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短編
愛していないから大丈夫です 前編
「うわっ、無理。隠れなきゃ」
わたしの婚約者のダディアンが妹のエルザと二人でこちらに向かい歩いて来た。
わたしは学園での昼休み、一人のんびりと裏庭に置かれている石で作られた歪な形の長イスに座り昼食中だった。
あまり人が来ない裏庭のイスは長く座っているとちょっとお尻が痛いけど座り心地は悪くはないのでお気に入りの場所なの。
のんびり昼食のサンドイッチを食べていたのに……
慌てたから大切な最後の一つを落としてしまった。
ーーもったいない………
落としたサンドイッチに思いを馳せながら慌てて木の陰に隠れた。見つかると面倒臭い。
『お姉様……わたし、まだ入学したばかりで知り合いがいないのです』
エルザはわたしの名を呼びながら何故かダディアンに向かって悲しそうに話しかけるのがいつものこと。
『ああ、可哀想なエルザ』
それにすぐに反応する優しい?ダディアン。
『ダディアンだけが頼りなの』
エルザは毎回瞳をうるうるとしている。
こんなことが毎朝の登校中の馬車の中で始まる。
小芝居が始まるのはいつものこと、もう飽きてしまったわ。
そして最後は………
『お姉様がわたしを嫌っていることは知っていました……わたし……はいつもお姉様を慕っているのに……わたし……ごめんなさい……そんな怖い目で見られるほど嫌われているんですね……しくしく……』と言いながら、涙なんて出てもいないのに泣きまねをする。
ーーああ。
絶対最後は悲劇のヒロインになってみんなから同情を買い、わたしが悪者になるのよね。
家にいてもいつも両親は……
『妹に優しくしてあげなさい』
『身体が弱いのだから』
『心優しいエルザを泣かせるなんて、悲しませてどうするんだ?』
こんな言葉ばかり言われてきた。
普段はわたしに話しかけもしない両親がエルザのことになると目の敵のようにわたしに怒りをあらわす。
身体が弱い……魔法の言葉だわ。
そりゃそうだろう。
嫌なことがあれば『きつい』『体調が悪い』と言って何もしない。
嫌いな食べ物は一切口にしない。好きなお菓子やお肉料理ばかり食べて、魚や野菜はまともに食べない。
ーーそりゃ、病気もするわよ。
勉強嫌いですぐに熱が出たフリ。
ーーだから宿題もまともに出来なくていつもわたしがかわりにさせられる。
好きなピアノだけは楽しそうに練習して『お父様、お母様、聴いてくださいね』と、ピアノを披露する。そして褒められてはドレスや宝石、好きなものはなんでも買い与えられる。
ーーわたしなんて両親に買ってもらえるのは必要最低限のものだけ。
あれだけ要領よく生きられれば、わたしも家族に愛されたかしら?
わたしが産まれて一年後すぐに産まれた妹は体が弱かった。すぐに熱を出すし、お母様がそばにいないとグズって寝ない子だった。
そして何より愛するお母様にとても似て美しいエルザはお父様に溺愛されている。
わたしはあまり病気もせず元気にすくすく育ったおかげで、手がかからずほぼ乳母やメイドが育ててくれた。
多分両親からすれば手のかからない娘だったのだろう。その分、わたしへの関心はほとんどなかった。いや、嫌われていた。
わたしはお父様とお母様が苦手とするお祖父様に顔が似ている。
ーーうん、これあんまり嬉しくないのよね、お祖父様には絶対言えないけど。
お祖父様は昔堅気の人でとても厳しい。
お祖母様に可愛がられて育ったお父様は厳しすぎるお祖父様がとても苦手。
だからお父様はわたしのこともあまり可愛いと思えないし、嫌っている。
ーー聞いたことはないけど。そう確信してる。
気がつけばわたしは使用人達と共に暮らして、あの人達はわたしを除いて幸せな家族を作り上げていた。
そんなわたしにどうして婚約者がいるのか?
