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短編
落ちぶれた元公爵令嬢は今とても幸せです 前編
いつも学校に着くと決まった席に一人で座る。1番後ろの窓際の席。
そこから静かに同級生の姿を見ている。
別にいじめられてるわけでも友人がいないわけでもないの。
仲の良い友人も出来たし、勉強も楽しくて毎日が充実してる。
「マリア様、そこ退いてくださいな」
ハッとして急いで立ち上がった。
「申し訳ございません」
頭をペコリと下げて席を立ち壁際に体を寄せた。
この国の学校には、しっかりと階級がある。
皆平等にと掲げられてはいても、王子殿下や王女殿下はやはり雲の上の人だし、公爵家や侯爵家の子供達は皆一つに固まってこの学園のトップとしてグループを作り君臨している。
中間の伯爵家や子爵家の子供達はそれぞれの家との横のつながりや縦のつながりの中で、周りの空気を読みながら幼い頃から友人関係を作っていた。
わたしは……元公爵家……今は子爵家の令嬢として過ごしている。
数年前の飢饉でかなりの借金を抱えたお父様が新しい事業を起こしてなんとか借金の穴埋めをしようとしていた。
まともに事業などしたこともないお父様は悪徳商人に騙されてお金だけを巻き上げられ気がつけば借金は膨らみもう返すことすらできなくなってしまった。
領地を泣く泣く手放しお父様は爵位を兄様に譲り両親はど田舎の領地でひっそりと暮らし始めた。
その時わたしはまだ13歳で、王立学園だけは卒業させたいと公爵から子爵位へと落ちぶれてしまったが爵位を譲られた兄様と共に、王都の小さなタウンハウスで暮らすことになった。
兄様は縮小された領地の運営をしながら王城で文官として働き始めた。
そうなれば高位貴族のグループにわたしの居場所などない。
落ちぶれたわたしは一人で教室では過ごした。
でもお友達がいないわけではないの。
数年前まで親友だった彼女達から座っていた場所を奪われてわたしは教室をそっと抜け出した。
王立学園にはいくつもの中庭やガゼホ、テラスハウスなどがある。
わたしのお気に入りは……裏庭にあるたくさんの花が咲いている場所にいくつか置かれている古ぼけた赤いベンチ。
「はあ……今日もみんな相変わらずだったわ」
公爵令嬢だった頃は蝶よ花よと大切にされみんなからもおだてられて、チヤホヤされその全ては当たり前だと傲慢に生きてきた。
だってみんながわたしを持ち上げるから……わたしって美人で人気者なんだと勝手に思い込んでいたんだもの。
わたしはこの国で一番幸せな令嬢だと思って過ごしていたもの。とわたしを大切にしてくれる人達に囲まれて、大好きな宝石やドレスに囲まれて、一生幸せな日々は続くと思っていたわ。
だけどお父様の失敗で掌を返したように皆去って行った。残ったのはわずかな領地と『子爵』という地位だけ。
でも今の方が幸せかもしれない。
大好きなお兄様と小さなタウンハウスで肩を寄せ合いながら暮らしている。
公爵令嬢として過ごしている時には家族の温もりなど感じたことがなかった。でも今は互いに気遣い合い、優しさ溢れ笑顔でいることができる。
通いの使用人が数人いるだけのタウンハウスでの生活は自分で朝起きて前日作り置きしてくれていたパンやスープを温めて二人で話をしながら食べる。残ったおかずをお弁当箱のに入れて学校へ登校する。
学校に行く時は馬車は兄様が乗るので自分は歩いて通う。
以前のわたしには歩くなんてあり得なかった。
おかげで体力もついたし、共に通う友人(みんな平民だけど)もできた。
「おはよう!」
「宿題はしたの?」
「今日は一緒にお昼を食べようね」
なんて会話をしながら男女関係なくみんなで歩きながら登校する。
ふふっ、いいことばかりだわ。
最近は学校が終わると兄様が帰ってくるまで暇なので学校に行く途中で知り合った子供の住むお屋敷へバイトに通い始めた。
迷子の男の子が泣いていたので保護して、抱っこしてお家を探して連れ帰ってあげたのがきっかけ。
