を吐く人はいなかった。
残酷だけど何故か腑に落ちて納得してしまった。
ーーわたしは可愛くない。眼鏡をかけた女の子は嫌われるんだと。
周りは気を遣って本当のことを言えなかったんだと。
そして仲良く遊んでいた男の子も気がつけばわたしを避けるようになった。
わたしと遊ぶのが恥ずかしくなったのかもしれない。
それからわたしは避暑地へ行っても屋敷から出ることは無くなった。
屋敷の敷地だけでも十分広いし、屋敷で働く使用人の子供達が代わりにわたしの遊び相手になってくれた。
お嬢様であるわたしに誰も文句は言えないし馬鹿にすることもない。
そんな主従関係の中での遊びは、子供ながらに申し訳なくて「遊んでくれてありがとう。いつも迷惑をかけてごめんなさい」と謝りながら遊んでもらっていた。
大人の人たちの心遣いを無下にも出来ず、かと言って大人に無理やりわたしと遊ぶことを強制された子供を無視してしまう事もできず、あの頃は本当に心が痛かった。
だってわたしが嫌がれば使用人の子は親に叱られるもの。
だんだん人と関わるのが億劫になってしまった。気を遣ってまで遊ばないといけないの?それならもう領地に行くこともやめよう。
気がつけば子供ながらに立派な引き篭もりとなっていた。
あの頃のことを思い出すと今はとても楽だわ。
王都の屋敷の中、一人書庫の中で朝から晩まで過ごす。学校?とりあえず行ってるわ。
卒業できる程度に。
それこそ寝食を忘れるくらい毎日本を読み漁っている。
ほんの数ヶ月前、『君との婚約を解消したい』とニ年間婚約者として過ごした三歳年上の人からフラれてわたしは傷心(のフリなんだけど)だからと、屋敷からあまり出ない暮らしを始めた。
それが、とっても、楽!!で、とっても、充実!!してるの。
お母様は「貴女が心配なの」といつも一人でハラハラしてるみたい。
お父様は「まっ、お前は我が家で好きなように過ごせばいい」とわたしと同じのんびりと構えてくれているわ。
試験の成績さえ良ければなんの問題はないもの。
それなのに………
わたしの16歳の楽しい人生が突然…………
「えっ⁈」
わたし、とうとう耳がおかしくなったのかもしれない。
「すまない、イリーン、突然だがお前の嫁ぎ先が決まってしまったんだ」
「…………好きに過ごしていいって言ったじゃない!」お父様に向かってついムキになって叫んでいた。
ーーだってどうせ男の人は外見だけを見てわたしを鼻で笑うのだもの。
数日後わたしの体はいつも以上に磨き上げられ、白粉をたっぷり頬に付けられ、赤い口紅をつけて、綺麗なドレスを着てちょこんと椅子に座らされている。
自分の顔にもこの場所にもうんざり。
そっと腰を上げると「どこへ行くのかしら?」お母様が扇子の下に怖い微笑みを隠し、わたしを見た。
ーー怖い、怖い。
「あ、あの、ちょっとお花摘みに……ほほほほっ」
ちっ、これは逃げられない。わたしの後ろに数人のメイドがピッタリと張り付いている。
仕方なくトイレへ行くとまた部屋に戻った。
「早かったわね?もうお相手の方は見えているそうよ。この部屋にお通しするからイリーンは笑顔でむかえるように、わかってるな?」
お父様はお母様の手前、厳しくわたしに言う。
ーーもう!逃げられないじゃない!様子を見て逃がしてやると約束したくせに!
お父様はわたしから視線を逸らし、目を合わせようともしない。
ったく!お母様に弱いんだから!
「失礼致します。お待たせして申し訳ありません」
笑顔という仮面を被り挨拶をした。
「やあ、久しぶりだね」
ーー久しぶり?
あなたなんて知らないわ。頭を上げると、どこかで見た……見覚えのある顔?
キョトンとしていると「忘れたの?」と訊かれた。
………………………はっ!
「領地にいた子?」
「酷いな、僕の名前、覚えていないの?」
「………名前なんて呼んだことあったかな?」
思わず呟いた。
「えっ?それは酷くない?」
「………ソウカナ……」
酷いのは君でしょう?そう言いたかった。
友達だと思っていたのに、みんなに馬鹿にされるとわたしに会いにくることもなくなったじゃん!