うん、わたしも不思議。
ま、お父様のお父様………わたしがそっくりなお祖父様が、産まれてすぐの初孫のわたしを親友でもあるダディアンのお祖父様と、口約束で二人を婚約をさせようと話したことが、実現してしまったのだ。
ダディアン・フレイズ、わたしの一つ年上で侯爵家の嫡男。それなりに綺麗な顔をしていてそれなりに頭も良くて、それなりに性格も悪くはない………たぶん。浮気している時点でどうかなぁとは思うわ。
わたしはシャルル・マーシャリー、16歳で同じ侯爵家の長女。
お祖父様に似ている。あ、でも、不細工ではないし、男顔でもない。それなりに女顔はしていると思っているのよ。一応、綺麗な方だと思ってるわ。
妹はエルザ・マーシャリー、15歳の次女。
お母様に似ていてブロンドの髪もブルーの瞳も美しく美少女ともてはやされている。わたしの数倍綺麗ね。うん。
ちなみに長男7歳のエリック・マーシャリーがいるのだけど、跡取りとして立派に我儘で癇癪持ちに育った弟、この子はお父様に似ている。やっと生まれた嫡子だからなのか、甘やかされて育てられた。
わたしの両親が育てた二人は、甘えん坊で我儘、癇癪持ちで、勉強嫌いな子供に育ってしまった。
わたしは使用人達の手で育てられたので人としての常識だけはしっかり持って育つことが出来た。
代わりに高位貴族の令嬢としての品位や所作は少し欠けているのだけど。
ま、そんな感じでとりあえず二人と顔を合わせないように隠れて二人が通り過ぎるのを待つことにした。
なのに、なんでこんな近くで二人は立ち止まって話し始めるの!
「わたし、なかなかお友達ができないの。お勉強も頑張っているのに難しくて……お姉様はもっと頑張れと言うけど……わたしなりに頑張っているのに……」
ーーいやいや、頑張れって言われるって、宿題くらい自分でやれば?と言っただけだよね?
涙を瞳いっぱいにためてウルウルした目でダディアンを見つめていた。
ダディアンは心配そうに
「エルザ、勉強の仕方とかシャルルに相談してみたらいいんじゃないかと思う。シャルルは姉なんだから相談に乗ってくれると思うよ」
ーーはい、出た!ダディアンの誰にでも優しい発言!
「お姉様は意地悪なの……自分のことは自分でしなさいって言うの」
ーーうん?当たり前じゃない。宿題は自分でするものよ?いつもわたしの部屋に持ってきて頼ろうとするからそう言ってるだけじゃない!
ま、お父様に叱られてわたしがエルザの宿題も結局しているのだけど。
「それに、お姉様ったら、お友達は自分で作るものなのよって言ってご自分の仲の良いお友達のことを紹介してくださらないの」
ーーはああ?わたしの友人ってほとんど平民よ?何人かは貴族令嬢もいるけど。
『平民なんて友達じゃないわ。よくお姉様ったら恥ずかしくないわね?』と言ったのはあなたよ?わたしの大切な友人を馬鹿にしておいて何が紹介してくれないよ!絶対しないわ!
「エルザは辛い思いをしていたんだな」
ーーはああ?何、同情してるの?そんなことばかり言ってるからわたしとダディアンは婚約者なのに不仲だと言われてしまうのよ!
まぁ、仲良くはないけど……
ダディアンにムカつきながらも悲しくはなかった。元々お祖父様達が勝手に話の流れで決めた婚約。そこに愛情なんてないし、ましてや互いの家に利益などない、政略でもない婚約なので、いつ婚約解消しても困らないのだ。
二人が近くにいて逃げることもできず隠れていると背後から誰かが近づいてきた。
「……………⁈」わたしが声を出そうとしたら口を塞がれた。
ーーだ、だれ?
そっと振り返ると背後にいたのはリランだった。
指を口にあてて「シッ!」とわたしの顔を見て声を出さないようにと指示してきた。
コクコクと頷き、自分の口に手を当てた。
あの二人にバレたら今度はわたしがリランと不貞をしていると言い出しかねない。
自分たちのことは棚に上げて人のことを悪く言うのが楽しいらしく、エルザは意気揚々とわたしを責めるだろう。ダディアンはそこまで酷いことは言わないけど、多分……エルザの言葉を全て鵜呑みにして、わたしが悪いんだと思い込むのが彼だ。
ダディアンは優しい……誰にでもすぐに頷いてしまう。
頼りにならない婚約者だ。
ーーはあああぁ………
ため息を吐きながらリランとそっとあの二人から離れた。
「………ふっーー、もう!驚かさないで!大きな声が出そうになったじゃない!」
「ごめん、なんかシャルルが物凄い顔をしてたからつい気になって近くに行ったら……アレ、婚約者と妹……だよね?」
「うん、まぁ、そうかな?」
「なんで自分の婚約者と家族のことなのに疑問形なんだ?」
「だっていつものことだから、まぁ、なんて言うか慣れてしまって……わたしの婚約者だったかな?ってつい…ね?」
ーーわたしの婚約者です!なんて言えないわよ、向こうからすれば『違う!』って言われそうだもの!