あんまり泣き止まないから肩車したり、高い高いをしたりして遊んであげながら迷子の男の子の家探しをしたら何故か屋敷の主人に気に入られた。
そして「お姉ちゃんと遊ぶ!」と男の子に泣き叫ばれ気がつけば暇な時は『ノエルくん』と遊ぶ約束をさせられた。
お屋敷の当主であるノエルくんのお父様もお母様も何故かわたしを気に入ってくれて「いつでもきてください」と大歓迎されている。
知らなかったのだけどノエルくん、気に入らないとすぐ泣き叫ぶ、かなりの癇癪持ちで手に負えなかったらしい。
遊びに行くようになって使用人の人に教えてもらった。
迷子になった日もどうしても自分の思い通りにならなくて怒って屋敷を飛び出したらしい。
そして走って屋敷を出たはいいけど、家に帰れなくなってベソをかいていたところをわたしが発見して助けたらしい。
ノエルくんにとっては心細くて怖かった初めての体験。助けたわたしに懐くのも仕方がないよね、なんて軽く思っていたけどノエルくんはわたしが屋敷に通い始めてから落ち着いて癇癪をあまり出さなくなった。
多分わたしが会いに行くと、かけっこしたりかくれんぼしたり、体をたくさん動かしているのでストレス発散されるし、体もいっぱい動かして疲れてしまう。癇癪起こす暇もないくらい遊ぶので癇癪を起こす暇もないようだ。
「ノエルはね、マリアがいてくれるから、なんにもいらないの」
わたしのお膝に座りニコニコ笑うノエルくん。一緒に絵本を読むと、わたしのために読んであげたいと最近は字の勉強も始めた。
まだ書くのは難しいけど読むことはできるようになった。
4歳児にしては十分優秀。将来が楽しみ。
ただここのお屋敷の住人は多分訳ありなんだと思う。ものすごくお金持ちでどこかよその国の貴族か王族なのでは?と勝手に想像している。
だって警備も実は厳重だし(ノエルくんが家出してからは特に厳しくなったらしい)使用人の数も半端ない。
公爵家でもこんなにたくさんの使用人や騎士達を抱えていなかったもの。
それに……おやつがとにかく美味しい。
その辺のカフェで食べるスイーツより何倍も美味しい。
あまり聞いたことがない名前のスイーツが毎回出される。
ノエルくんに「マリアはなにがすき?」と聞かれるけど「全て美味しいです」としか答えようがない。それくらい美味しいの。
わたし子爵令嬢になって一番良かったと思うのはこのスイーツをタダで食べれることかもしれない。さらに毎月アルバイト代までいただける。このお金をしっかり貯めて将来のために使おうと思っている。
お弁当を美味しくいただいていると……
「マリア、またこんなところで一人でいるのか?」
心配そうに毎回やってくるのは元婚約者。
「わたしここの景色が好きなんです」
困ったように微笑んだ。
ーーわたしに話しかけないで。
と、彼にわかるように。
なのにこの人はちっともわかってくれない。
もうわたしは子爵令嬢でこの人とは格差がありすぎて親しく話すことすらできない、雲の上の人なのに。
「ふうん、君の今見ている景色は……空が……青い……なんだかホッとするね。それにここの花はあまり豪華ではないけどとても可愛らしい花が多いんだね」
わたしの隣に座ってわたしが見ている景色を一緒に見ている。
「豪華な薔薇や百合も素敵ですが、ガーベラやひまわりも可愛くて好きなんです」
この時期の花は色鮮やかで目を楽しませてくれる。
「君はとても目立つ人なのに、可愛らしい花を好んでいたよね?かすみ草やカーネーション、リンドウ、あとトルコキキョウなんかも好きだったね?」
「お花ならなんでも好きです。いつかお庭の手入れをしながらのんびりと暮らしたいとそう思っています」
「そこに……僕はいないんだ……よね?」
「ええ、あなたとはもう婚約解消しましたから。そろそろ次のお相手が決まる頃では?」
婚約解消してからもう半年が過ぎた。
16歳になっているから急いで次の相手を見つけなければならない。
今からでも遅いくらいのはずよ。
うーん、年下なら間に合うかしら?
