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第一部: 終わりと始まりの日 - 第三章: 二人で踏む雪原にて
第五話: 二人と土笛の音
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今、吹雪の中で僕らは戦っている。
相対せしは、視界を埋め尽くさんばかりの巨体を誇る怪生物。
この異世界へやって来て、多少は変わった生物を見慣れてきた僕たちからしても、ここまでの大きさ……いや、これほどおかしな生態を持った奴と出遭うのは初めてだ。
それは、まさしく怪物と呼ぶべき存在だった。
「つ、月子くん! ひとまず距離を取って仕切り直そう」
「待ってください! もし、此処で逃してしまったら……」
「落ち着くんだ、君らしくもない」
「でも!」
いや、こうも得体の知れない相手とやり合うのは避けたい。
向こうが逃げてくれるというのなら、それはそれで……。
『考えろ。どうすれば良い? どうするべきだ?』
脳裏に浮かぶで行動の選択肢すら巧くまとめられず、僕はただ呆然と眺めてしまう。
まるで、頭上で渦巻く黒雲が落ちくるかの如く押し寄せる、巨大かつ異形の怪物を……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場面は変わり、時間が少し戻る。
いつものように、僕たちは雪舟を牽きながら広漠とした雪原を巡っていた。
数ヶ所に仕掛けてある箱罠を確認する傍ら、採集ポイントでは野草や鉱石などを集める。
もちろん、言うまでもなく、僕と美須磨、二人一緒の洞外活動である。
美須磨の手による箱罠は、透明な石英ガラスで覆った大きな金網に餌を入れ、深い積雪の中に埋めておくことで、周辺を訪れる生き物を捕らえるというものだ
餌に釣られて入ったが最期、容易には出られない極めて頑丈な構造となっている。
これによって捕らえることができたのが、モグラのような雪中トンネルで暮らしているらしき奇妙な鳥――余すところなく美味しく食べられるギザ歯のウズラであった。
平均すると二日に一羽くらい獲れるこいつは、もはや毎日の食卓には欠かせない。
今日も今日とて、最初に確認した罠でまず一羽、幸先のよいスタートに思わずほくそ笑む。
……しかし、そこで急速に空模様が悪くなってきてしまう。
「残念ですけれど、このまま吹雪になってしまいそうですね」
「まぁ、吹雪いていても採集くらいできる……なんて無理する必要はないか」
「本日はもう空荷というわけではありませんし」
つるはしに似たお手製の登山杖――砕氷杖を片手で突いた美須磨が元来た方角へと向き直り、足下の先を確かめながら、ゆっくりと戻り始める。
その彼女の後ろから、スコップ片手に雪舟を牽いていくのが僕だ。
歩き出して間もなく、いきなり辺りが暗くなり、風が強く吹き出したかと思えば、土砂降りの雨かと思える勢いで牡丹雪が降り始め、ほんの僅かな間に本格的な吹雪となってしまった。
『やれやれ、引き返すと決めたのは英断だったな』
僕ら二人の身を守る精霊術【環境維持】は、そう易々と強風や冷気を通さない。
加えて、身にまとったクマとストーカーの毛皮は共に水を弾く抜群の撥水性を誇っている。
とは言え、まとわりつく雪を払うのに多少なりと労力を費やされるのはしんどいし、何より、視界の悪さだけは如何ともしがたい。
ヘタをすれば、すぐ前を行く美須磨の姿も見失いかねないこともあって気が抜けない。
僕がUV対策に付けているサングラスの位置を整えれば、ちょうど美須磨もゴーグルを直す。
フードやマフラー……各種防寒具も、風雪が入り込まないよう隙間無く整える。
――リ……リ……。
突然、耳へと飛び込んできた奇怪な音色!
「風の精霊に我は請う……」
僕は、あのストーカー対策で身に染みついた反応を以て、即座に精霊術【探査の風】を放つ。
旋風が巻き起こり、吹雪をも押しのける勢いで周囲を一掃していく。
しかし、三六〇度、辺りを見回しても特に変わった様子は見られなかった……おや?
「松悟さん、先ほどの音はこれが原因のようです」
と、数メートル前を先導していた美須磨が歩を進め、砕氷杖で雪面を指し示す。
小走りに彼女の下へ向かうと、積もった雪により巧妙に隠され、非常に見えにくくなっている裂け目が、怖ろしげに口を開けていた。
幅にして四十センチ、左右への長さは七メートル以上に亘るか、底もかなり深そうだ。
「こんなの落とし穴としか思えないな。何物かの悪意すら感じられる」
「ええ……でも、よく耳を澄ませてみてください」
――リ……リー……。
なるほど、中へと吹き込んでいく風が、どこか土笛じみた音色を響かせているらしい。
「ははっ、警告してくれてるのか、それとも逆に誘い込もうとでもしているのか」
「今回は驚いて立ち止まったお蔭でクレバスに気付けたと言えそうですね」
「どちらにせよ、なんとなく不安になる音だ」
こうした危険な地形を警戒し、美須磨は水と地の精霊に伺いを立てながら先導してくれている。
たとえ警告音なんてなかったとしても、おそらく彼女なら直前で気付けたと思う。
「あー、それはともかく、こんなとこを行きで通った覚えはないよな?」
「方向が逸れてしまったんでしょうね。すみません、吹雪が強くなってきていて」
「ろくに目印もないんじゃ仕方ないさ。大絶壁へ向かってさえいるのなら問題ないだろう」
「はい、では、そろそろ参りましょ――」
――かたん……ことっ……り、りー……。
目の前の障害を避け、移動を再開しようとしたとき、僕らの耳がまた別の異音を捉えた。
そうして、僅かに身を強ばらせた瞬間。
――ぇっリ、リ!