「では、遠慮なく言わせていただきますね?」
満面の笑みで彼を見た。
「このお話はなかったと言うことで、お願いいたしますわ。わたくし、好きな人と愛し合って結婚するのが夢なんです。名も知らないお方と結婚なんてできかねますわ、おほほほほっ」
「イ、イリーン!何を言い出すの!」
お母様の顔は真っ赤っか。お父様は青ざめてるみたい。
彼の隣にいる多分父親?は口元に手を置きなぜか笑いを堪えている。
彼は呆然としていた。
「だってわたくし薄情な男って嫌いなんだもの。眼鏡をかけた女なんかと結婚したらあなたが恥をかくだけだと思うわ?ねっ?わたくし、お祖母様の残した屋敷をもらうことになっているの。そこでのんびりと暮らすのが夢なの。お母様はご存知ですよね?
最近婚約解消されたばかりの傷心のわたしにすぐにまた婚約なんて、絶対無理だもの。明日にでも向こうに移り住むわ、こんな娘、もう居ないものだとお考えになってくださいまし」
目に涙は……たまってないけど、とりあえずウルウルしてみせた。
ーー冗談じゃないわ、思い出しても腹が立つ!こんな奴と結婚なんて絶対に無理!あり得ない!
さっさとお祖母様の屋敷に引き篭ろう。
周りの農地ももらっているから少しばかりの収入はあるもの。贅沢しなければ暮らしていけるわ。婚約解消された時の違約金ももらったしね。
わたしはみんなにぺこりと頭を下げて部屋に戻るとすぐに荷造りを始めた。
こんなところにいたらまた今度は別の誰かと婚約させられる。冗談じゃないわ!
眼鏡女なんて馬鹿にされるだけ。女主人になっても侮られて馬鹿にされてずっと辛い日々を過ごすはずだもの。(小説にそう書いてあったわ)
「何をしているの?」
お母様が部屋にやってきた。
「さっき言ったとおり、この家を出て行くつもりです」
「だ、ダメよ?イリーンは眼鏡をかけてはいるけど、本当はとても可愛らしい子よ?聡明で優しい、それに本当は誰よりも恋する乙女じゃない!」
「はああ?わたしが?どこが?」
お、おもわず叫んでしまった。お母様ったら何を言い出すの?
「だって、本当はエイリック君が大好きだったじゃない。だからお母様、エイリック君となら結婚してくれると思って……」
「エイリック…君ってさっきの彼?」
「もう!イーリンったら!本当に名前も忘れているの?」
「…………まったく……覚えていません」
ーー本当に名前なんて忘れてしまっていた。たぶん記憶の中から無理やり消し去ったんだと思う。
なのに目の前に現れるから……嫌な記憶だけがどんどん蘇ってくるじゃない!もう!!
「本当は二人を婚約させるために領地で会わせていたのよ?」
「へぇーーー、ソウデスカ」
「もう!何、その言い方!」
「お母様……『今更』って言葉ご存知ですか?」
「当たり前じゃない!知っているわよ」
「そうですか……ではまさしく『今更』なんです。彼のことは全て忘れました。結婚なんてあり得ません。向こうだって嫌だと思います」
「イーリン……あの頃のこと説明しなかったわたし達が悪いの……エイリックはお母様を亡くされて、お父様と離れて別の場所で暮らし始めたの……だけどあなたが何も言わないし聞こうとしないから……わたし達も何も言わない方が思い出さなくて、寂しくないだろうと思って伝えなかったの……」
「……眼鏡っ子のわたしといるのが恥ずかしいんじゃなくて?」
「誰がそんなことを言ったの?」
「領地で近所の子達が……」
「まあ!女の子に向かって?それは酷いわ」
「あ、あの、それはたぶん……あの子達はエイリック様とばかり遊ぶイーリン様に嫉妬して意地悪なことを言ったのだと思います」
わたしとよく一緒に領地に行っていたメイドが困った顔をして言った。
「嫉妬?」
「はい、イーリン様はエイリック様ばかりと遊ばれるから周りの男の子は面白くなかったんだと思います……うちの子達もイーリン様と遊べることを楽しみにしておりました。だけどイーリン様はいつもエイリック様ばかりといらっしゃるから……」
「眼鏡のことを馬鹿にしていたわ?」
「それは……態と意地悪して気を惹きたかったんだと思います」
「わたし、結構傷ついたんだけど?」
「申し訳ありません。子供のことだからとついそのまま見逃していました」
ーー子供のことだから、傷つくのよ!