わたしは10歳でこの人の婚約者になり5年かけてなんとか教育課程を修了できた。それでもまだまだ足りないくらいだ。
「僕の隣は君だけだ。父上も母上も君が良いと言ってくれている。僕もそうおも…………」
「ダメです。わたしはもう低位貴族の娘なんです。あなたの横に並べばあなたが侮られてしまいますわ」
「しかし君の母方の祖父母は公爵家だし、君の父方の従兄弟達だって侯爵家だろう?」
「そうです……その方々に父はとてもご迷惑をお掛けしたんです。穴があったら入りたいくらいですわ」
お父様は騙されて支払えなくなったお金を親戚に肩代わりしてもらった。領地を手放して全て清算はしたのだけど……ほんとみんなに迷惑をかけてしまったわ。
「人が良過ぎたんだ、君の父上は。飢饉が起きた時、領民から税金を取り立てようとしないで逆に自らの私金をみんなのために使ったんだ。まあ、そのあと騙されてしまったのはちょっと、うんかなりの痛手になったけどね?」
「わたし、そんなお父様を……本当は尊敬しているんです。みんなはお人好しだの馬鹿だの言ってますが、わたしは立派だと思ってます」
「うん、だから、君ともう一度、よりを戻したい」
「殿下………それは何度もお断りしております」
「諦めたくないから何度もプロポーズしているんだけど?」
「ふふふふ、殿下?それは……」
もう言ってもいいわよね?
「わたしがあなたを愛していた時に言って欲しかったわ。あなたと婚約している時、あなたは……低位貴族の者達との交流も大切だからと何人もの令嬢とお付き合いされていました」
思い出すのは一年前の光景……お父様の仕事がうまくいかずわたし自身もどうなることかと胸を痛めていた。
そんな時殿下に少しでも頼りたくて、少しでもお顔だけでも見たくて、でも公務と学校、生徒会と忙しそうにされていた殿下にご迷惑がかからないようにそっと会いに行ったら……
「殿下は生徒会室で……コホンッ。あ、あの、まぐわっておりましたわ」
「…………見たのか?」
「見たかったわけではございません。見えたのです」
「………あれは……その……誘われて…つい……」
さっきまで爽やかな笑顔を見せていた殿下の顔が苦渋に満ちていた。
いやいや、バレてないと思っていたあなたの方がおかしいと思うわ!
だって何人もの令嬢に「殿下って激しいの」とか「とても素敵な体なの」と頬を染めてうっとりとした顔でわたしに直接言いに来ていたんだもの。
初めは意味がわからなくて兄様に聞いてみたら「はあーーー」と大きな溜息をつかれた。
「マリアいいかい?殿下も男だ。仕方ないと思うか気持ち悪いと思うかでこれからが決まる。もう無理だと思うなら婚約なんて解消すればいい。ちょうど父上が子爵になることが決まった。それを言い訳に婚約解消しなさい。
お祖父様や伯父上達がマリアのためにと後ろ盾が必要だからと後継人になってくださると言われても断るんだ。
でも殿下をそれでも愛せるのなら、頭を下げて後見人になってもらうんだ」
「あの、どういうことですか?」
兄様の言葉に驚いた。だって、仕方ないとか許せるとか、嫌なら婚約解消とか、全くもって意味がわからなかった。
だけど兄様の言葉の意味を知ることになった。生徒会室での殿下の姿を見てから。
わたしはあまりの気持ち悪さに……その晩寝込んだ。
だって……気持ち悪かったんだもの。胃の中のものがなくなってもまだ吐き気に襲われるし、目を瞑ればあの気持ち悪い光景が思い出されるし。
しばらく家のことがバタバタしているのを言い訳に学校も休んだ。
もうほとんど勉強の方は終えていた。とりあえずみんなに会いたくて学校へ通っていただけだった。
落ちぶれたわたしを見捨てさっさと去って行った友人だと思っていた令嬢達。だけどわたしのそばに去ることもなく残ってくれたのは平民と言われる人たちだった。
王太子妃教育の一環で街でいろんな体験をするために、お店で働いたり、教会でボランティア活動をしていた。そこで知り合った同級生と友人になった。わたしの身分が落ちぶれても、王太子の婚約者ではなくなっても変わらず友人として接してくれた人たちは平民と言われる高位貴族からすると蔑んでいた相手だった。