「リランはこんなところに来てどうしたの?」
ここは人の気配の少ない場所。だからわたしはここでゆっくり本を読みながら過ごすのが好き。煩わしい令嬢達からの視線や嫌味から逃れられるし。
あとはあの二人のようにたまにイチャイチャしたいカップルがここに現れることがある。
リランは……どうみてもわたしと同じ……かな?
「シャルルを探してたんだ」
ーーあ、違った、わたしに用事?
「わたし?何かご用?」
「生徒会長から預かったんだ、はい書類」
そう言って手渡されたのは来年度の奨学金の推薦状と申込書だった。侯爵令嬢であるわたしが奨学金?と思うかもしれない。だけどわたしはあの家ではほとんど何もしてもらえない。
わたしの存在すら忘れられているのでは?と思う時もあるけど、たまに屋敷の中で家族と顔を合わせると、嫌な顔をされるのでわたしのことは忘れていないみたい。
わたしの生きるためのお金はほぼお祖父様が出してくださるので生活に困ることも、ドレスや持ち物がないと言うこともない。
だけどそろそろわたしもデビュタントを迎え大人になる。学費くらいは自分の力で賄えるならばと今回学校に申請してみることにした。
成績優秀で学校も欠席をしない、さらに生徒会の仕事もお手伝いしている。
そんな優等生をしているわたしはかなり学校での評価はいいはず。ならば奨学金ももらえるのではと……生徒会長=王子殿下にお願いして推薦状を書いてもらい、今書類を受け取った。
うん、これでまた一歩前進!独立できるわ!
「リランがどうしてわざわざ?」
「せっかく持ってきてあげたのに!」
「あ、ごめんなさい、リランも生徒会に入ってた?」
「……違う……ちょっと用事があって生徒会室に行ったら同じクラスだろうって頼まれたんだ。大切な書類だから早く渡したほうがいいかなと思ってさ」
「そう?気を使わせてごめんなさい、でも助かるわ。これでまた勉強頑張ろうって思えるもの」
「今から図書室?」
「そうしようかと思ってる」
チラッと遠くにいる妹達を見た。まだ二人は自分たちの世界にいるみたいで周りが見えていない。
うん、ここ学園よ?くっつき過ぎて目に毒なんだけど。
「リラン?」
リランがじっと二人を見つめていた。もしかして……
「えっ?もしかしてリランってエルザのことが……嘘?マジで?」
「違うから!」
「へっ?声に出てた?」
「そんな大きな声で喋ってて何が声に出てた?だよ。俺、お前の妹には興味ない、なんだったかな……妖精?のような可愛らしい令嬢と言われてるんだった?
男からチヤホヤされて守ってもらわなければ生きていけないような女?で、いつも男を侍らせてる女なんて俺、無理だから」
リランはかなりの美丈夫で、毎日自分の顔を見過ぎてるだろう。それにモテるから、エルザには興味がないのかも、それ以上に可愛い女の子や綺麗な女の子を見慣れているとか?
「リランって確かモリス国の出身だよね?留学生として来てるけど、向こうの国ってそんなにみんなかっこいいの?」
「はっ?何言ってるんだ?」
ーーうん?ムッとした顔してる?