「イーリンはエイリック君のこともう好きではなさそうだし、元婚約者のアレ。アレならイーリンを幸せにしてくれると思ったの。だけどアレは浮気して恋人を孕ませて、わたし達は見る目がなかったと後悔したわ。だから今度はやっぱりイーリンが好きだったエイリック君ならと思ったの。向こうはまだ婚約者がいなかったし、ちょうどいいと思って、ねっ?」
お母様、だんだん必死になってるわ。
「………わたし、恋をして好きになった人としか結婚はできません」
もう一度強くそう言った。これで、諦めて!
「素敵だわ、もう一度エイリック君と恋をして結婚するのね?」
「いやいや、違います!」
「もう!わたし母親なんだもの!イーリンの気持ち、わかっているわ!」
「ち・が・うーー!」
わたしの声なんて聞こえていない!
母親のパワーに押し切られわたしはなぜかエイリックと婚約させられた。
「ねぇ、エイリック、わたしは好きにならないと結婚はしないわ」
「わかってる。絶対好きにさせるから。イーリンが他の奴と婚約したと聞いた時はショックで、だけど諦められなかった。解消したと聞いてイーリンには悪いけどチャンスだと思ったんだ。まさか名前すら忘れられているとは思わなかったけど、俺、絶対好きになってもらえるように努力するよ。
ちなみに俺ずっと隣国で暮らしてたから珍しい本たくさん持ってるんだけど?」
「珍しい本?どんな本かしら?」
「今から遊びにおいでよ」
恋を知らないわたしは完全に『本』に釣られてしまった気がするわ。
初恋は実らないと言うけど……
現実の恋なんて面倒だわ。それよりも本の世界の中はとても楽しい。想像の世界はわたしを傷つけないもの。それに知らないことをたくさん知ることの方が恋をするよりも有意義だと思ってるの。
幼い頃、よく遊びに行った領地で会っていた少年。名前すら忘れたけど手を繋いで走り回って仲良く遊んだ。
自分の顔がかわいいなんてもちろん思っていない。本が大好きだったからか、子供の頃から視力が悪く眼鏡をかけないとダメで、いつも眼鏡を手放せない。そんな女の子だった。
だからよく男の子に揶揄われた。
『眼鏡をかけてる女の子って可愛くない!』
『眼鏡外して見せてよ!ブスだから顔を隠してるんだろう?』
『眼鏡っ子、病気が移るからそばに来るな!』
『眼鏡の子って暗いから仲間に入れたくない』
領地の子達は眼鏡をかけている子が珍しくよく揶揄われた。男の子特有の意地悪だってわかってはいても、それなりに傷つく。
平民の子は素直に自分の感情を隠さずに言うところがある。これが王都にいる貴族の子供ならわたしに対してそんなことを思っていても身分の高いわたしにそんな言葉を吐く人はいなかった。
残酷だけど何故か腑に落ちて納得してしまった。
ーーわたしは可愛くない。眼鏡をかけた女の子は嫌われるんだと。
周りは気を遣って本当のことを言えなかったんだと。
そして仲良く遊んでいた男の子も気がつけばわたしを避けるようになった。
わたしと遊ぶのが恥ずかしくなったのかもしれない。
それからわたしは避暑地へ行っても屋敷から出ることは無くなった。
屋敷の敷地だけでも十分広いし、屋敷で働く使用人の子供達が代わりにわたしの遊び相手になってくれた。
お嬢様であるわたしに誰も文句は言えないし馬鹿にすることもない。
そんな主従関係の中での遊びは、子供ながらに申し訳なくて「遊んでくれてありがとう。いつも迷惑をかけてごめんなさい」と謝りながら遊んでもらっていた。
大人の人たちの心遣いを無下にも出来ず、かと言って大人に無理やりわたしと遊ぶことを強制された子供を無視してしまう事もできず、あの頃は本当に心が痛かった。
だってわたしが嫌がれば使用人の子は親に叱られるもの。
だんだん人と関わるのが億劫になってしまった。気を遣ってまで遊ばないといけないの?それならもう領地に行くこともやめよう。
気がつけば子供ながらに立派な引き篭もりとなっていた。
あの頃のことを思い出すと今はとても楽だわ。
王都の屋敷の中、一人書庫の中で朝から晩まで過ごす。学校?とりあえず行ってるわ。
卒業できる程度に。
それこそ寝食を忘れるくらい毎日本を読み漁っている。