わたしも王太子妃教育のおかげで、みんなと接する機会を与えてもらった。みんなの明るさ、底なしの強さに惹かれた。
そのおかげで殿下の裏切りもどうでもよくなった。もう無関係な人。
なのに……
「しつこい!気持ち悪い!そのいろんな女の人を抱いた手で触らないでください!変な病気がうつると嫌だわ」
思わず殿下が触れた自分の腕をハンカチで拭いた。
「もう二度と話しかけないでください。わたしはあなたに声をかけていただける立場にはおりませんので。どうぞ花に群がるたくさんの蝶と戯れてお過ごしくださいませ」
呆然としている殿下を置いてわたしは赤いベンチから立ち上がった。
「では失礼致しますわ」
そこから静かに同級生の姿を見ている。
別にいじめられてるわけでも友人がいないわけでもないの。
仲の良い友人も出来たし、勉強も楽しくて毎日が充実してる。
「マリア様、そこ退いてくださいな」
ハッとして急いで立ち上がった。
「申し訳ございません」
頭をペコリと下げて席を立ち壁際に体を寄せた。
この国の学校には、しっかりと階級がある。
皆平等にと掲げられてはいても、王子殿下や王女殿下はやはり雲の上の人だし、公爵家や侯爵家の子供達は皆一つに固まってこの学園のトップとしてグループを作り君臨している。
中間の伯爵家や子爵家の子供達はそれぞれの家との横のつながりや縦のつながりの中で、周りの空気を読みながら幼い頃から友人関係を作っていた。
わたしは……元公爵家……今は子爵家の令嬢として過ごしている。
数年前の飢饉でかなりの借金を抱えたお父様が新しい事業を起こしてなんとか借金の穴埋めをしようとしていた。
まともに事業などしたこともないお父様は悪徳商人に騙されてお金だけを巻き上げられ気がつけば借金は膨らみもう返すことすらできなくなってしまった。
領地を泣く泣く手放しお父様は爵位を兄様に譲り両親はど田舎の領地でひっそりと暮らし始めた。
その時わたしはまだ13歳で、王立学園だけは卒業させたいと公爵から子爵位へと落ちぶれてしまったが爵位を譲られた兄様と共に、王都の小さなタウンハウスで暮らすことになった。
兄様は縮小された領地の運営をしながら王城で文官として働き始めた。
そうなれば高位貴族のグループにわたしの居場所などない。
落ちぶれたわたしは一人で教室では過ごした。
でもお友達がいないわけではないの。
数年前まで親友だった彼女達から座っていた場所を奪われてわたしは教室をそっと抜け出した。
王立学園にはいくつもの中庭やガゼホ、テラスハウスなどがある。
わたしのお気に入りは……裏庭にあるたくさんの花が咲いている場所にいくつか置かれている古ぼけた赤いベンチ。
「はあ……今日もみんな相変わらずだったわ」
公爵令嬢だった頃は蝶よ花よと大切にされみんなからもおだてられて、チヤホヤされその全ては当たり前だと傲慢に生きてきた。
だってみんながわたしを持ち上げるから……わたしって美人で人気者なんだと勝手に思い込んでいたんだもの。
わたしはこの国で一番幸せな令嬢だと思って過ごしていたもの。とわたしを大切にしてくれる人達に囲まれて、大好きな宝石やドレスに囲まれて、一生幸せな日々は続くと思っていたわ。
だけどお父様の失敗で掌を返したように皆去って行った。残ったのはわずかな領地と『子爵』という地位だけ。
でも今の方が幸せかもしれない。
大好きなお兄様と小さなタウンハウスで肩を寄せ合いながら暮らしている。
公爵令嬢として過ごしている時には家族の温もりなど感じたことがなかった。でも今は互いに気遣い合い、優しさ溢れ笑顔でいることができる。
通いの使用人が数人いるだけのタウンハウスでの生活は自分で朝起きて前日作り置きしてくれていたパンやスープを温めて二人で話をしながら食べる。残ったおかずをお弁当箱のに入れて学校へ登校する。
学校に行く時は馬車は兄様が乗るので自分は歩いて通う。
以前のわたしには歩くなんてあり得なかった。
おかげで体力もついたし、共に通う友人(みんな平民だけど)もできた。
「おはよう!」
「宿題はしたの?」
「今日は一緒にお昼を食べようね」
なんて会話をしながら男女関係なくみんなで歩きながら登校する。
ふふっ、いいことばかりだわ。