「だってリランの顔ってとっても綺麗じゃない?だからエルザの顔に興味がないと言うか周りにたくさん綺麗な顔の人がいるから見慣れてしまっているのかなと思って」
二人で廊下を歩いて図書室へ向かっていると、やはりリランの顔が良すぎてみんな振り返る。
なんでわたしの周りはみんな顔面偏差値高いのかしら?わたしが色褪せて可哀想になるじゃない。
図書室に行くといつもの場所に座る。ここに座ると不思議に勉強に集中できる。リランも自分の好きな定位置があってお互いそこからは話すことはない。視線を合わせることもない。
目標はあの侯爵家からの独立。
お祖父様には養子にならないかと言われているけど、結局は親戚になってしまいあの家族から離れることはできない。
わたしがしたいのはあの家族からの独立。まだ一人で生きていくことができないわたしに今できることは力をつけること。
学校だけは行かせてもらえるのだから、この時間を自分のために有意義に使ってやる。だから互いに愛情のない婚約者のダディアンと会う時間なんかに使うのは勿体無い。
エルザが相手をしてくれるのだからわたしとしては助かっている。
「さっ、今日決めたところまで頑張って勉強しよう」
昼休みの後、今日は午後から授業は自由時間になっている。平民の子達は家庭教師がいるわけではないので時間のある子は図書室に来てみんな自分なりに勉強をしている。
わたしもそこに参加させもらってわからないところを教え合って勉強をしている。リランもよく顔を出してわたし達と勉強をするので仲がいい。
貴族の子達は学園にあるサンルームでそれぞれお茶をしたりしてのんびりとおしゃべりをして過ごす子達も多いみたい。
わたしがそこに入ることはあまりないからよく知らないのだけど。
ふと気づくと外が暗くなり始めていた。
「あっ……帰らないと」
机にあった本やノートを鞄に入れて図書室を後にした。
一応馬車乗り場へ向かう……いるわけないのに……
「うーん、歩いて30分……帰ろう」
我が家の馬車はエルザが乗って帰るともうここに戻ってくることはない。
朝は流石に一緒に登校するので馬車に乗れることが多い。帰りは……ま、ダイエットにいいわよね。
いずれは平民として暮らすのだし、歩くことにも慣れないと生きていけないもの。
「ただいま」
「シャルル様……旦那様がお帰りになっています。お呼びだそうです」
心配そうに声をかけてきたミサ。
「そう……わかったわ」
お父様が帰ってきている……最悪だわ。
着替えて急いでみんなのところへ行くともう夕食は終わりかけていた。
ーーいつものことだけど誰も待っていてはくれない。
ま、わたしがこの場所に現れるなんてお母様もエルザもエリックも思っていなかったようで少し驚いた顔をしたけどすぐにわたしになんて興味がないのか、話しかけようともせず完全に無視された。
うん、わたしは空気。
わたしの婚約者のダディアンが妹のエルザと二人でこちらに向かい歩いて来た。
わたしは学園での昼休み、一人のんびりと裏庭に置かれている石で作られた歪な形の長イスに座り昼食中だった。
あまり人が来ない裏庭のイスは長く座っているとちょっとお尻が痛いけど座り心地は悪くはないのでお気に入りの場所なの。
のんびり昼食のサンドイッチを食べていたのに……
慌てたから大切な最後の一つを落としてしまった。
ーーもったいない………
落としたサンドイッチに思いを馳せながら慌てて木の陰に隠れた。見つかると面倒臭い。
『お姉様……わたし、まだ入学したばかりで知り合いがいないのです』
エルザはわたしの名を呼びながら何故かダディアンに向かって悲しそうに話しかけるのがいつものこと。
『ああ、可哀想なエルザ』
それにすぐに反応する優しい?ダディアン。
『ダディアンだけが頼りなの』
エルザは毎回瞳をうるうるとしている。
こんなことが毎朝の登校中の馬車の中で始まる。
小芝居が始まるのはいつものこと、もう飽きてしまったわ。
そして最後は………
『お姉様がわたしを嫌っていることは知っていました……わたし……はいつもお姉様を慕っているのに……わたし……ごめんなさい……そんな怖い目で見られるほど嫌われているんですね……しくしく……』と言いながら、涙なんて出てもいないのに泣きまねをする。
ーーああ。
絶対最後は悲劇のヒロインになってみんなから同情を買い、わたしが悪者になるのよね。
家にいてもいつも両親は……
『妹に優しくしてあげなさい』
『身体が弱いのだから』
『心優しいエルザを泣かせるなんて、悲しませてどうするんだ?』
こんな言葉ばかり言われてきた。
普段はわたしに話しかけもしない両親がエルザのことになると目の敵のようにわたしに怒りをあらわす。
身体が弱い……魔法の言葉だわ。
そりゃそうだろう。
嫌なことがあれば『きつい』『体調が悪い』と言って何もしない。
嫌いな食べ物は一切口にしない。好きなお菓子やお肉料理ばかり食べて、魚や野菜はまともに食べない。
ーーそりゃ、病気もするわよ。
勉強嫌いですぐに熱が出たフリ。
ーーだから宿題もまともに出来なくていつもわたしがかわりにさせられる。
好きなピアノだけは楽しそうに練習して『お父様、お母様、聴いてくださいね』と、ピアノを披露する。そして褒められてはドレスや宝石、好きなものはなんでも買い与えられる。
ーーわたしなんて両親に買ってもらえるのは必要最低限のものだけ。
あれだけ要領よく生きられれば、わたしも家族に愛されたかしら?