ほんの数ヶ月前、『君との婚約を解消したい』とニ年間婚約者として過ごした三歳年上の人からフラれてわたしは傷心(のフリなんだけど)だからと、屋敷からあまり出ない暮らしを始めた。
それが、とっても、楽!!で、とっても、充実!!してるの。
お母様は「貴女が心配なの」といつも一人でハラハラしてるみたい。
お父様は「まっ、お前は我が家で好きなように過ごせばいい」とわたしと同じのんびりと構えてくれているわ。
試験の成績さえ良ければなんの問題はないもの。
それなのに………
わたしの16歳の楽しい人生が突然…………
「えっ⁈」
わたし、とうとう耳がおかしくなったのかもしれない。
「すまない、イリーン、突然だがお前の嫁ぎ先が決まってしまったんだ」
「…………好きに過ごしていいって言ったじゃない!」お父様に向かってついムキになって叫んでいた。
ーーだってどうせ男の人は外見だけを見てわたしを鼻で笑うのだもの。
数日後わたしの体はいつも以上に磨き上げられ、白粉をたっぷり頬に付けられ、赤い口紅をつけて、綺麗なドレスを着てちょこんと椅子に座らされている。
自分の顔にもこの場所にもうんざり。
そっと腰を上げると「どこへ行くのかしら?」お母様が扇子の下に怖い微笑みを隠し、わたしを見た。
ーー怖い、怖い。
「あ、あの、ちょっとお花摘みに……ほほほほっ」
ちっ、これは逃げられない。わたしの後ろに数人のメイドがピッタリと張り付いている。
仕方なくトイレへ行くとまた部屋に戻った。
「早かったわね?もうお相手の方は見えているそうよ。この部屋にお通しするからイリーンは笑顔でむかえるように、わかってるな?」
お父様はお母様の手前、厳しくわたしに言う。
ーーもう!逃げられないじゃない!様子を見て逃がしてやると約束したくせに!
お父様はわたしから視線を逸らし、目を合わせようともしない。
ったく!お母様に弱いんだから!
「失礼致します。お待たせして申し訳ありません」
笑顔という仮面を被り挨拶をした。
「やあ、久しぶりだね」
ーー久しぶり?
あなたなんて知らないわ。頭を上げると、どこかで見た……見覚えのある顔?
キョトンとしていると「忘れたの?」と訊かれた。
………………………はっ!
「領地にいた子?」
「酷いな、僕の名前、覚えていないの?」
「………名前なんて呼んだことあったかな?」
思わず呟いた。
「えっ?それは酷くない?」
「………ソウカナ……」
酷いのは君でしょう?そう言いたかった。
友達だと思っていたのに、みんなに馬鹿にされるとわたしに会いにくることもなくなったじゃん!
「では、遠慮なく言わせていただきますね?」
満面の笑みで彼を見た。
「このお話はなかったと言うことで、お願いいたしますわ。わたくし、好きな人と愛し合って結婚するのが夢なんです。名も知らないお方と結婚なんてできかねますわ、おほほほほっ」
「イ、イリーン!何を言い出すの!」
お母様の顔は真っ赤っか。お父様は青ざめてるみたい。
彼の隣にいる多分父親?は口元に手を置きなぜか笑いを堪えている。
彼は呆然としていた。
「だってわたくし薄情な男って嫌いなんだもの。眼鏡をかけた女なんかと結婚したらあなたが恥をかくだけだと思うわ?ねっ?わたくし、お祖母様の残した屋敷をもらうことになっているの。そこでのんびりと暮らすのが夢なの。お母様はご存知ですよね?
最近婚約解消されたばかりの傷心のわたしにすぐにまた婚約なんて、絶対無理だもの。明日にでも向こうに移り住むわ、こんな娘、もう居ないものだとお考えになってくださいまし」
目に涙は……たまってないけど、とりあえずウルウルしてみせた。
ーー冗談じゃないわ、思い出しても腹が立つ!こんな奴と結婚なんて絶対に無理!あり得ない!
さっさとお祖母様の屋敷に引き篭ろう。
周りの農地ももらっているから少しばかりの収入はあるもの。贅沢しなければ暮らしていけるわ。婚約解消された時の違約金ももらったしね。
わたしはみんなにぺこりと頭を下げて部屋に戻るとすぐに荷造りを始めた。
こんなところにいたらまた今度は別の誰かと婚約させられる。冗談じゃないわ!
