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第15話 婚約(前編)
しおりを挟むイザベル嬢の裁判が終わり平穏な日々が戻って来た。
私は、今までと変わらず王宮の書庫で働いている。
前と違うのは、偽りの恋人から本当の恋人に変わったことだろうか?
空いた時間は一緒に過ごし、休みの日は一緒に出かけたり...誤解が解けたのもあり、やっと私もこの恋人として一緒の時間を心から楽しめるようになったのだ。
しかし私は大事な事を忘れていた...。
父に、早めに恋人が出来たと伝えるべきだったのだ。
私はある日、父の執務室に呼ばれた。
「シルヴィア!婚約者候補が見つかったぞ。すごく誠実な方でお前を大事にしてくれそうな方だ。一週間後顔合わせの食事会をする。良かったな。相手は公爵家の方で、お前にすごく好意を持って下さっている。格上の方だから失礼のないようにな。」
私は父の言葉に血の気が引いた。
初恋が実った事に浮かれすぎていたのだ...。
こんな大事な事を忘れていただなんて。
どうしよう...。
今から嫌と言える状況じゃない。
お父様は私の為、家の為にこの婚約話をまとめてくれたのだから。
でも私は...ヘルムート様の事が本当に好き。
ヘルムート様とやっと本物の恋人になれたのに...。
投げやりに婚約者を探してもらうんじゃなかった。
まさか初恋が実るなんて思わなかったから...。
一生恋なんて無縁だと思っていた。
どうせ政略結婚するなら相手なんて誰だって変わらない...そう私は思っていた。
自分があまりに愚かだった事に今更気付く。
相手は公爵家...侯爵家の令嬢ごときが、今更嫌だ!なんて言えない。
でも、本当に好きな恋人がいるのに...婚約なんてできない。
ヘルムート様にも、お相手の方にも失礼だもの...。
お会いするだけして、本当の事を話そう。
もしかしたら...事情をお話したらお相手の方も理解してくれるかもしれない。婚約を辞退してくれるかもしれない。
でもダメだったら?お相手の方が怒るかもしれない...。
お相手の方は、私に好意を持ってくれているとお父様は言っていた。すごく怒らせてしまうかもしれない。
私はとても不誠実で傲慢すぎた。
婚約者なんて...結婚相手なんてどうでもいいだなんて...。
なんて愚かだったの?
お相手の方にとても失礼だ...。
いくら政略でも...お相手の方だって心を持った同じ人間なのだから。
政略結婚だって...ちゃんと相手と心を通わせ、愛を育んでいる夫婦もたくさんいる。
中には仮面夫婦な家庭もあるだろう...けれど、それはほんの一部だ。
私はヘルムート様が好きだ。
一緒に未来を歩むならヘルムート様がいい。
ヘルムート様じゃなきゃ嫌だ...。
そんな私がお相手の方と心を通わせる?
出来る訳がない。すぐに私の気持ちなどお相手の方には伝わってしまうだろう。
でも...お会いしてハッキリお断りしよう。こんな気持ちを抱えたままじゃ...お相手の方にもヘルムート様にも失礼すぎるもの。
お相手の方はとても怒るかもしれない。
お父様もすごく怒るかもしれない。
その怒りはすべて受け止めよう。
もしかしたら...私は家を追い出されてしまうかもしれない。
それでも私は...自分の心をもう偽りたくない。
偽りなんて...相手も自分も傷つけるだけだ。
きっと偽りなんてすぐに見破られてしまうだろう。
お相手の方に嘘をつくなんて...私にはできない。
その痛みは...偽りの恋から始まった私が一番よく知っているから。
例えお断りする前提でもお相手の方にも誠実に接したい。
お相手の方の心の傷にならないように。
そして...こんな不誠実で愚かな女ではなく、もっと誠実で素敵な方と結ばれて、こんな愚かな女の事などすぐに忘れてくれたらいいなと思う。
ヘルムート様にこの事を話さないと...。
ヘルムート様は怒るかしら...?
怒るわよね...。
万が一貴族でなくなっても、ヘルムート様は私の事を愛してくれるだろうか?
ヘルムート様は公爵家の子息。
貴族でなくなった女なんてきっと無理だろう...。
この心はもう....ヘルムート様に捧げてしまった。
今更他の男性と婚約なんて...出来ない。
ヘルムート様を裏切るくらいなら...死んだ方がマシだ。
もう彼を悲しませたくない。
公爵家相手に婚約をお断りすれば...私はきっと勘当されてしまうだろう。
私だけが処罰されるならいい...家族は大丈夫だろうか?
次から次へと不安が過る。
一体どうしたら...。
父から婚約の話を聞かされて...不安と焦りと後悔で夜も眠れなかった。
「シルヴィア...顔色が真っ青だけど大丈夫?」
ヘルムート様の声にはっとした。
婚約の話をしなくちゃと思っていたのに。
でもいざ彼を前にするとなかなか話せない...。
でもどんどん婚約の顔合わせの日が近付いている。
言わないといけないのに...。彼の悲しむ顔を思い浮かべるとなかなか言い出せない。
「ごめんなさい。今日はちょっと調子が悪いみたいなので帰ります。せっかく誘って下さったのにごめんなさい...。」
ヘルムート様とせっかく出かける予定だったのに...。
心の準備がつかず逃げてしまった。言わないといけないのに...。彼の顔を見てしまうと言えなくなってしまう。
みっともなく...すがり付いて助けてと泣いてしまいそうになる。彼の優しさに甘えてしまいたくなる。
自分の失態なのに...。きっとこんな姿を見せたらヘルムート様は呆れて私を嫌いになってしまうだろう...。
私はいったいどうしたら...。
そして...あっという間に婚約の顔合わせの日が来てしまった。
結局、ヘルムート様には言い出すことができなかった。
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