わたしが産まれて一年後すぐに産まれた妹は体が弱かった。すぐに熱を出すし、お母様がそばにいないとグズって寝ない子だった。
そして何より愛するお母様にとても似て美しいエルザはお父様に溺愛されている。
わたしはあまり病気もせず元気にすくすく育ったおかげで、手がかからずほぼ乳母やメイドが育ててくれた。
多分両親からすれば手のかからない娘だったのだろう。その分、わたしへの関心はほとんどなかった。いや、嫌われていた。
わたしはお父様とお母様が苦手とするお祖父様に顔が似ている。
ーーうん、これあんまり嬉しくないのよね、お祖父様には絶対言えないけど。
お祖父様は昔堅気の人でとても厳しい。
お祖母様に可愛がられて育ったお父様は厳しすぎるお祖父様がとても苦手。
だからお父様はわたしのこともあまり可愛いと思えないし、嫌っている。
ーー聞いたことはないけど。そう確信してる。
気がつけばわたしは使用人達と共に暮らして、あの人達はわたしを除いて幸せな家族を作り上げていた。
そんなわたしにどうして婚約者がいるのか?
うん、わたしも不思議。
ま、お父様のお父様………わたしがそっくりなお祖父様が、産まれてすぐの初孫のわたしを親友でもあるダディアンのお祖父様と、口約束で二人を婚約をさせようと話したことが、実現してしまったのだ。
ダディアン・フレイズ、わたしの一つ年上で侯爵家の嫡男。それなりに綺麗な顔をしていてそれなりに頭も良くて、それなりに性格も悪くはない………たぶん。浮気している時点でどうかなぁとは思うわ。
わたしはシャルル・マーシャリー、16歳で同じ侯爵家の長女。
お祖父様に似ている。あ、でも、不細工ではないし、男顔でもない。それなりに女顔はしていると思っているのよ。一応、綺麗な方だと思ってるわ。
妹はエルザ・マーシャリー、15歳の次女。
お母様に似ていてブロンドの髪もブルーの瞳も美しく美少女ともてはやされている。わたしの数倍綺麗ね。うん。
ちなみに長男7歳のエリック・マーシャリーがいるのだけど、跡取りとして立派に我儘で癇癪持ちに育った弟、この子はお父様に似ている。やっと生まれた嫡子だからなのか、甘やかされて育てられた。
わたしの両親が育てた二人は、甘えん坊で我儘、癇癪持ちで、勉強嫌いな子供に育ってしまった。
わたしは使用人達の手で育てられたので人としての常識だけはしっかり持って育つことが出来た。
代わりに高位貴族の令嬢としての品位や所作は少し欠けているのだけど。
ま、そんな感じでとりあえず二人と顔を合わせないように隠れて二人が通り過ぎるのを待つことにした。
なのに、なんでこんな近くで二人は立ち止まって話し始めるの!
「わたし、なかなかお友達ができないの。お勉強も頑張っているのに難しくて……お姉様はもっと頑張れと言うけど……わたしなりに頑張っているのに……」
ーーいやいや、頑張れって言われるって、宿題くらい自分でやれば?と言っただけだよね?
涙を瞳いっぱいにためてウルウルした目でダディアンを見つめていた。
ダディアンは心配そうに
「エルザ、勉強の仕方とかシャルルに相談してみたらいいんじゃないかと思う。シャルルは姉なんだから相談に乗ってくれると思うよ」
ーーはい、出た!ダディアンの誰にでも優しい発言!
「お姉様は意地悪なの……自分のことは自分でしなさいって言うの」
ーーうん?当たり前じゃない。宿題は自分でするものよ?いつもわたしの部屋に持ってきて頼ろうとするからそう言ってるだけじゃない!