眼鏡女なんて馬鹿にされるだけ。女主人になっても侮られて馬鹿にされてずっと辛い日々を過ごすはずだもの。(小説にそう書いてあったわ)
「何をしているの?」
お母様が部屋にやってきた。
「さっき言ったとおり、この家を出て行くつもりです」
「だ、ダメよ?イリーンは眼鏡をかけてはいるけど、本当はとても可愛らしい子よ?聡明で優しい、それに本当は誰よりも恋する乙女じゃない!」
「はああ?わたしが?どこが?」
お、おもわず叫んでしまった。お母様ったら何を言い出すの?
「だって、本当はエイリック君が大好きだったじゃない。だからお母様、エイリック君となら結婚してくれると思って……」
「エイリック…君ってさっきの彼?」
「もう!イーリンったら!本当に名前も忘れているの?」
「…………まったく……覚えていません」
ーー本当に名前なんて忘れてしまっていた。たぶん記憶の中から無理やり消し去ったんだと思う。
なのに目の前に現れるから……嫌な記憶だけがどんどん蘇ってくるじゃない!もう!!
「本当は二人を婚約させるために領地で会わせていたのよ?」
「へぇーーー、ソウデスカ」
「もう!何、その言い方!」
「お母様……『今更』って言葉ご存知ですか?」
「当たり前じゃない!知っているわよ」
「そうですか……ではまさしく『今更』なんです。彼のことは全て忘れました。結婚なんてあり得ません。向こうだって嫌だと思います」
「イーリン……あの頃のこと説明しなかったわたし達が悪いの……エイリックはお母様を亡くされて、お父様と離れて別の場所で暮らし始めたの……だけどあなたが何も言わないし聞こうとしないから……わたし達も何も言わない方が思い出さなくて、寂しくないだろうと思って伝えなかったの……」
「……眼鏡っ子のわたしといるのが恥ずかしいんじゃなくて?」
「誰がそんなことを言ったの?」
「領地で近所の子達が……」
「まあ!女の子に向かって?それは酷いわ」
「あ、あの、それはたぶん……あの子達はエイリック様とばかり遊ぶイーリン様に嫉妬して意地悪なことを言ったのだと思います」
わたしとよく一緒に領地に行っていたメイドが困った顔をして言った。
「嫉妬?」
「はい、イーリン様はエイリック様ばかりと遊ばれるから周りの男の子は面白くなかったんだと思います……うちの子達もイーリン様と遊べることを楽しみにしておりました。だけどイーリン様はいつもエイリック様ばかりといらっしゃるから……」
「眼鏡のことを馬鹿にしていたわ?」
「それは……態と意地悪して気を惹きたかったんだと思います」
「わたし、結構傷ついたんだけど?」
「申し訳ありません。子供のことだからとついそのまま見逃していました」
ーー子供のことだから、傷つくのよ!
「イーリンはエイリック君のこともう好きではなさそうだし、元婚約者のアレ。アレならイーリンを幸せにしてくれると思ったの。だけどアレは浮気して恋人を孕ませて、わたし達は見る目がなかったと後悔したわ。だから今度はやっぱりイーリンが好きだったエイリック君ならと思ったの。向こうはまだ婚約者がいなかったし、ちょうどいいと思って、ねっ?」
お母様、だんだん必死になってるわ。
「………わたし、恋をして好きになった人としか結婚はできません」
もう一度強くそう言った。これで、諦めて!
「素敵だわ、もう一度エイリック君と恋をして結婚するのね?」
「いやいや、違います!」
「もう!わたし母親なんだもの!イーリンの気持ち、わかっているわ!」
「ち・が・うーー!」
わたしの声なんて聞こえていない!
母親のパワーに押し切られわたしはなぜかエイリックと婚約させられた。
「ねぇ、エイリック、わたしは好きにならないと結婚はしないわ」
「わかってる。絶対好きにさせるから。イーリンが他の奴と婚約したと聞いた時はショックで、だけど諦められなかった。解消したと聞いてイーリンには悪いけどチャンスだと思ったんだ。まさか名前すら忘れられているとは思わなかったけど、俺、絶対好きになってもらえるように努力するよ。
ちなみに俺ずっと隣国で暮らしてたから珍しい本たくさん持ってるんだけど?」
「珍しい本?どんな本かしら?」
「今から遊びにおいでよ」
恋を知らないわたしは完全に『本』に釣られてしまった気がするわ。
初恋は実らないと言うけど……
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。