深い裂け目の奥……地の奥底より、何かが飛び出してきた。
相対せしは、視界を埋め尽くさんばかりの巨体を誇る怪生物。
この異世界へやって来て、多少は変わった生物を見慣れてきた僕たちからしても、ここまでの大きさ……いや、これほどおかしな生態を持った奴と出遭うのは初めてだ。
それは、まさしく怪物と呼ぶべき存在だった。
「つ、月子くん! ひとまず距離を取って仕切り直そう」
「待ってください! もし、此処で逃してしまったら……」
「落ち着くんだ、君らしくもない」
「でも!」
いや、こうも得体の知れない相手とやり合うのは避けたい。
向こうが逃げてくれるというのなら、それはそれで……。
『考えろ。どうすれば良い? どうするべきだ?』
脳裏に浮かぶで行動の選択肢すら巧くまとめられず、僕はただ呆然と眺めてしまう。
まるで、頭上で渦巻く黒雲が落ちくるかの如く押し寄せる、巨大かつ異形の怪物を……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場面は変わり、時間が少し戻る。
いつものように、僕たちは雪舟を牽きながら広漠とした雪原を巡っていた。
数ヶ所に仕掛けてある箱罠を確認する傍ら、採集ポイントでは野草や鉱石などを集める。
もちろん、言うまでもなく、僕と美須磨、二人一緒の洞外活動である。
美須磨の手による箱罠は、透明な石英ガラスで覆った大きな金網に餌を入れ、深い積雪の中に埋めておくことで、周辺を訪れる生き物を捕らえるというものだ
餌に釣られて入ったが最期、容易には出られない極めて頑丈な構造となっている。
これによって捕らえることができたのが、モグラのような雪中トンネルで暮らしているらしき奇妙な鳥――余すところなく美味しく食べられるギザ歯のウズラであった。
平均すると二日に一羽くらい獲れるこいつは、もはや毎日の食卓には欠かせない。
今日も今日とて、最初に確認した罠でまず一羽、幸先のよいスタートに思わずほくそ笑む。
……しかし、そこで急速に空模様が悪くなってきてしまう。
「残念ですけれど、このまま吹雪になってしまいそうですね」
「まぁ、吹雪いていても採集くらいできる……なんて無理する必要はないか」
「本日はもう空荷というわけではありませんし」
つるはしに似たお手製の登山杖――砕氷杖を片手で突いた美須磨が元来た方角へと向き直り、足下の先を確かめながら、ゆっくりと戻り始める。
その彼女の後ろから、スコップ片手に雪舟を牽いていくのが僕だ。
歩き出して間もなく、いきなり辺りが暗くなり、風が強く吹き出したかと思えば、土砂降りの雨かと思える勢いで牡丹雪が降り始め、ほんの僅かな間に本格的な吹雪となってしまった。
『やれやれ、引き返すと決めたのは英断だったな』
僕ら二人の身を守る精霊術【環境維持】は、そう易々と強風や冷気を通さない。
加えて、身にまとったクマとストーカーの毛皮は共に水を弾く抜群の撥水性を誇っている。
とは言え、まとわりつく雪を払うのに多少なりと労力を費やされるのはしんどいし、何より、視界の悪さだけは如何ともしがたい。
ヘタをすれば、すぐ前を行く美須磨の姿も見失いかねないこともあって気が抜けない。
僕がUV対策に付けているサングラスの位置を整えれば、ちょうど美須磨もゴーグルを直す。
フードやマフラー……各種防寒具も、風雪が入り込まないよう隙間無く整える。
――リ……リ……。
突然、耳へと飛び込んできた奇怪な音色!
「風の精霊に我は請う……」
僕は、あのストーカー対策で身に染みついた反応を以て、即座に精霊術【探査の風】を放つ。
旋風が巻き起こり、吹雪をも押しのける勢いで周囲を一掃していく。
しかし、三六〇度、辺りを見回しても特に変わった様子は見られなかった……おや?
「松悟さん、先ほどの音はこれが原因のようです」
と、数メートル前を先導していた美須磨が歩を進め、砕氷杖で雪面を指し示す。
小走りに彼女の下へ向かうと、積もった雪により巧妙に隠され、非常に見えにくくなっている裂け目が、怖ろしげに口を開けていた。
幅にして四十センチ、左右への長さは七メートル以上に亘るか、底もかなり深そうだ。
「こんなの落とし穴としか思えないな。何物かの悪意すら感じられる」
「ええ……でも、よく耳を澄ませてみてください」
――リ……リー……。
なるほど、中へと吹き込んでいく風が、どこか土笛じみた音色を響かせているらしい。
「ははっ、警告してくれてるのか、それとも逆に誘い込もうとでもしているのか」
「今回は驚いて立ち止まったお蔭でクレバスに気付けたと言えそうですね」
「どちらにせよ、なんとなく不安になる音だ」
こうした危険な地形を警戒し、美須磨は水と地の精霊に伺いを立てながら先導してくれている。
たとえ警告音なんてなかったとしても、おそらく彼女なら直前で気付けたと思う。
「あー、それはともかく、こんなとこを行きで通った覚えはないよな?」
「方向が逸れてしまったんでしょうね。すみません、吹雪が強くなってきていて」
「ろくに目印もないんじゃ仕方ないさ。大絶壁へ向かってさえいるのなら問題ないだろう」
「はい、では、そろそろ参りましょ――」
――かたん……ことっ……り、りー……。
目の前の障害を避け、移動を再開しようとしたとき、僕らの耳がまた別の異音を捉えた。
そうして、僅かに身を強ばらせた瞬間。
――ぇっリ、リ!
深い裂け目の奥……地の奥底より、何かが飛び出してきた。
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