ま、お父様に叱られてわたしがエルザの宿題も結局しているのだけど。
「それに、お姉様ったら、お友達は自分で作るものなのよって言ってご自分の仲の良いお友達のことを紹介してくださらないの」
ーーはああ?わたしの友人ってほとんど平民よ?何人かは貴族令嬢もいるけど。
『平民なんて友達じゃないわ。よくお姉様ったら恥ずかしくないわね?』と言ったのはあなたよ?わたしの大切な友人を馬鹿にしておいて何が紹介してくれないよ!絶対しないわ!
「エルザは辛い思いをしていたんだな」
ーーはああ?何、同情してるの?そんなことばかり言ってるからわたしとダディアンは婚約者なのに不仲だと言われてしまうのよ!
まぁ、仲良くはないけど……
ダディアンにムカつきながらも悲しくはなかった。元々お祖父様達が勝手に話の流れで決めた婚約。そこに愛情なんてないし、ましてや互いの家に利益などない、政略でもない婚約なので、いつ婚約解消しても困らないのだ。
二人が近くにいて逃げることもできず隠れていると背後から誰かが近づいてきた。
「……………⁈」わたしが声を出そうとしたら口を塞がれた。
ーーだ、だれ?
そっと振り返ると背後にいたのはリランだった。
指を口にあてて「シッ!」とわたしの顔を見て声を出さないようにと指示してきた。
コクコクと頷き、自分の口に手を当てた。
あの二人にバレたら今度はわたしがリランと不貞をしていると言い出しかねない。
自分たちのことは棚に上げて人のことを悪く言うのが楽しいらしく、エルザは意気揚々とわたしを責めるだろう。ダディアンはそこまで酷いことは言わないけど、多分……エルザの言葉を全て鵜呑みにして、わたしが悪いんだと思い込むのが彼だ。
ダディアンは優しい……誰にでもすぐに頷いてしまう。
頼りにならない婚約者だ。
ーーはあああぁ………
ため息を吐きながらリランとそっとあの二人から離れた。
「………ふっーー、もう!驚かさないで!大きな声が出そうになったじゃない!」
「ごめん、なんかシャルルが物凄い顔をしてたからつい気になって近くに行ったら……アレ、婚約者と妹……だよね?」
「うん、まぁ、そうかな?」
「なんで自分の婚約者と家族のことなのに疑問形なんだ?」
「だっていつものことだから、まぁ、なんて言うか慣れてしまって……わたしの婚約者だったかな?ってつい…ね?」
ーーわたしの婚約者です!なんて言えないわよ、向こうからすれば『違う!』って言われそうだもの!
「リランはこんなところに来てどうしたの?」
ここは人の気配の少ない場所。だからわたしはここでゆっくり本を読みながら過ごすのが好き。煩わしい令嬢達からの視線や嫌味から逃れられるし。
あとはあの二人のようにたまにイチャイチャしたいカップルがここに現れることがある。
リランは……どうみてもわたしと同じ……かな?
「シャルルを探してたんだ」
ーーあ、違った、わたしに用事?
「わたし?何かご用?」
「生徒会長から預かったんだ、はい書類」
そう言って手渡されたのは来年度の奨学金の推薦状と申込書だった。侯爵令嬢であるわたしが奨学金?と思うかもしれない。だけどわたしはあの家ではほとんど何もしてもらえない。
わたしの存在すら忘れられているのでは?と思う時もあるけど、たまに屋敷の中で家族と顔を合わせると、嫌な顔をされるのでわたしのことは忘れていないみたい。
わたしの生きるためのお金はほぼお祖父様が出してくださるので生活に困ることも、ドレスや持ち物がないと言うこともない。
だけどそろそろわたしもデビュタントを迎え大人になる。学費くらいは自分の力で賄えるならばと今回学校に申請してみることにした。
成績優秀で学校も欠席をしない、さらに生徒会の仕事もお手伝いしている。
そんな優等生をしているわたしはかなり学校での評価はいいはず。ならば奨学金ももらえるのではと……生徒会長=王子殿下にお願いして推薦状を書いてもらい、今書類を受け取った。
うん、これでまた一歩前進!独立できるわ!