最近は学校が終わると兄様が帰ってくるまで暇なので学校に行く途中で知り合った子供の住むお屋敷へバイトに通い始めた。
迷子の男の子が泣いていたので保護して、抱っこしてお家を探して連れ帰ってあげたのがきっかけ。
あんまり泣き止まないから肩車したり、高い高いをしたりして遊んであげながら迷子の男の子の家探しをしたら何故か屋敷の主人に気に入られた。
そして「お姉ちゃんと遊ぶ!」と男の子に泣き叫ばれ気がつけば暇な時は『ノエルくん』と遊ぶ約束をさせられた。
お屋敷の当主であるノエルくんのお父様もお母様も何故かわたしを気に入ってくれて「いつでもきてください」と大歓迎されている。
知らなかったのだけどノエルくん、気に入らないとすぐ泣き叫ぶ、かなりの癇癪持ちで手に負えなかったらしい。
遊びに行くようになって使用人の人に教えてもらった。
迷子になった日もどうしても自分の思い通りにならなくて怒って屋敷を飛び出したらしい。
そして走って屋敷を出たはいいけど、家に帰れなくなってベソをかいていたところをわたしが発見して助けたらしい。
ノエルくんにとっては心細くて怖かった初めての体験。助けたわたしに懐くのも仕方がないよね、なんて軽く思っていたけどノエルくんはわたしが屋敷に通い始めてから落ち着いて癇癪をあまり出さなくなった。
多分わたしが会いに行くと、かけっこしたりかくれんぼしたり、体をたくさん動かしているのでストレス発散されるし、体もいっぱい動かして疲れてしまう。癇癪起こす暇もないくらい遊ぶので癇癪を起こす暇もないようだ。
「ノエルはね、マリアがいてくれるから、なんにもいらないの」
わたしのお膝に座りニコニコ笑うノエルくん。一緒に絵本を読むと、わたしのために読んであげたいと最近は字の勉強も始めた。
まだ書くのは難しいけど読むことはできるようになった。
4歳児にしては十分優秀。将来が楽しみ。
ただここのお屋敷の住人は多分訳ありなんだと思う。ものすごくお金持ちでどこかよその国の貴族か王族なのでは?と勝手に想像している。
だって警備も実は厳重だし(ノエルくんが家出してからは特に厳しくなったらしい)使用人の数も半端ない。
公爵家でもこんなにたくさんの使用人や騎士達を抱えていなかったもの。
それに……おやつがとにかく美味しい。
その辺のカフェで食べるスイーツより何倍も美味しい。
あまり聞いたことがない名前のスイーツが毎回出される。
ノエルくんに「マリアはなにがすき?」と聞かれるけど「全て美味しいです」としか答えようがない。それくらい美味しいの。
わたし子爵令嬢になって一番良かったと思うのはこのスイーツをタダで食べれることかもしれない。さらに毎月アルバイト代までいただける。このお金をしっかり貯めて将来のために使おうと思っている。
お弁当を美味しくいただいていると……
「マリア、またこんなところで一人でいるのか?」
心配そうに毎回やってくるのは元婚約者。
「わたしここの景色が好きなんです」
困ったように微笑んだ。
ーーわたしに話しかけないで。
と、彼にわかるように。
なのにこの人はちっともわかってくれない。
もうわたしは子爵令嬢でこの人とは格差がありすぎて親しく話すことすらできない、雲の上の人なのに。
「ふうん、君の今見ている景色は……空が……青い……なんだかホッとするね。それにここの花はあまり豪華ではないけどとても可愛らしい花が多いんだね」
わたしの隣に座ってわたしが見ている景色を一緒に見ている。
「豪華な薔薇や百合も素敵ですが、ガーベラやひまわりも可愛くて好きなんです」
この時期の花は色鮮やかで目を楽しませてくれる。
「君はとても目立つ人なのに、可愛らしい花を好んでいたよね?かすみ草やカーネーション、リンドウ、あとトルコキキョウなんかも好きだったね?」
「お花ならなんでも好きです。いつかお庭の手入れをしながらのんびりと暮らしたいとそう思っています」
「そこに……僕はいないんだ……よね?」
「ええ、あなたとはもう婚約解消しましたから。そろそろ次のお相手が決まる頃では?」
婚約解消してからもう半年が過ぎた。
16歳になっているから急いで次の相手を見つけなければならない。
今からでも遅いくらいのはずよ。
うーん、年下なら間に合うかしら?