「リランがどうしてわざわざ?」
「せっかく持ってきてあげたのに!」
「あ、ごめんなさい、リランも生徒会に入ってた?」
「……違う……ちょっと用事があって生徒会室に行ったら同じクラスだろうって頼まれたんだ。大切な書類だから早く渡したほうがいいかなと思ってさ」
「そう?気を使わせてごめんなさい、でも助かるわ。これでまた勉強頑張ろうって思えるもの」
「今から図書室?」
「そうしようかと思ってる」
チラッと遠くにいる妹達を見た。まだ二人は自分たちの世界にいるみたいで周りが見えていない。
うん、ここ学園よ?くっつき過ぎて目に毒なんだけど。
「リラン?」
リランがじっと二人を見つめていた。もしかして……
「えっ?もしかしてリランってエルザのことが……嘘?マジで?」
「違うから!」
「へっ?声に出てた?」
「そんな大きな声で喋ってて何が声に出てた?だよ。俺、お前の妹には興味ない、なんだったかな……妖精?のような可愛らしい令嬢と言われてるんだった?
男からチヤホヤされて守ってもらわなければ生きていけないような女?で、いつも男を侍らせてる女なんて俺、無理だから」
リランはかなりの美丈夫で、毎日自分の顔を見過ぎてるだろう。それにモテるから、エルザには興味がないのかも、それ以上に可愛い女の子や綺麗な女の子を見慣れているとか?
「リランって確かモリス国の出身だよね?留学生として来てるけど、向こうの国ってそんなにみんなかっこいいの?」
「はっ?何言ってるんだ?」
ーーうん?ムッとした顔してる?
「だってリランの顔ってとっても綺麗じゃない?だからエルザの顔に興味がないと言うか周りにたくさん綺麗な顔の人がいるから見慣れてしまっているのかなと思って」
二人で廊下を歩いて図書室へ向かっていると、やはりリランの顔が良すぎてみんな振り返る。
なんでわたしの周りはみんな顔面偏差値高いのかしら?わたしが色褪せて可哀想になるじゃない。
図書室に行くといつもの場所に座る。ここに座ると不思議に勉強に集中できる。リランも自分の好きな定位置があってお互いそこからは話すことはない。視線を合わせることもない。
目標はあの侯爵家からの独立。
お祖父様には養子にならないかと言われているけど、結局は親戚になってしまいあの家族から離れることはできない。
わたしがしたいのはあの家族からの独立。まだ一人で生きていくことができないわたしに今できることは力をつけること。
学校だけは行かせてもらえるのだから、この時間を自分のために有意義に使ってやる。だから互いに愛情のない婚約者のダディアンと会う時間なんかに使うのは勿体無い。
エルザが相手をしてくれるのだからわたしとしては助かっている。
「さっ、今日決めたところまで頑張って勉強しよう」
昼休みの後、今日は午後から授業は自由時間になっている。平民の子達は家庭教師がいるわけではないので時間のある子は図書室に来てみんな自分なりに勉強をしている。
わたしもそこに参加させもらってわからないところを教え合って勉強をしている。リランもよく顔を出してわたし達と勉強をするので仲がいい。
貴族の子達は学園にあるサンルームでそれぞれお茶をしたりしてのんびりとおしゃべりをして過ごす子達も多いみたい。
わたしがそこに入ることはあまりないからよく知らないのだけど。
ふと気づくと外が暗くなり始めていた。
「あっ……帰らないと」
机にあった本やノートを鞄に入れて図書室を後にした。
一応馬車乗り場へ向かう……いるわけないのに……
「うーん、歩いて30分……帰ろう」
我が家の馬車はエルザが乗って帰るともうここに戻ってくることはない。
朝は流石に一緒に登校するので馬車に乗れることが多い。帰りは……ま、ダイエットにいいわよね。
いずれは平民として暮らすのだし、歩くことにも慣れないと生きていけないもの。
「ただいま」
「シャルル様……旦那様がお帰りになっています。お呼びだそうです」
心配そうに声をかけてきたミサ。
「そう……わかったわ」
お父様が帰ってきている……最悪だわ。
着替えて急いでみんなのところへ行くともう夕食は終わりかけていた。
ーーいつものことだけど誰も待っていてはくれない。
ま、わたしがこの場所に現れるなんてお母様もエルザもエリックも思っていなかったようで少し驚いた顔をしたけどすぐにわたしになんて興味がないのか、話しかけようともせず完全に無視された。
うん、わたしは空気。
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