わたしは10歳でこの人の婚約者になり5年かけてなんとか教育課程を修了できた。それでもまだまだ足りないくらいだ。
「僕の隣は君だけだ。父上も母上も君が良いと言ってくれている。僕もそうおも…………」
「ダメです。わたしはもう低位貴族の娘なんです。あなたの横に並べばあなたが侮られてしまいますわ」
「しかし君の母方の祖父母は公爵家だし、君の父方の従兄弟達だって侯爵家だろう?」
「そうです……その方々に父はとてもご迷惑をお掛けしたんです。穴があったら入りたいくらいですわ」
お父様は騙されて支払えなくなったお金を親戚に肩代わりしてもらった。領地を手放して全て清算はしたのだけど……ほんとみんなに迷惑をかけてしまったわ。
「人が良過ぎたんだ、君の父上は。飢饉が起きた時、領民から税金を取り立てようとしないで逆に自らの私金をみんなのために使ったんだ。まあ、そのあと騙されてしまったのはちょっと、うんかなりの痛手になったけどね?」
「わたし、そんなお父様を……本当は尊敬しているんです。みんなはお人好しだの馬鹿だの言ってますが、わたしは立派だと思ってます」
「うん、だから、君ともう一度、よりを戻したい」
「殿下………それは何度もお断りしております」
「諦めたくないから何度もプロポーズしているんだけど?」
「ふふふふ、殿下?それは……」
もう言ってもいいわよね?
「わたしがあなたを愛していた時に言って欲しかったわ。あなたと婚約している時、あなたは……低位貴族の者達との交流も大切だからと何人もの令嬢とお付き合いされていました」
思い出すのは一年前の光景……お父様の仕事がうまくいかずわたし自身もどうなることかと胸を痛めていた。
そんな時殿下に少しでも頼りたくて、少しでもお顔だけでも見たくて、でも公務と学校、生徒会と忙しそうにされていた殿下にご迷惑がかからないようにそっと会いに行ったら……
「殿下は生徒会室で……コホンッ。あ、あの、まぐわっておりましたわ」
「…………見たのか?」
「見たかったわけではございません。見えたのです」
「………あれは……その……誘われて…つい……」
さっきまで爽やかな笑顔を見せていた殿下の顔が苦渋に満ちていた。
いやいや、バレてないと思っていたあなたの方がおかしいと思うわ!
だって何人もの令嬢に「殿下って激しいの」とか「とても素敵な体なの」と頬を染めてうっとりとした顔でわたしに直接言いに来ていたんだもの。
初めは意味がわからなくて兄様に聞いてみたら「はあーーー」と大きな溜息をつかれた。
「マリアいいかい?殿下も男だ。仕方ないと思うか気持ち悪いと思うかでこれからが決まる。もう無理だと思うなら婚約なんて解消すればいい。ちょうど父上が子爵になることが決まった。それを言い訳に婚約解消しなさい。
お祖父様や伯父上達がマリアのためにと後ろ盾が必要だからと後継人になってくださると言われても断るんだ。
でも殿下をそれでも愛せるのなら、頭を下げて後見人になってもらうんだ」
「あの、どういうことですか?」
兄様の言葉に驚いた。だって、仕方ないとか許せるとか、嫌なら婚約解消とか、全くもって意味がわからなかった。
だけど兄様の言葉の意味を知ることになった。生徒会室での殿下の姿を見てから。
わたしはあまりの気持ち悪さに……その晩寝込んだ。
だって……気持ち悪かったんだもの。胃の中のものがなくなってもまだ吐き気に襲われるし、目を瞑ればあの気持ち悪い光景が思い出されるし。
しばらく家のことがバタバタしているのを言い訳に学校も休んだ。
もうほとんど勉強の方は終えていた。とりあえずみんなに会いたくて学校へ通っていただけだった。
落ちぶれたわたしを見捨てさっさと去って行った友人だと思っていた令嬢達。だけどわたしのそばに去ることもなく残ってくれたのは平民と言われる人たちだった。
王太子妃教育の一環で街でいろんな体験をするために、お店で働いたり、教会でボランティア活動をしていた。そこで知り合った同級生と友人になった。わたしの身分が落ちぶれても、王太子の婚約者ではなくなっても変わらず友人として接してくれた人たちは平民と言われる高位貴族からすると蔑んでいた相手だった。
わたしも王太子妃教育のおかげで、みんなと接する機会を与えてもらった。みんなの明るさ、底なしの強さに惹かれた。
そのおかげで殿下の裏切りもどうでもよくなった。もう無関係な人。
なのに……
「しつこい!気持ち悪い!そのいろんな女の人を抱いた手で触らないでください!変な病気がうつると嫌だわ」
思わず殿下が触れた自分の腕をハンカチで拭いた。
「もう二度と話しかけないでください。わたしはあなたに声をかけていただける立場にはおりませんので。どうぞ花に群がるたくさんの蝶と戯れてお過ごしくださいませ」
呆然としている殿下を置いてわたしは赤いベンチから立ち上がった。
「では失礼致しますわ」
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